第8話 伊桜夏向

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 凛空の息は上がっていた。

 ここまで何度も蹴りを続けてきたおかげか、凛空は体力の消耗が激しかった。


「凛空、ラストだ」

「えっ?」


 先が暗くて、魔力もまだ大きいのに、何で夏向は最後だとわかるのか、凛空はすごく疑問に思った。でも、それを聞く暇もなく、夏向はさらに奥に向かって行った。

 凛空はその後を追った。


 すると、トンネルの終わりが見えてきた。

 終わりというのは、光が見えたわけではなく、壁が見えたということだ。


 そこには一段高くなっているところがあり、そこに椅子がいくつか置かれていた。

 そしてその椅子に二体の怪物が座っていた。

 どちらも見た目は人間のようだった。呪人でも霊でも人型となるのだが。


 さらにどちらからも、大きな魔力を感じていた。

 それは、今まで感じていた魔力のほとんどがこの二体のものだったのかと思ってしまうくらいの大きさだった。


「な、何なんだ……こいつら……」


 凛空は思わずそう呟いてしまった。


「行くよ」


 夏向はそう言って、その二体に近づいて行った。


 夏向が近づくと、その二体の怪物は立ち上がり、段から降りてきた。


「来ちゃったか……魔術師」

「悪いか?」

「いや。ここに集まってくるのは弱者ばかりだったからね。簡単に倒されてしまう可能性もあるとは、思っていたよ」

「そうか」


 夏向と、二体のうちより強そうな方の怪物が、そう話を始めた。


「っていうか、お前どこかで会ったことあるか?」

「は? 会ったことあれば、今お前はここにはいない」

「そうだよな」


 その怪物は一瞬考え込んだような顔をした。


「あ、アイツだ。魔力あるのに気付いてなかった奴」


 何かを思い出したようにそう言った。


「いや、それだったらもっと大人だった」

「そうか?」


 怪物たちは二人で考え込む。でも、そこに隙はなかった。


「似てるだけだろ。ただ」


 片方がそう言った時、夏向がハッとしたように息のような声を上げた。


「……そうか」


 夏向がそう呟いた。その言葉で、怪物たちの視線もこっちを向いたようだった。


「そうか」


 夏向はもう一度そう言った。


「お前らか。父さんを呪ったのは」

「えっ?」


 凛空は思わず反応してしまった。でも、夏向は怪物たちに向かってそう言った。無意識に出た言葉はしょうがないが。


「なるほど……君はアイツの息子か」

「えっ?」


 また部外者が反応してしまった。と凛空は申し訳ない気持ちになった。


「凛空、こいつらは俺の親を殺した奴だ」

「えっ……」

「正確には殺してないぞー、えん罪はやめろー」


 怪物たちからの弁解があったものの、夏向の話から、この怪物たちのおかげで夏向の両親が亡くなったみたいな意味だと凛空は理解した。


「とにかく、さっさと終わらせよう」

「敵討ちってやつか? やってみろよ」


 怪物は煽ってきているようだった。


「凛空」


 夏向が凛空の名前を呼んだ。その声には、決意のようなものが感じられた。

 凛空はなんとなく、絶対に倒さないといけないような雰囲気を感じた。


 そして夏向は音もなく、術式を発動させた。

 辺りに桜の花びらが舞い始める。


 桜の花びらは、強そうな方の怪物に一直線に向かって行った。

 怪物はすごい水流をどこからか起こし、その花びらに対抗した。


 そして凛空はそこに加勢しようと火蹴を発動させ、水流を起こした怪物に向かって行った。


 かなり近付いたところで、足元にどこからか電撃が飛んできた。

 凛空は瞬間的に後ろに跳び、その電撃をかわした。でも、そのおかげで加勢はできなかった。


「君の相手はこっちだよ。二人いること、忘れないでほしいな」


 もう片方の怪物がそう言った。さっきの電撃はこの怪物が放ったものだった。


「っ……」

「俺だって、弱いわけじゃないから。ね?」


 怪物はやけに余裕そうだった。


 凛空は、『臨機応変に対応してほしい』という夏向の言葉を思い出した。

 やるしかないと決意し、凛空は再度火蹴を発動させた。


  ◇ ◇ ◇


 夏向は場の状況を瞬時に理解した。


 もう一体の怪物の処理は凛空に任せるのを決めて、夏向はこの一体に集中することにした。

 本当だったら二人とも自分で仕留めたいところだが、それは無理だと早々に諦めた。


 ――こいつだけは、絶対に仕留める。


 夏向の決意は固かった。


  ◇


