第9話 貰った命

  ◇ ◇ ◇


 凛空は火蹴を発動させて、怪物に向かって行った。


 凛空の攻撃が蹴る術式なのを見抜いたのか、怪物はひたすら足に向かって電撃を撃ってきている。


 凛空は左右に素早く移動し、なんとかその電撃をかわしながら怪物との間合いを詰めていった。


 あと一歩まで迫ったところで、怪物は凛空の胴体に向かって電撃を放った。


「っ……」


 凛空はなんとか体をねじってその電撃をかわした。でも、その勢いでバランスを崩してしまう。

 怪物はそこを逃さすまいと、すかさず電撃を放つ。


 凛空はその電撃を今度は屈んでかわし、そこからまた火蹴を発動させ、怪物に向かって行った。


「っ……!」

「はぁぁぁっ……!」


 凛空は左右で足を入れ替えながら、一気に六発、連撃を決めた。

 でも、それだけじゃまだ終わらなかった。


 お互いに一旦後ろに下がって間合いを確保した。



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 さすがに連続で戦っているのもあって、凛空は術式を発動させるのがキツくなってきていた。


 術式は魔力を基にされているから、今は魔力が少なくなっている証拠だった。魔力は使った分だけ回復するから、今は使う量と回復量が追いついていないことになる。

 そうなると、今は一旦休むべきなんだが、そうも言ってられない状況。


 無理するしかないか。

 凛空はそう考えた。


 そして凛空が顔を上げると、すぐそこに電撃が迫ってきていた。

 凛空は避けることもできず、その電撃をもろに受けた。


 勢いに押されて体が後ろに飛ばされ、全身に激しい痛みが走る。

 その痛みは、今まで感じたことのないくらいの痛みだった。


「っ……」


 地面に叩きつけられて、そのまま凛空は意識が朦朧としてきていた。


 このままじゃダメだ。咄嗟にそう思い、凛空はなんとか意識を保つ。


 そして凛空は起き上がり、今できる最大火力で火蹴を発動し、今できる最速で怪物に向かって行った。


「……ぁぁぁぁああああ!!!!」


 怪物は驚いたような顔をしていた。あんな状況から起き上がってきたのだから、当然のことだった。


 そして凛空は左足で怪物の脇腹辺りを蹴り、そのまま回って、右足のかかと側から蹴って、連撃を決めた。


 そして怪物はそのままトンネルの壁に打ち付けられ、動かなくなった。



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 凛空は膝をついてしゃがみこんだ。


 周りに他の魔力は感じなくなっていた。トンネルの怪物は殲滅し切ったということだ。


「大丈夫?」


 夏向はそう言って、凛空に手を伸ばした。

 凛空はその手を掴み、なんとか立ち上がった。


 よく見てみると、凛空の服は若干焦げていた。帰るまでは上着で隠せばいいけど、もう使い物にならなくなってしまった。


「ありがとね。凛空」

「いや。大丈夫。俺がもっと強けりゃ、こんなにはなってなかったとは思うけど。俺の問題だから」


 魔力の回復がもっと早けりゃ、魔力量がもっと多けりゃ……考えたらキリがなかった。凛空には後悔が残った。


「そっか……凛空、焦ってる?」

「え?」

「そんなに強くなるとか、執着しなくていいと思うよ」

「うん……」


 確かに、まだ始まったばっかりだ。でも、今回倒せたのはただの気合で、実力でもなんでもないと考えると、やっぱり後悔が残る。

 その後悔から、強くなりたいと思うのは、普通のことだとは思うが。


「夏向は、強くなりたいとか、思わないの?」

「思うよ。でも、限界がある。だから俺は、その限界まで気ままにやってくよ。貰った命は大事にしなきゃだし」


 夏向は、何かを思い詰めながらそう言った。


「貰った命……?」

「俺の命は、誰かに何度も助けられた命。助けてもらったからには、大事にしなきゃ、でしょ?」

「ま、まあ……そうだね……」


