第17話 影縫い
◇ ◇ ◇
凛空と颯希は、体育館に来ていた。
体育館は、何の変哲もない一般的な体育館だった。
「ここに……怪物が……?」
凛空は呟くように颯希にそう聞いた。
「ああ。感じるだろうけど」
「まあ……確かに……」
確かに魔力は感じる。それもかなりのもの。夕方に感じたものよりもすごく大きく、今敷地内に入った時よりも大きい。それは、かなり近くに強い怪物がいるということを表していた。
凛空は何体いるかまではわからない。慣れればわかるようになるらしいが、凛空はまだだった。まあ、始めて一か月くらいしか経ってないことを考えれば、当然のことだ。
「凛空、君の術式はどのタイプだ?」
「えっ?」
凛空は急に聞かれて困ってしまった。颯希がどういう意味で聞いているのかがわからなかった。
「近距離か?」
「……まあ、主に。遠距離もできるけど……」
「そうか。あいにく、俺も近距離なんだ」
「そう……」
だからなんだという感じだった。凛空はこれが何になるかが全くわかっていない。
「さあ、出てくるならとっとと出てこい」
颯希は誰もいない体育館にそう呼びかけた。その声は、静かな体育館に響いた。
すると、二階というか、バルコニーみたいになっているところから、二人の前に怪物が飛び降りてきた。
その怪物は確実に人型ではあった。でも、霊か呪人のどちらかはわからない。
「凛空、頼むよ」
「わかった」
颯希からそう言われ、凛空は一歩前に出た。
そして凛空は火蹴を発動させた。
一方相手は両手に水のようなものをまとわせていた。
どちらもものは違えど、似たような術式を使っていた。
そして凛空とその怪物は、無言で戦闘を開始した。
お互いに向かっていき、凛空の足と怪物の拳がぶつかり合う。ぶつかったところで、凛空は何か強い衝撃を感じた。それと共に、凛空の足首がボキッと鳴った。
お互いに一旦下がり、息を整える。
凛空の右足首は折れているようだった。怪物は折れても回復するが、魔術師はそうではない。これで少し不利な状況になった。
「っ……」
立とうとすると激しい痛みが走り、凛空はとても術式を出せる状態ではなさそうだった。
その時、後ろから脇をすり抜けるように誰かが怪物に向かって行った。
もちろん、それは颯希だった。
颯希は紫がかった身長と変わらないくらいの大きな鎌を抱え、怪物に向かって行った。
そして鎌を大きく振り、怪物を一気に切り裂いていった。
怪物は、光の欠片となって消えていった。
「すごい……」
凛空は思わずそう呟いてしまった。
攻撃のスピードや、勢い、強さ、色々すごかった。無駄な動きもなく、確実に一撃で仕留めることを目指しているような、そんな攻撃だと凛空は感じた。
「大丈夫?」
颯希は凛空に手を伸ばし、そう聞いてきた。その手にもう鎌はない。
「ちょっと……骨折……したかも」
「そっか」
凛空は颯希の手を掴み、なんとか立ち上がった。でも何故か、痛みは感じなかった。
「今はアドレナリンとか、そういうのであんま痛くないだろうね」
「そう……かも」
「続いてる間にとっとと終わらせよう」
「えっ?」
颯希は確か、二体いると言った。
今そのうちの一体は桜愛たちが討伐に行ってるんじゃなかったっけ……? と凛空は疑問に思った。
でも、まだ二人以外の強い魔力を感じる。近いし、何か、一体ではないような気がする。凛空はなんとなくそう感じていた。
まだいる。しかも、手に負えないくらいかもしれない怪物が。凛空はそんな思考に至った。
「さすがだね……白雪颯希」
窓から差し込む月明りだけが体育館を照らしている中、奥の暗闇から、そんな声が聞こえた。
その声の主は、魔力からして怪物であることはほぼ間違いなかった。
そして、その怪物は颯希の名前をフルネームで知っていた。颯希は、それくらい強い魔術師だった。
「何だ? やるか? お前らも、さっきの奴みたいに」
颯希はさっきと同じ鎌を生成し、怪物にそう言った。
名前を知られていることには慣れていたため、驚くことは無かった。
そして、暗闇の中から二人の怪物が姿を現した。
さっきの怪物と同じようにちゃんと人型をしていたが、さっきの怪物よりも、ちゃんとした服を着ていたというか、見た目からも格上の怪物なことがわかる。感じる魔力も、確実にさっきより格上の怪物。
「やばい……かも……」
骨折られる程度じゃ済まないかもしれないと凛空は危機感を抱いた。
「あたしは
「俺は
この二体は思いっきり殺す気で来ていた。怪物なんてそんなもんだった。
