第15話 毒系魔術師

  ◇ ◇ ◇


 知樹と桜愛は、怪物の場所をわかっているからか、ずんずんと怪物に近づいて行っていた。


「桜愛、まずお前が行け。そしたら俺が追撃して、最後に二人で止めを刺す。いいな」

「うん」


 知樹は桜愛に指示を出した。



 二人はもう何度もコンビを組んだことがあった。

 二人の術式は、形は違えど効果は同じような術式だった。それもあってか、なにかと話をすることが多い。


 桜愛は知樹に憧れているところがあった。

 同じような効果を持っていて、自分よりもその効果が大きい。ただそれだけだったが、桜愛は知樹を尊敬しているのかもしれない。



 二人は怪物に気づき、足を止めた。そこは校舎の中で、周りに明かりはない。窓から差し込む月明り、それだけ頼りだったが、暗くはなかった。一直線な三階廊下の一番奥に、怪物はいた。


「頼んだ」

「うん」


 先に動き出したのは桜愛だった。怪物は桜愛が来ていることに気づき、身構えた。


 桜愛は怪物との距離を詰めながら、剣を生成した。


 その剣は紫がかっていて、夏向に比べて装飾があまりないデザインの剣だった。


 鞘を投げ捨て、桜愛は一気に加速した。


 そして、腕でガードしようとしていた怪物を腕ごと貫き、一気に引き抜いた。


 怪物は光の欠片となり、消えていった。


「ナイス」

「ありがと」


 知樹と桜愛は短くそう言葉を交わした。



 さっきの怪物は、感じていた魔力の元の怪物ではないと、二人は戦う前に気づいていた。

 その怪物は、決して強くはない。だから桜愛は一撃で倒すことができた。


 そして二人は、強い魔力の元の怪物を探し始めた。

 だが、二人が見つける前に、怪物は二人の前に現れた。


 その怪物の目は、狂気に満ちているように二人は感じた。



 怪物は、霊と呪人の二種類に分けられる。


 霊は見た目も霊とわかるようなもので、呪人はほぼ人間と変わらない見た目だ。ただし、霊もほぼ人間の見た目なので、あまり変わりはない。


 だが、どちらの種類の怪物であっても、寿命なんていうものは存在しない。でも、怪物として生きる平均年数は呪人の方が確実に長い。


 霊は自我を持ち続けるが、呪人は自我を失うことが多い。ただし、回復することが多い。


 魔術師が倒した時、霊は必ず光の欠片となって消える。だが呪人は、怪物として生きている年数によってそこは変わる。百年以上となれば、霊と同じ。百年以下なら、人間と同じ。そんなところだ。


 判断できるところは、少し違う見た目か、戦闘時の感触くらいだった。



 そして二人の前に現れた怪物は、霊ではないように二人は感じていた。


「君たち……中々だね」


 怪物は余裕そうにそう呟いた。その声は、女性のように高かった。


「何だ」

「何だって。それはこっちの台詞だよ?」

「は?」

「こっちの領域に入ってきたのは君たちの方。しかも、一人殺されちゃったしねー」

「ここは人間の領域だ。勝手に侵入したのはお前らだろ」

「はぁ……まあ、お互いさまってことでいいね?」


 知樹が怪物の相手をした。

 その結果、知樹はめんどくさい奴と第一印象を認識した。

 だが知樹は、怪物はめんどくさい奴ばかりだ、と割り切り、戦闘に持って行こうとしていた。


「ねえ、君たちの名前は?」


 怪物はそう聞いてくる。知樹は答えるか一旦悩んだが、答えることにした。


「俺は紫雲知樹だ。お前は?」

「あたしは倫璃りんり。君が紫雲くんなんだー」

「何で知ってるんだ」

「あたしたちの中での噂。魔術師の情報なんて、回りまくってるよ?」

「それは……そうだが……」


 魔術師の中で強い怪物の情報が共有されることはよくあることだ。それを考えれば、怪物の中で強い魔術師の情報が共有されていないなんていうことはあり得ないだろう。


 知樹は一瞬でこの思考に至った。


「それで、どうする? 戦う? それとも、逃げる?」

「逃がしてくれるようには思えないね」

「ふふっ……そうだね。逃がすつもりはない。お互いに」

「ああ」


 桜愛はそこで少し前かがみになった。戦闘の準備といったところだった。


「あ、一応、まだ居るってこと、忘れないでね?」


 倫璃はそう言った。その瞬間、窓を突き破り、新たな怪物が姿を現した。


「少しでも上に行くための犠牲となれ。


 その怪物は確実に男だった。


 知樹と桜愛は、『ちびっ子』と言われたことに一瞬動揺したが、すぐに訳を理解した。


 この怪物は、すごく長く――少なくとも百年以上――生きている怪物だということが、瞬間的に二人は理解できた。それだけ長く生きている奴からすれば、高校生くらい、まだちびっ子に過ぎないような年齢、という解釈だ。


