第16話 紫紺の蛇

  ◇ ◇ ◇


 知樹はもう一体の怪物を引き連れ、屋上まで上がろうとしていた。


 知樹の術式は狭いところでも十分使えるため、知樹にとっては、廊下で戦った方が、相手の行動を制限できるから戦いやすい。


 でも、よっぽど広範囲な攻撃でない限り、プラマイゼロのため、移動させようとしてついてくるかわからないことを考えれば、その場で戦った方が戦いやすいのが普通の考え方だった。


 そのため、知樹は桜愛にそのやりやすい環境を譲った。

 それは、桜愛が後輩で、自分よりも弱い魔術師だったからだ。それ以外に特別な感情はない。



「逃げるつもりか、強いくせに」

「逃げてない。場所を移動してるだけだ。逃げるなら上なんかに上がってない」


 階段を普通では考えられない速さで駆け上りながら、知樹は怪物とそんな掛け合いをした。



 そして屋上への扉をぶち破り、屋上に出た。屋上は知樹の予想通り、広くて障害物もない、戦うにはいい場所だった。


 奥まで進んだところで知樹は振り返って、怪物の方を見た。


 怪物は、律儀に知樹の後を追ってきていた。

 それを考えると、こいつは生徒を殺すとか、そういう意味ではなく、完全に魔術師を狙ってきていることがわかる。


 それに、知樹は怪物の中で噂になっているほどの強さの魔術師。そんな知樹を追ってくるということは、それほどの強さを持っているということだった。


「あー、こっちは君の名前知ってるから名乗るが、俺は炎帝ほていだ」


 知樹は名前を聞いても顔色一つ変えなかった。


 ――どうでもいい


 それが知樹の正直な想いだった。


「行くぞ」

「来い」


 先に仕掛けたのは知樹だった。


 知樹は加速し、一気に炎帝に近づいて行った。その勢いで前髪がズレ、隠れていた右目が姿を現した。その目は、左目からは考えられないような色を放っていた。


「なるほど……」


 炎帝はそう呟いた。その瞬間、知樹と目が合い、炎帝は崩れ落ちて膝をついてしゃがみ込んだ。


「っ……なるほど……それは強い……『悪魔の目』……だもんな……」


 知樹は距離を取って、その微かな声を聴いた。


「わかってて対処しないんだな」

「速かったからな……お前」


 炎帝は立ち上がって知樹を見つめた。


「まあ、ここからが対抗すればいいだけ。君の術式がわかったところだし」

「……お前の術式も見せてもらおうか。存分に……な?」


 知樹は少し炎帝を煽りに行った。知樹にはそれなりの自信があった。


「やってやろう」


 炎帝はそう言い、手を上に振り上げ、思いっきり地面を叩いた。その瞬間、床のあちこちが割れ、炎が噴き出してきた。


 そして、知樹の真下にもひびが入っていた。知樹は瞬時に判断して斜め後ろに跳び上がった。

 その数秒後、さっきまで知樹がいたところからも炎が噴き出した。


 そのあとも、知樹が踏むところ全てから炎が噴き出してきたが、知樹は全て予測し、全てかわした。


 炎の効果が薄くなったところで、知樹は、何事もなかったかのように着地した。


「な……全部避けられるなんて……」


 炎帝は驚きながらそう呟いた。


「俺がそんなので倒れるはずはない。まさか、そう思ってたとか……?」

「そんなことは……」

「なら、とっとと勝負を着けようじゃないか」

「もちろんだ」


 そして炎帝は何かを出すような動きを見せ、術式を発動させた。何の術式かは知樹にはわからなかった。


 でも知樹は、炎帝の動きからなんとなく術式の予想をしていた。知樹は自分の予想を信じて、対抗のための術式を放とうとした。


「……蛇牙じゃき


 知樹は炎帝と同じような動きをしながらそう呟いた。


 すると、知樹から紫紺の蛇が、炎帝から炎の龍が飛び出し、お互いに向かって行った。


 蛇と龍がぶつかり、黒煙が立ち込めた。そして爆風も起き、知樹と炎帝は煙に包まれた。


「っ……」


 その中、黒煙を切り裂いたのは、月光に照らされた紫紺の蛇だった。


 それによって一気に黒煙は消え去り、そこには炎龍はいなかった。


 そして知樹の蛇は炎帝に一直線に向かっていき、ガードの姿勢を取った炎帝の腕に嚙みついた。


「うっ……」


 炎帝は思わずそう声を漏らした。


 蛇の牙は、炎帝の腕に深く食い込み、相当な量の毒を盛った。


 蛇が消えた瞬間、炎帝は崩れ落ちた。倒れたわけではないが、蛇の威力はかなりのものだったみたいだ。


 知樹はそんな炎帝に近づいて行った。


 そして、蹴って仰向けにし、胸のあたりを踏みつけた。


「うっ……」


 知樹がかなりの圧力をかけて踏みつけたからなのか、炎帝は一段と苦しそうにそう声を漏らした。


「苦しいか」

「これで……苦しくない……わけ……ないだろ」


 知樹は冷静だった。何度もやってて、手慣れているかのように。


「これは、計画的だろ?」

「えっ……?」

「誰の指示だ。前準備から計画的だった。お前らが前からここにいれば、残る魔力があれだけなはずがない。いくつもの怪物を指揮する人物がお前のような強さなはずはない」


 知樹は炎帝が何かしらの情報を持っていると思い、根拠を炎帝にぶつけた。


「もう一度聞く。誰の指示だ? 言うまで開放しない。この苦しみが続く。とっとと白状した方がいい」


 知樹は脅してまで情報を引き出そうとした。



 ――快音が襲われた


 それが理由だった。


 快音は、一番ではないものの、魔術師の中では最強クラスに名を連ねる魔術師。そんな人の元に、明らかに狙って怪物が襲ってきた。


 快音にとっては襲われた感覚ではないが、一応襲われている。いつ他の魔術師が襲われるかわからない。


 そこで、ランクがA以上の魔術師に、不自然なことがあった場合、少し情報を集めろという指示があった。それが、この知樹の行動に繋がった。



「……何が知りたい」

「指示した奴の名前」

「それは無理だな」


 知樹は炎帝を睨んだ。


 おそらく、教える気はない。こうなったら、これ以上聞くことは不可能だった。これで回復されて逃げられるくらいなら、仕留めた方がマシだ。


 知樹は一瞬のうちにそう考え、炎帝に向かって手をかざした。


「いいんだな? 情報は」

「いらない。逃げられるほうが嫌だな」

「ほう……」

「……じゃあな」


 知樹はそう言い、踏みつけたまま、「……解放」と呟いた。


 そして炎帝の身体にさっきの蛇術式の何十倍もの毒が回り、炎帝は息途絶え、光の欠片となって消えていった。


 知樹の手は強く拳が握られていた。


「くそっ……」


 知樹はそう吐き捨てるように言い、桜愛がいた方向に向かった。


 怪物がいることは感じられないから、倒したのだろうとは思っているが、桜愛が無事という保証はない。知樹はそう考え、急いで桜愛の元に向かった。


 本当は情報が欲しかった。でも、無理はできない。これは、長くこういうことをやってきた知樹だから判断できたことだった。知樹は、冷静すぎる魔術師として、魔術師の中でも少し有名だった。

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