「凛空」
「ん? どうするの? この状況」
「凛空は陽乃女を頼む。俺が影秀を……」
「わかった」
凛空は迷いもせずに了承した。
颯希は、おそらく比べて弱いほうを任せてくれたはずと、凛空は勝手に思い込んでいた。それが正しいかはわからないが。
そして凛空は火蹴は無理と判断し、皐月家の火生を使うことに決めた。
接近したときにアドレナリンの効果が切れたらもう終わりだと考えたからだった。
颯希は一気に加速し、鎌を構え、影秀に向かって行った。
凛空は火生を発動させ、火の球を蹴った。右足で蹴ったが、まだそんなに痛くはなかった。
◇ ◇ ◇
颯希は鎌を持ち、影秀に向かって行った。
影秀は、颯希の周りの地面にいくつもの黒い何かを発生させた。
颯希はそれを全て避けて近寄り、鎌を振るった。
ただ、影秀も簡単に攻撃を受けるわけもなく、後ろに跳んでかわした。
颯希はそれを追って、さらに体育館の奥に進んでいく。
すると、影秀は体育館の外に出た。
「お前……まさか逃げないよな?」
「もちろん」
颯希と影秀は、体育館を出て、グラウンドまで出た。
グラウンドに出た瞬間、影秀は剣を生成して一気に颯希に迫った。
そして颯希の鎌と影秀の剣がぶつかり合い、大きな衝撃音が走った。でも、その音を聞いた者は他にはいない。
「くっ……中々やるな……」
「伊達に魔術師やってないんでね」
颯希は影秀の言葉に、とても余裕そうに返した。まだ何か別の作戦があるかのようだった。
「まあ、こっちだって、これだけじゃないし」
影秀はそう言い、一気に剣に込めていた力を抜いた。
颯希は一瞬前に体勢を崩した。
その一瞬で影秀は颯希の脇を抜け、颯希の影を剣で叩いた。
「……影縫い」
影秀はそう呟きながら攻撃をし、後ろに抜けていった。
だが、颯希も簡単に攻撃を受けるわけもなく、ちょうど背中を見せたことから、そこを狙って鎌を突き刺し、素早く引き抜いた。
「うっ……」「くっ……」
二人の攻撃は相打ちとなった。
二人は揃って膝をついてしゃがみ込んだ。しかも、背中を見せて。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
影秀の術式、影縫いは、影を斬ることによって、その影の主にダメージを与えることができるような術式。
でも、体育館内では建物の影という逃げ道があり、術式が発動できない可能性があった。
だから、さえぎる物がない外に連れ出し、これを決める。それが影秀の作戦みたいだった。
一方颯希は、どこであろうと鎌がかすりさえすればいいという感じだった。
だからもう、颯希にとって優位な状況になっていた。
颯希と影秀は共に立ち上がっていた。確かにダメージはありそうだったが、そこまで酷い影響ではなさそうだった。
「一つだけ聞こう」
「何だ」
今までは影秀から切り出していたところを、珍しく颯希から切り出した。それもあってか、影秀は質問を受け入れようとしていた。
「お前に、いや、お前たちに指示をしたのは誰だ?」
颯希は知樹と同じ質問を、ほぼ同時刻にしていた。理由も知樹と同じだ。
「それは答えられないな」
影秀は炎帝と同じ答えをする。当たり前のことだが。
そして影秀はまた剣の攻撃を開始した。颯希は鎌でその剣を受け止める。
「じゃあ聞き方を変えよう。指示をしたのは『
「えっ……」
影秀は驚いたような顔を見せた。
「……ち、ちげーし」
影秀は急に言葉が詰まっていた。確実に動揺していることがわかる。
「アイツは今何をしている」
颯希はさらに問い詰めるようにそう聞く。
颯希には、快音から神桜里斗が関わっていることが知らされていた。だからこの質問が、本当にしたかった質問だった。
「指示を出すぐらいだから、かなり高い位置にいるのか? 怪物たちの中で」
「……」
影秀は沈黙を貫く。
「もういい」
颯希はあきれたようにそう言った。その瞬間、影秀は自分の運命を悟った。
影秀は、自分の命を犠牲にしても里斗のことを隠すことを決めた。
「……解放」
颯希がそう呟くと、影秀の中に一気に毒が回り、影秀は一気に力が抜け、崩れ落ちた。
そして、光の欠片となって消えていった。
「こんなに守るってことは、重鎮なのか……なるほどね……」
颯希にとって本当に知りたかった情報ではないが、颯希はなんとなく情報を得たような気がしていた。
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