「お前は倫璃を頼む」

「わかった」


 そして二人は分かれて戦うことになった。


  ◇ ◇ ◇


 桜愛はそのまま廊下で戦うことになっていた。

 知樹たちはまた別のところに、術式を撃ち合いながら移動して行った。


 桜愛は、まず仕掛けに行った。


 剣を生成し、鞘を投げ捨て、加速して一直線に倫璃に向かって行った。


 倫璃は水の爆弾のようなものを沢山生成し、投げつけてきていた。


 桜愛はその剣でその爆弾を切り裂いた。その瞬間、爆弾が破裂し、桜愛は少し後ろに吹き飛ばされた。


 ――無理やり突っ込んでもダメか……さすがに……わかってはいたけど、強いな、こいつ


 桜愛はそんなことを思いながら体勢を立て直し、再度倫璃に迫っていった。


 今度も倫璃は水爆弾を投げつけるが、桜愛はそれを今度は華麗にかわしていく。


 そして桜愛は剣を倫璃に当てることができた。少しかすっただけだが、桜愛にとってはこれで十分だった。


 桜愛は一旦距離を取ろうとした。ただ、その瞬間に、倫璃は水爆弾で超至近距離から桜愛に攻撃した。攻撃が弱かったからか、その攻撃ができてしまったようだった。


 桜愛は体勢を崩し、さっきのように剣で防ぐのはできそうになかった。でも避けるという手はもっとできそうになかった。


 倫璃は、これは決まったと確信し、ニヤッと不気味な笑みを浮かべていた。


 だが、桜愛は対処法を思いついていた。


風起ふうき……!」


 桜愛は爆弾に手を伸ばし、魔力を込め、そう呟いた。すると、暴風が発生し、爆弾は爆発することもなく散っていった。廊下の窓がほとんど割れ、倫璃も吹き飛ばされた。


 桜愛はうまく体勢を立て直し、一旦後ろに下がった。そしてそこから一気に加速し、倫璃に迫って行った。


「解放……!」


 桜愛がそう呟くと、倫璃は一気に崩れ落ちて行った。


 そのまま桜愛は一度消えた剣を再生成し、倫璃に襲い掛かった。


 倫璃は桜愛の剣を腕で受け止め、なんとか防いだが、そこで押し合いとなった。


 怪物は痛みを感じないし、自己回復もする。致命傷でない限り、倫璃にとってはどうってことはない傷だった。だから、こういう防ぎ方ができるのだった。


「何で……何でそんな術式が……」


 倫璃は桜愛にそう聞いた。それでも、その声はとても震えていた。


「どっちのこと聞いてんの? 毒のこと? それとも、風のこと?」


 桜愛はそう聞き返す。


「どっちもよ……!」


 倫璃は、さっきとは違う、裏の顔が出てきているようにも見えていた。


「この剣は『毒剣』。斬られたら、毒が付与されて、それを開放すると効果がある」

「……よくある毒術式ね」


 倫璃は桜愛の術式を聞き、驚いたりはしなかった。


 この効果は、毒系術式では当たり前の効果だったからだ。でも、そもそも毒系術式を使う魔術師が少ない。それもあって、倫璃は尋ねた。半分わかってはいたが。


「でも……あんたが毒系魔術師なら、何で風起なんて……あんた、何者なのよ……!」


 倫璃の疑問はこっちの方が大きかった。


「……私は愛野桜愛。香月家現当主の弟の娘。当たり前のように香月家の術式は使える」


 倫璃はそれを聞いてすごく驚いているようだった。


 倫璃は驚いたことによって動揺し、力が少し抜けた。


 桜愛はそれを見逃したりはしなかった。


 桜愛はそこで剣を押し込んだ。


 そして桜愛は倫璃のことを切り裂いた。

 その瞬間、倫璃は桜愛の腰のあたりに手を当て、水爆弾を生成した。


 桜愛は直に水爆弾をぶつけられたことによって、廊下の逆端まで吹き飛ばされていった。


 距離で威力が高かったのもあったが、桜愛を約五十メートルも吹き飛ばしたその威力はかなりのものだ。そのことから、倫璃はかなりの強さを持っていることがわかる。


「うっ……」


 桜愛は、廊下の端の壁に激突し、かなりの痛みを感じていた。しかも上から割れた窓ガラスが落ちてきて、胸や腕に突き刺さっていた。


 桜愛はなんとか目を開け、倫璃がいた方を見た。


 倫璃は、光の欠片となって消えようとしていた。


「よかっ……た……」


 桜愛はそう呟き、ゆっくり目を閉じた。

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