第24話 狼と聖響

  ◇ ◇ ◇


 聖響と狼が進んでいくと、例の術式が現れた。


 さっきのところからは少し離れたところで、さっきの術式の魔力はほぼ感じないくらいの距離だった。そのくらい離れたからこそ、この術式の場所がわかったのだが。


 狼はずっしりと構え、唸り声を上げていた。

 聖響も狼の後ろで、口元に片手を当てた状態で構えている。


 そのまま術式の怪物と聖響は睨み合った。


 そして最初に動き出したのは術式の方だった。


 術式は瞬間的に何かを蓄え、それを一気に聖響に向かって放った。


 聖響はそれを右に跳んでかわした。狼の方は左に避けた。


 術式が放った何かは数本の木に当たり、その数本をなぎ倒していった。


 その光線のような何かは消える気配もなかった。

 さらに、その光線は細く分裂し、術式から放射状に広がった。


 聖響は少し勢いを付けてジャンプし、近くにあった木の枝を掴んで、その勢いのまま回転し、枝の上に上がった。


 枝に上がると、その着地の反動のまま上に跳び上がった。


 あっという間に聖響は術式の上を取った。


 その瞬間、さっきの光線は一気に上に向け、聖響を狙っていた。


 そこを狙って、狼はすごい速さで術式に嚙みついて行った。


 光線は消え、術式は狼に押し倒され、狼は術式を食いちぎっていた。


 聖響はいきなりのことで驚き、空中でバランスを崩した。

 でもなんとか身をひねり、体勢を整え、無事に足から着地できた。ちなみに着地の分の大きな衝撃は、魔力で和らげている。


 その時、狼は聖響に向かって吠えた。


 聖響は一瞬ビクッとしたが、「ここは任せろ」的な意味だと解釈し、聖響はすぐに他の術式を探した。七瀬のところにいた術式はいなくなっていて、さらに別の術式の魔力も感じていた。


「ここ任せた」


 聖響はそう言い、その場を離れた。


 狼はそれを確認すると、術式をどんどん食い千切っていった。

 聖響の解釈は合っていたようだった。


 魔獣は、怪物を食べることによって力を蓄える。それによって強くなる。怪物か人間だけが有効なので、術式を食べることは無意味だった。


 狼もそれをわかっているので、術式が消えるだけのダメージを与えるだけにして、食べてはいない。


 そして術式は消え去って行った。


 狼にとっては、つまらない敵だった。


 すると、狼は役目を終えたため、消え去っていった。これは陸斗が遠隔的にそうしたものだった。だが普通の術式とは違って、狼は消えたわけではなく、何度でもこの狼は召喚される。


 魔獣の術式は、少し特殊だった。


 魔獣は、術式で構築される獣のこと。

 だが、一度構築されれば、死なない限り何度もその魔獣は召喚できる。

 一度死んでしまえば、もう戻らないが。


 魔獣は自我を持っている獣。戦闘を重ねるごとに、術師との信頼関係なども構築される。強くもなる。生物を相手にしているのもあって、魔獣使いはかなりすごいことをしているのだ。


 これは人によって違うが、多くの魔獣使いは複数の魔獣を所持していることが多い。その複数所持もかなりすごいことだった。


 だが、実際戦うのは魔獣で、魔術師本人は戦えないこともあって、見下されることも多い。


 魔獣使いの不遇さを知ると、陸斗がああなるのもわからなくはない。


  ◇ ◇ ◇


 聖響は七瀬や狼とも別れ、一人になっていた。


 普通は不安になるかもしれない状況だが、全く聖響は不安にはなっていなかった。


 聖響の術式は、一人でいる時の方が威力が上がる。

 味方に術式が当たらないようにブロックするために力を使わなくていいためだ。


 それに、単体での威力が高い。だから、単独でも使い物になる。


 それも考えると、聖響は普通に強い魔術師だった。七瀬が信頼しているのもわかる。


 聖響はさっきの地点からかなり進み、端まで来ていて、何故か塀の高さを実感していた。


「それにしても、広いな……ここ」


 聖響はそう呟く。


 その瞬間、聖響の背後に怪物風術式が現れた。


 聖響は気付いていないような素振りを見せた。だが、確実に気付いている。


 魔術師は魔力を感じ、それで場所を割り出す。気付いてないなんてことは有り得ない状況だった。


 術式は、一気に聖響に襲い掛かった。


 聖響は塀を上手く使って宙返りし、術式の上を通ってかわした。術式は勢い余って塀に激突していた。


 術式はそんなことは気にせず、すぐに立ち上がり、再度聖響に襲い掛かった。


 聖響は後ろに跳んでその攻撃もかわす。


 怪物風術式はそこで術式を発動させた。


 青い鋭い何かが、回転しながらかなりの速度で聖響に向かって行った。


 聖響はその何かを横に避けてかわした。その何かは木に当たり、消え去って行った。


「このフィールドなのに、水術式を作るのかよ……」


 聖響はそう言葉を漏らした。


 そのあとも、術式は攻撃をしてくるが、聖響はそれを難なくかわしていった。

 だが、反撃も中々しなかった。


 聖響はそのタイミングを待っていた。

 相手に聖響の術式が刺さるその瞬間を。


 聖響は攻撃をかわしながら、術式の周りをちょうど一周していた。


「飛べ……後ろに……!」


 聖響は咳払いをした後、そう言い放った。


 その瞬間、術式は一気に後ろに吹っ飛んで行った。そして、塀に激突した。そのまま術式は消え去って行った。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 聖響の息は上がっていた。


 聖響の術式は強い。だからこそ、デメリットだってある。


 聖響の術式のデメリットは、一回の魔力消費量が多い事。回復が追いつかないほどの消費量。だから連発も難しい。


 でも、それぐらいのデメリットが無いと、強すぎて禁忌術式にでもされてしまっていただろう。


 まあ、デメリットが無くても、これが一番強いわけではないが。


「あぁ……そこまで強くなくてよかった……」


 聖響はほっとしていた。


 そして、周りに他の敵がいないことを確認して、空を見上げた。


「青いなぁ……今日は」


 聖響はそう呟いて、空に手を伸ばした。


 その姿は、誰かに思いを馳せているかのようだった。

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