第26話 競技開始――東京校――

  ◇ ◇ ◇


「よし、準備するぞ」


 悠莉がそう呟き、凛空たちは一階に向かった。


 大阪校のスピードは、かなりすごかった。凛空からしてみればという話だが、自分が一撃で仕留められる自信はない。


「今回も個人単位で行くぞ」


 悠莉は階段を下りながらそう指示する。


「去年と同じね。りょーかい」


 夏向はそう答える。


 全部で五体いるということだから、一人一体ずつということになる。一人一体ができれば、タイムは確実に早くなるだろう。できるかどうかは別として。


 一階に下りてくると、二階にいた全員が下りてきていたことに気付いた。


 そしてちょうど、大阪校の高坂陸斗が戻ってきて、建物に入ってきたところだった。


「お疲れ。陸斗」


 悠莉は入ってきた陸斗にそう声を掛けた。


「今年も負けたよ。多分な」


 陸斗はそう言い、とっとと二階に上がって行った。


「こっちも運次第だし。まだ決まったわけじゃないよ」


 桜愛がそう言った。


 陸斗は諦めが早いようだった。


 すると、今度は遥が戻ってきた。


 遥は入ってきて、凛空たちの方を一瞬見ると、同じようにすぐに二階に行った。


 そういうルールでもあるかのようだった。そんなルール無いが。


 そして数分すると、大阪校の全員が戻ってきた。そっちはこっちを見ることもなく二階に向かった。完全に戦意喪失したみたいになっていた。



「今度は東京の番だな」


 歩武がそう言い、悠莉の肩をポンと叩いた。


「悠莉、術式禁止だからな」


 今度は海亜がそう言った。


 これは悠莉が強すぎるが故の特別ルールだった。


「はいはい。わかってるよ」


 悠莉はあっさりと受け入れた。


「術式使わなくたって、術式は壊せるからね」


 悠莉はそう続けた。


 悠莉は相当な自信と余裕を持っているようだった。まあ、強さが伴ってのことだろうが、すごいというか、怖いまであると凛空は感じていた。


「みんななら勝てるよ。気楽にやってこい」


 快音はそう言って、凛空たちを鼓舞する。


 凛空的には、気楽になんてできないと思っていた。一応学校背負ってるわけだし。一人一体とかになってるし。と。


「じゃあ、入り口で準備してこい」


 そう言って、快音は凛空たちを送り出した。


 凛空たち五人は、建物を出て、フィールドの方に向かった。


 フィールドは高い塀で囲まれていた。少なくとも身長の二倍くらいはあるくらいの高さだった。


「この中に五体の怪物風の術式がいる。この塀の中からは出ない。まあ、怪物じゃないから、感じる魔力もちょっと違うから注意しろよ」


 悠莉はそう言って、入り口の大きな門を見上げた。


 門の高さは塀と変わらないくらい。上の装飾の分、少し大きいかもしれない。まあ、どちらも大きい事には変わりない。



『じゃあ始めるぞ』


 その時、歩武の声がどこかから聞こえてきた。


 一気に緊張感が増した。


 凛空は時間の流れがゆっくりになった気がしてた。さっきまで聞こえていた風の音も、まるで聞こえなくなった。でも冷たい風が頬に触れる。夏なら涼しい風のはずだが、変な寒気にも襲われた。


「凛空、落ち着いて」


 悠香がそう言い、凛空の両肩をかなり強く叩いた。

 それによって、凛空は変な嫌なゾーンが解けたような気がした。


「凛空大丈夫? 何か熱いよ?」


 悠香は凛空の前に回り込み、若干上目遣いでそう聞く。


「え……? 緊張はしてるけど……熱は無いと……」


 凛空がそう言い訳すると、悠香は凛空のおでこに手を当てた。


 悠香の手は冷たかったと凛空は感じた。


「やっぱ熱あるって。大丈夫?」

「普通に元気なんだけど……」


 熱はあるかもしれないけど、凛空は元気だった。


「元気なら大丈夫じゃない?」


 悠香が心配そうに見つめる中で、悠莉はそう言った。


「熱あっても根性でって問題じゃないんだよ? 悠莉」


 夏向が悠莉にそう言った。


 心配してくれるのは嬉しいんだが、本当に大丈夫なんだけどなぁ……と凛空は内心思っていた。


「凛空の術式って炎なんだよね?」

「う、うん」


 桜愛がそう質問した。急な質問だったから、凛空は答えに詰まってしまった。


「なら。大丈夫じゃない?」


 桜愛は悠莉の意見に賛成みたいだった。炎だからという理屈は、凛空にはよくわからないが。


「二人だけにわかることって何?」


 夏向が不満そうにそう言った。


「あー、なるほどね。わかったわかった」


 悠香も理由を理解したようだった。


 当の本人である凛空はわかっていないが。


「えぇ……?」


 夏向がそんな声を上げた。


「炎術式を持つ人は、熱があった方が、火力が上がったりする。また、術式を放つ瞬間などに一時的に体温が上がることがある。そして極限状態にある時にそれが常時起こることがある」


