第10話 強さ

 五月になり、連休に入った。


 連休に入ったことにより、授業は無くなっている。でも寮が敷地内だから、休み感は全くなかった。



「凛空おはよー」


 凛空が外に出ると、そこには悠香がいた。


「おはよ」


 凛空がそう返したその瞬間、装備越しでもわかるような強い魔力を感じた。


「えっ……?」


 凛空は思わずそう呟き、その魔力を感じた方向を見てしまった。

 でも、そっちの方向には校舎があり、校舎の向こうに何がいるのかはわからなかった。


「よしっ」


 悠香はそう呟きながら立ち上がった。


「凛空も来る?」

「え?」

「今日は、お兄ちゃんが帰ってくる日なの」

「えー」


 悠香の兄、朝吹悠莉が今日、ここに来るというだった。

 なら、会ってみたい。と凛空は瞬時にそう思った。


「行く」

「じゃあ行こー」


 凛空は悠香の後を追い、校舎の向こう側にある正門に向かった。


 さっき感じた大きな魔力は、悠莉のものだ。

 一瞬でこれだけの圧を感じさせられるというのは本当にすごかった。恐るべし。


 そして二人が少し正門のところで待っていると、一人、こちらに向かってくる人がいた。


 気迫というか、圧力のようなものを凛空は感じた。


「あれが……最強の魔術師……」


 凛空は思わずそう呟いてしまった。


「お兄ちゃーん!」


 悠香はその最強の魔術師に向けてそう叫んだ。その言葉に返すように、悠莉は片手を挙げた。



「久しぶりだな。悠香」


 悠莉は正門をくぐると、悠香のもとに向かい、そう言った。


「うん。久しぶり」

「それと……君があれか、新入生か。皐月の」

「え、あ、その……」


 皐月と関係があることまで知ってるのに驚きすぎて、凛空はすごく言葉に詰まってしまった。


「知ってるかもしれないけど、俺は朝吹悠莉。一応二年で、悠香の兄貴だ。よろしく」

「あぁ……風晴凛空です。よろしくお願いします」

「よろしく。あ、敬語じゃなくていいし、呼び捨てでいい。その代わり、こっちも呼び捨てで呼ばせてもらう」

「……わ、わかった」


 でも、違和感が凄い。最強の魔術師と敬語じゃないというのは、何か恨まれそうだと凛空は思った。


「久しぶりだな、悠莉」


 後ろから誰かがそう言った。


「久しぶり、快音」


 悠莉は快音には口調が優しくなっていた。二人は結構仲が良かった。


 確かに夏向の件の時には既に二人で一緒にやってたし、もう数年は付き合いがある。


「やっぱ先生より生徒っぽいな」

「ディスってるだろ」

「褒めてる。若いねって」

「何で十個下に若いって言われなきゃいけないんだよ」

「悪かったな」


 悠莉は普通の友達に接するかのように快音と話していた。


 悠莉が快音の十個下ということは、悠莉が凛空の一つ上で十六歳で、快音は二十六歳だ。

 だからどうってことはないが。


「次の仕事は? いつ?」

「もう今夜には。たまたま東京だったから帰ってきただけ。っていうか、元々俺の家ここじゃないし」

「まあそうか。でも、ゆっくりしてけよ」

「ああ。じゃあ、颯希さつき歩武あゆむにも挨拶してくる」

「ほーい。夏向と桜愛も待ってたぞ」

「わかった」


 そう言って悠莉はどこかに行った。


 サツキとアユムとは、誰の事だろう……? と凛空は疑問に思った。


「お兄ちゃん。いつもと変わらないな……」

「そうなの?」

「うん。なんていうか、変に壁を作ってくるんだよね……」

「壁……?」


 考えてみると、悠香に対しての口調が兄妹っぽくはなかったかもしれない。まあ、一言しか話してないけど。


「お兄ちゃん、昔からそうなの。お兄ちゃんって言っても、ほぼ一緒に暮らしてなかったし」

「そうなの?」

「家の都合でね。朝吹家は、お兄ちゃんのことあんまよく思ってないみたいで」

「そうなんだ……」

「あ、ごめんね。こんなこと」

「いや、大丈夫」


 悠香もどこかに行ってしまう。気付かないうちに快音もいなくなっていた。

 凛空は一人で取り残されてしまった。物理的にも、精神的にも。



  ◇ ◇ ◇



 夕方、凛空は悠莉のところを訪ねた。


 強くなりたい。そう思ったから凛空は悠莉のところを訪ねた。


「あの……」

「何だ?」

「その……」

「ん?」