 俺の両親は、どちらも魔術師ではなかった。でも祖父じいちゃんは魔術師だったらしい。父さんに生まれつき魔力があったのかはわからない。そんなところだった。


 俺も、魔力を術式に出力するなんてことは、生まれつきではできなかった。



 両親はいわゆる共働きだった。


 ある日、父さんの顔色がすごく変だったことに気づいた。その日から、父さんの態度が一変した。暴力を振るうようになり、暴言も増えた。


 当時小学生だった俺からすれば、それはとても怖かったし、今でも心に深く刻まれている、トラウマのようなものだった。


 そして次第に母さんの顔色もおかしくなり、母さんからの暴力・暴言も増えた。


 両親からの暴力や暴言の原因は主に仕事に関することだったと記憶している。

 仕事のことならしょうがないと、俺は我慢し、誰にも言わなかった。


 それから約二年後。小学六年生になった頃、久しぶりに祖父ちゃんが家に訪ねてきた。


 俺は元々早産で、体が小さく、弱かった。

 共働きの両親に代わって、小さい頃はよく祖父ちゃんや祖母ちゃんが家の事をしたり、病院に連れて行ったりしてもらっていた。


 でも大きくなってからは、自分で家の事をできるようになり、そういう機会も無くなっていた。


 後から聞いた話だと、その時に、祖父ちゃんは家の中に充満していた怪物のような魔力に気付いたらしい。

 でも、そこに両親は仕事で居なかったし、高齢になるにつれ減っていく魔力のおかげで、もう術式を発動できる魔力の余裕はなかった。そのおかげで、対処はできなかったらしい。


 そこで祖父ちゃんは、当時有名な魔術師ペアだった快音くんと悠莉に調査を直接依頼したらしい。

 その二人は本部の依頼に背くことで有名だった。(噂が回るにつれ、変なものが付いただけだったみたいだが)


 本部に言えば、もしそれが噓だった時に変な印象を持たれかねないと心配していたため、祖父ちゃんはその二人に依頼した。

 つまり、当時の二人は汚れ役のようなものだった。


 それでも快音くんと悠莉は依頼を受け付け、調査をしている途中で、両親は呪人として暴走を始めた。


 快音くんが暴走に巻き込まれかけていた俺を助けてくれた。


 その後、俺は祖父ちゃんに引き取られた。

 そしてその時は、両親は病的なもので死んだと言われていた。それに疑問は持っていなかった。でも今考えてみると、悠莉が倒したのだろう。別に、それを恨んだりはしない。


 その暴走の後から、俺は術式を発動させられるようになっていた。


 この話を聞いたのは、祖父ちゃんが死んで、魔術学園に入学した後の事だった。


 ◇


 夏向は、両親を呪人にした奴をずっと探していた。まさかこんな所で出会うとは思ってなかったが、会ったら絶対に仕留めると誓っていた。


 その思いを力に変えたのか、夏向の術式はさらに勢いを強めた。


 そして水流を押し切り、怪物に桜花をヒットさせた。


 そこに畳みかけるように夏向は突っ込んで行った。


「……草剣そうけん


 夏向がそう呟くと、夏向の右手に深緑色で蔓や葉の装飾がされている剣が現れた。


 そして夏向はすごい速さで、怪物に連続で剣を振るった。


 怪物は速さのあまり、防御体勢が取れずに、剣の攻撃までもをもろに受けた。


「っ……中々強いな……」

「そりゃあね。桜花家の血は一応引いてるし」

「な……!?」


 怪物はまさか夏向が六系家の血を引いてるとは思ってなかったようだった。


「もしかして、見たことない? 桜花家の術式」

「いや……それは……」

「無いんだ」


 夏向は会話でも怪物を追い詰めようとした。


 それにムキになったのか、怪物は水流を発動させた。それもすごい威力だった。


 夏向は剣を体の前で構え、その剣で水流を防いだ。


 そして水流をかわし、桜花を発動させた。

 それと同時に夏向は走り出し、怪物に突っ込んで行った。


 怪物はなんとか腕でガードを作って桜花を防いだ。

 そのせいか、夏向が突っ込んできていることに気付いていなかった。


「……ぁぁぁあああ!!!!」


 夏向はそれを逃さず、確実に剣を振り、大きな雄叫びと共に怪物の体を切り裂いた。


 怪物はそのまま倒れこみ、動かなくなった。


 ――これでいいんだよね、父さん、母さん……じいちゃん。


 夏向は心の中でこの世界にはもういない三人に、そう問いかけた。もちろん、返答はない。でも夏向は一気に乗っていた重いものが無くなったような感覚になった。

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