 悠莉は夏向の唸りにそう答えた。


 確かに凛空は極度の緊張状態だった。そこにその体温が上がる現象が起きてると考えれば。今熱があると言われるのもなんとなくわかる。そう凛空は理解した。


「そういうことか……」


 夏向は納得したようだった。


「その様子だと、初耳か? お前」

「えーっと……」

「まあいい。新たな知識を得たな」


 悠莉は凛空の方を見てそう言った。


「……よかったな」


 悠莉はそう言い、再度門の方を向いた。


「そろそろ始まるぞ。準備しろ」


 悠莉がそう言い、一気に場の雰囲気が切り替わった。


 凛空も魔力を感じる第六感的なものに意識を集中させた。


『じゃあ行くぞ』


 歩武は凛空たちの話が終わったのを見計らったようにそう言った。

 どこから聞こえてくるのかは未だにわかっていない。


 そしてその数十秒後、開始の音が鳴った。

 それと同時に門の扉が勢いよく開き、凛空たちは一斉に中に入って行った。


 少し進むと、凛空たちは色々な方向に分かれていった。


 凛空は凛空が一番近くに感じた魔力の方向に向かって行った。


 その方向に向かっていくと、思った通り、例の怪物風の術式がいた。


 確かに凛空は、普通の怪物とは感じる魔力が少し違うようなのを感じていた。悠莉の言っていたことも、なんかわかる気がすると理解した。


 凛空はまず火蹴を発動させ、一気にその術式に迫った。


 だが、相手もちゃんと攻撃してくるわけで、攻撃は最大の防御というわけで。

 相手は何か根のようなものを伸ばし、進路を妨害する。


 凛空は咄嗟に後ろに跳んでかわすが、その跳んだ先にも根は伸びてきて、凛空の右足を掴み、一気に上に持ち上げた。


「マジかよ……」


 思わずそう呟いたが、感じる魔力量はそこまで多くないから、どうにか打開はできるだろう。と凛空は考えるが、どうするべきかすぐには思いつかなかった。


 でも、どうするべきか……

 できるだけ早い方がいいな……

 なら……


 凛空は掴まれている右足に意識を集中させ、ちょうどそのあたりに火の球を作り出した。

 そして根はそれによって焼き尽くされた。


 凛空はそのままその球を下に向かって蹴りつけ、根が地上に生え出しているところにその球をぶつけた。


 根の元になっているところも、同じように焼き尽くした。


 根が無くなったことによって落下していっていたが、根が焼き尽くされて少し焦げている地面になんとか着地することができた。


 そして術式の方を見ると、その術式からは根が触手のように伸びていた。厳密に言えば、足元の地面から生えているような感じだが。


「一撃で仕留めようか……」


 そして凛空は爆炎を発動させ、その術式に向かって放った。


 さっきの火生からもなんとなく感じてはいたが、凛空はやっぱり威力が少し上がっているような気がしていた。


 だがそう簡単にも行かず、根が消え去る代わりに自分の身を守った。


 凛空だって、そんなことがあることは想定済みだ。


 根で視界が遮られている間に、俺は一気に接近し、火蹴で攻め込んだ。


 普段よりも火力が強いのはここにも出ていた。俺はそんな火蹴で五連撃を入れた。その瞬間、術式は消え去って行った。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 熱が苦しくなってきた。苦しかったら意味がないようなもの。命を消費してまで威力を上げる必要もない戦闘だった。なのに、なんでこんな思いしなきゃならないんだ……?


 凛空はそう疑問に思った。


  ◇ ◇ ◇


 夏向は、凛空とは逆の方向で、感じた一番近い例の術式のところに向かった。


 夏向は、一応桜花家の術式が使えるが、魔術師とは無縁の生活を送っていた。だから、魔術師に起きる不思議なことなんていうのは全くもって知らない。

 そもそも、聞く人も、教えてくれる人もいなかった。


「いた」


 夏向の前には、その例の術式がいた。


 夏向は勢いそのまま、術式に向かって行った。


 剣を作り出し、一気に術式に斬りかかった。


 夏向は華麗な剣捌きで、三角を描くように術式を切り裂いた。


 そして、最後に一発、力強く剣を突き刺し、そこで手を止めた。

 その瞬間、術式はあっさり消えていった。


「よっわ……去年より弱い。魔力的に……怪しい……」


 夏向がその術式から感じた魔力は、夏向が去年の学校選で感じた術式の魔力よりも確実に弱かった。


 夏向は、学校選の術式の強さはほぼ変わらないと聞いていた。なのに、そこまでも変わるのかと疑問に思っていた。多少の誤差は有り得るが、多少どころではなかった。


「勘違いっていうのも有り得るか……」


 夏向はそれ以上疑問に思うのを辞めた。大体、夏向は勘違いが多い。自分でもそれはわかっていた。


「ノルマ完了っと……」


 夏向はとりあえず入り口の方に、来た道を戻って行った。

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