 何て切り出そうか、凛空はすごく困ってしまった。


「……」

「どうした? そんなに困らなくてもいいんだぞ?」


 悠莉は優しくそう言った。

 その様子からは、悠香が言ってた壁は存在ししないように思える。


「あの、強さって、何ですか……? 最強の魔術師というあなたなら……その……」

「強さねぇ……難しいこと聞くね。まあ、強さっていうのは、負けないってこと。どれだけ強いかは、どのように負けないかだよ」

「どのように……負けないか……?」

「そう」


 どのように負けないか……

 凛空は心の中でも復唱していた。


「まあ、君がもう少し実力をつけて、強くなれば、詳しく見せてあげられるんだけどな……」

「ほんとに……!?」

「ああ」


 一緒に任務に連れてってもらえるということだった。

 悠莉の強さを、最強の魔術師の強さを、直接見れるチャンスだ。


「まあ、強くなったら、だな。君の今の強さじゃ、来ても役には立たないし、最悪死ぬかもしれない」

「えっ……」


 最悪死ぬかもしれないって……どんな強い怪物と戦ってるんだ……? 最強の魔術師は。

 凛空は思わずそう呟きそうになったが、何とかこらえた。


「まあ、強くなってまた会おう。……あと、……悠香を、頼んだ」


 そう言って、悠莉はその部屋を出て行ってしまった。


「強くなって……か……」


 凛空にはすごく遠い話のように聞こえた。


 それに、悠莉は悠香のことを気にかけている様子だった。



  ◇ ◇ ◇



 夜、凛空は校舎の屋上で、悠莉に言われたことを思い出し、ため息をついていた。


 悠莉の基準での強いなんて、すごく先の話のはず。その基準になんて、何年経っても追いつかないだろう。と半ば諦めかけていたが、諦めきれなかった。


「どうした? 凛空」


 快音が後ろから凛空に声をかけた。


「いや……別に」


 凛空はとっさにそう答える。


「何かあっただろ? 悠莉と」

「えっ?」


 悠莉とのことというのを知っていたから、凛空は驚いて思わず声が出てしまった。

 でも、快音は悠莉と仲がいいというのを考えると、知っていてもおかしくはない。


「悠莉、言ってたよ。凛空は、強くなれる見込みがあるって」

「そう……なの……?」

「ああ」


 悠莉がそんなこと言ってるなんて、凛空は思ってもいなかった。


 悠莉がそういう人なら、悠香が壁を感じるのは仕方ないことかもしれないとも凛空は思った。



「強くなる方法……?」

「うん……」


 凛空は悠莉に言ったことを、快音にも言った。


「ふーん……だからか。普段は、悠莉が他人のことを言うなんてことないから」

「そうなの?」

「うん。気に入られたな、悠莉に」

「そっか……」


 快音の話からしてもわかる通り、悠莉が誰かを気にすることはあまり無い。


「まあ、凛空が強くなれるとしたら、まず皐月家に行ってみるといい。あとは、経験かな……」

「皐月家に……?」

「ああ」


 凛空は経験が必要なのはわかっていたけど、まさか皐月家に行けと言われるとは思ってなかった。


「皐月家に行って、どうするの?」

「皐月家の術式を習得してくればいい」

「えっ?」

「六系家には、代々継承されてきた術式がある。それは、血を引いていないと使えない術式で、引いていても使えないことがある。でも、強力な術式だ」

「ほう……」


 六系家にはということは、悠莉や悠香、快音も、そういう術式が使えるということだった。


「確か夏向も使えてたはずだよ。この前見なかったかな、桜の術式」

「桜の……? 見たけど……」

「それは、桜花家の術式だ」

「桜花家の……」


 凛空はまさかそんな術式だとは思っていなかった。

 でも、振り返ってみると確かに、強力な術式だったと思う。


「ああいうのが、凛空にも使える可能性がある」

「なるほど……」


 凛空は、それが使えれば少しは強くなれそうな気がした。


「二年に皐月家の奴がいるから、そいつと一緒に行くといい。俺から話は通しておく」

「あ、ありがとう……ございます」

「強い新人魔術師が出てきてくれて嬉しいよ」


 快音は、凛空の頭をポンと叩き、屋上からいなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る