 夏向のその言葉は少し重いような感じがあった。


「じゃあ、帰ろっか」


 夏向は質問の隙も与えないような速度でそう言い、出口に向かって歩き出した。


 凛空は上着に袖を通し、その後を追った。


 夏向は、「報告はやっとくから」と最後に言って、それ以降、この任務の話はしなかった。



 二人は始発電車に乗った。もう日の出を迎えているような時間だった。


「凛空はさ、すごいよね」

「え?」


 夏向が話し始めたと思ったら、凛空にとってよくわからないことを言い始めた。


「いや、覚醒してすぐに術式が使えてて、すごいなーって」

「え、あ、その……見てたの?」

「うん。あれ、気付いてなかった?」

「いや、気付いてはいたけど……」


 二人が話しているのは、最初に凛空が術式を使ったあの時のことだ。悠香が多分先輩だよとは言ってたものの、凛空は本当にそれが当たっていたとは思っていなかった。


「それに、呪人を躊躇なく、簡単に片付けるのも」

「あぁ……それは、命令だから……かな。命令とか、背けないタイプだから……それに……」

「それに?」

「自分の命を守れるなら、それでいいかなって。自己中かもしれないけど」

「ほぉ……やっぱすごい」

「はは……」


 凛空は褒められたりするのには慣れていない。そのせいか、苦笑いをすることしかできていなかった。


「俺は、最初は戸惑ったし、正気かと思った。でも、悠莉に怒られちゃってね……」

「そうなんだ」

「うん……」


 凛空も最初はそう思ったけど、快音に言われたことで、考えが変わった。

 誰かの命を奪うかもしれないということ、それを止められるのは自分だけだということ。そういうので、そう指示があればやろうという気になった。


 でも確かに、凛空は命令に背けない性格だと自分で思っている。


「悠莉も、桜愛も、経験があった。俺はなかった。だから、できなくてもしょうがないと思ってた。でも凛空は、経験がなくても、一生懸命やろうとする。ほんとにすごいよ」


 やはり凛空は苦笑いしかできなかった。

 また、凛空は夏向の言葉に影があるように感じていた。



 そして二人は魔術学園に戻ってきた。


 魔術学園では、任務の次の日は午前中休みというのができる。

 凛空はそれを活用し、帰ってベッドに倒れこんだあと、そのまま数時間寝た。



 午後の授業が終わり、夕方。悠香はさっそく任務に出かけて行った。

 悠香は一人で任務に出かけて行った。

 凛空は、やっぱり悠香は自分とは全然違うということを、改めて少し感じた。


 そして教室には、凛空と快音がいた。


「上手くやったみたいだね、昨日」

「あぁ……まあ……実際には今日だけど……」

「そうだったな」


 快音は凛空と夏向の任務のことを知っていた。担当なら当たり前のことだが。


「あの……」

「何?」

「夏向って、昔何があったの……?」

「何かあったの?」

「なんか、『父さんを呪ったのはお前か』とか言ってた。でも、よくわかんなくて」

「そっかー」


 快音は何かを知っている顔をした。


「夏向の両親は、呪人になった。それを、俺と悠莉で倒した。それから、両親を呪人にした怪物を探してた。それを見つけたんじゃないか? まあ、俺は表面的な事実しか知らないけど」

「そうなんだ……」

「夏向が明るいのは空元気。本当は無口で感情もないような子だった。夏向なりに、色んな想いがあったんじゃないかな」


 快音は凛空にそう説明した。


 夏向は俺とは違うけど、したいことは同じだったのかもな……と凛空は勝手に親近感を感じた。


「あ、今言ったこと、誰にも言うなよ? 俺から聞いたってことも」


 快音はそう言い残し、教室を出て行った。


「わ、わかった……」


 凛空の返事も待たずに。

 凛空に拒否権はないようだった。拒否するつもりはないが。

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