第7話 呪人の溜まり場

 桜が全国的に跡形もなく散っていった頃。

 凛空と夏向は任務で魔術学園の外に来ていた。


 今居るのはどこかの駅前のファミレス。この近くに任務場所があり、凛空と夏向は夜が更けるのを待っていた。


 それに凛空は今日、初めて夏向と一緒に任務ということになった。不安もあるけど、誰かが居るに越したことはなかった。


 夏向の魔術師としてのランクはB。

 Bというと、強くなさそうに聞こえるけど、一応位置付けは『強い』というところみたいなので、夏向はそれなりに強い。それに凛空は少し安心していた。



「今回の説明するけど……」


 そう言って夏向は端末の画面を凛空に見せた。

 その画面には今回の詳細がびっしりと書かれていた。


「今回行くところは、一言で言えば呪人の溜まり場だ」

「呪人の溜まり場……?」


 凛空は、言ってる意味はわかるけど、ちょっと状況が理解できていなかった。つまり、わかっていないということだ。


「文字通りだよ。呪われた人の溜まり場」

「それはわかるんだけど……」


 凛空は自分でも何を言っているか、よくわからなくなってきた。


「今はもう使われてないトンネルに、幽霊が出るとかっていう噂があったりするのは、よくあるだろ?」

「うん……まあまぁ……」


 よくありそうな話ではあるけど、実際に遭遇したことはない。


「その噂の中には、怪物が関わってることがある」

「なるほど……」


 怪物の中に悪霊が含まれるなら有り得る話だ。


「今回、噂の調査に行った本部の偵察班が、そこが呪人の溜まり場になってることを発見した」

「ほう……」

「全部でどれくらい居るかはわからない。でも、残ってた魔力から、すごく強いわけでもないらしいから、多分大丈夫だと思う」

「多分って……」


 不安しかないけど、凛空は夏向を信じることにした。


「よくあるの? 溜まり場って」

「そりゃあね。呪人の場合なら多いかな。霊はなかなか無い」

「へぇ……」


 人は群れを作る、霊は作らない。


「霊の場合、死んだ場所から動かないからね……」

「なるほど……」


 同じ場所で複数人死んだ場合は溜まり場のようになる。だが、そんなことはあまりない。だから、『なかなか無い』。


「一応確認だけど、そこに行って、どうするの?」

「そこの怪物を、駆逐する」

「駆逐……?」

「殲滅」

「殲滅……どっちなの?」

「殲滅の方かな」

「皆殺しってこと?」

「そういうこと」


 徐々に小声になりながら二人はそう確認した。


 傍から見ればちょっとおかしな人たちだ。でも、何も知らない人が駆逐だの殲滅だの皆殺しなどと聞いたらさらに変な人だと思う。まだマシな方だとは思うが変なことには変わりない。



「凛空ってさ、近距離系の術式だよね?」

「うん」

「じゃあ、俺が後ろから術式撃つから、それで隙ができたとこに攻撃して」

「わかった」


 夏向は戦い方まで指示した。



「じゃあ、行こっか」

「うん」


 そして二人はそのファミレスを出た。

 時間を確認すると、もう次の日になっていた。

 二人はそれを狙っていたというか、それを待っていた。


 数十分歩いた先に、すごく気味が悪いところがあった。そこが今回の任務の場所だ。


 道と言っていいのかわからないくらいの小道を進んで行った先に、先が見えないトンネルがあった。もちろん電気などない。


 そしてその奥に、二人はかなりの魔力を感じた。


「ちなみに、このトンネル、奥は熊とかが出るのを防止するために何十年も前に防がれたらしい。それからだって。心霊現象的なのは」

「へぇ……」


 そりゃ先が見えないわけだ。


「っていうか、怪物って目に見えないの?」

「うーん……一般人の場合は、霊は干渉されない限り目に見えないらしい」

「ほう……」


 霊が目に見えないから、心霊現象が怖いというものだとは思うが。


「呪人は見える。でも、見える見た目は違うらしいけど」

「そうなの?」

「何か、グロく見えるらしいよ。魔術師には」

「へぇ……」

「俺には今のがデフォルトだからわかんないけど」

「確かに……」


 一番最初の、快音が倒した呪人は、暗くてその時はただの人間のようにしか見えなかったけど、よく考えれば普通の人間よりも血の気が無かったというか、確かにグロかったかもしれない。と凛空は振り返っていた。


 とにかく、怪物は怪物として普通の人間に見えることはないということ。


「ちなみに、干渉って具体的にどんな感じなの?」

「干渉っていうのは……術式をその人に向かって発動させた時っていうのかな……? 一般人が怪物を正しく視認できる条件は、そんな感じらしいよ」

「へぇ……」


 襲われるということは、術式にかかるということ。襲われなければ見えないというのは不利すぎる。しょうがないことだが。



「よし……じゃあ行くか」

「うん」

「あ、それ外した方がいいよ?」

「え、あ、そうだった……」


 そして凛空は上着を脱いで腰に巻き付けた。



 夏向は急に真剣そうな目になる。


 魔術師は大体そんな感じで、スイッチが入ると急に真剣になる。


「中には結構な数いる。計画はその都度変える。臨機応変に対応してほしい」

「わかった」

「多分、凛空の魔力を持ってすれば大丈夫だと思うから。とにかく、頑張って」

「うん」


 夏向のその言葉には、妙に緊張感があった。

 凛空はそれをこれだけでも命を落としかねないということと受け取った。

 そして凛空はちゃんと集中しなきゃと気を改めた。


「トンネルは約五百メートル。じゃあ、行くよ」

「うん」


 そしてまず夏向がそのトンネルの中に走って突入した。凛空もそのあとを追って突入した。


 その瞬間、凛空はいくつもの視線を感じた。それと同時に、何体もの怪物が二人に向かって来た。


「数多いな……凛空、初撃は計画通りに。その次からは個人で行こう」

「わかった」


 夏向は素早く判断してそう指示を出すと、術式を発動させた。


「……桜花」


 夏向がそう呟くと、桜の花びらが舞い始め、一気に怪物に襲い掛かった。

 桜の花びらに囲みこまれた怪物たち数体は、崩れ落ちて動かなくなった。


「凛空!」


 凛空はその夏向の声とほぼ同時に動き出した。

 そして火蹴を発動させ、夏向の術式に圧倒されている怪物たちを蹴り飛ばした。


 一体あたり三発くらい蹴ると、倒れて動かなくなった。でも消えるのはなかった。それは、全員呪人だということだった。


 凛空は言った通り、任務だからという理由で躊躇はしなかった。

 自分の命が何よりも大事という自己中な考えだが、しょうがないことだ。


 凛空は、足を入れ替えながら何回も攻撃を仕掛けていく。

 同時に数体を相手にしながら、火蹴だけで捌き切っていった。


 何体目かわからない怪物の働きを止めたところで、周りに怪物はいなくなっていた。

 でも、まだ怪物の魔力が奥の方から感じていた。まだ怪物はいるようだった。


 全長五百メートルのうち、まだ百メートルも進んでいなかった。仮にこの五倍は無いにしても、まだ半分にも達していないとなると、どうしても先が遠く感じてしまう。


「凛空、先は長いよ。でも、夜はそう長くないし、待ってもくれない。さっさと片付けよう」

「うん」


 そして二人はトンネルのさらに奥に向かって行った。


 暗闇の中を、敏感になった感覚を頼りに進んで行く。

 途中、何体もの怪物が現れ、その度に凛空は火蹴で、夏向は桜の花びらの術式『桜花』で、応戦する。


 怪物との戦いは、難なく繰り返されていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る