2.魔術学園

第6話 先輩

 入学して約一週間が経った頃。


 凛空は快音に、凛空と悠香が上級生に呼び出されていると言った。

 凛空は行くしかないかと、指定された時間に指定された場所に行った。


「お、来た来た」


 指定された場所は寮の共有スペース。時刻は夕方。

 二人がそのスペースに入ると、そこには二人の男女がいて、その男の方がそう言って駆け寄ってきた。


「俺は、伊桜いざくら夏向かなた。一応二年だけど、呼び捨てでいいからね。よろしく」


 その男はそう自己紹介をした。


「私は愛野あいの桜愛さくら。同じく二年。桜愛でいいよ。よろしく」


 後ろから女の方も出てきてそう言った。


「私は朝吹悠香です。よろしくお願いします」


 悠香はその二人にそう挨拶した。


「ほら、凛空も」

「え、あ、えーっと……風晴凛空です。よろしくお願いします」


 悠香に促され、凛空も挨拶した。


「よろしくー」


 二人はそんなに怖そうな感じの人ではなさそうだった。まあ、本当はわからないが。


「そのー、今の状況を簡単に説明すると、会う機会が中々無くて、急に任務で会うのもあれだからさ、一度会ってみようかなーって、お願いした」

「そっか……別に、快音を通さなくてもよかったのに」

「いやぁ……話しかけられないからさー」

「まあいいんだけど」


 悠香は夏向と一瞬で打ち解けたように会話をしていた。凛空には到底できそうもないことだ。


「そうだ、悠香ってさ、朝吹家の……?」

「うん。一応ね」

「そっか……すごいなー」


 夏向は悠香のことを羨ましがっているようだった。


「みんなそう言うけど、色々大変だよ?」

「でも、魔力多いっていうのはいいなーって」

「まあ……そうだね」


 魔術師からすればそうなんだが、六系家に所属する方も大変だ。


「俺はさ、じいちゃんが桜花系だけど、父さんは遺伝してなかったし、ちょっとね……」

「突然変異じゃなかっただけいいんじゃないの?」

「まあ、そうだな」


 遺伝していない環境で魔術師となる人もいる。そういう人のことを考えると、遺伝していただけマシと考えるのは当然だった。


「君は? 凛空は、どこかの家の繋がり?」

「えっ?」


 一瞬、凛空は夏向の言ったことが理解できなかった。理解できないというか、返答に困ったのかもしれないが、どちらにせよ混乱していた。


「いや、それ、悠莉ゆうりの術式のやつでしょ? 隠さないといけないほどの魔力なのかなって」


 悠莉というのは、悠香の兄のことだ。悠莉の術式のかかった上着のことは、夏向たちも知っていた。


「あー……えっと……一応、皐月家の繋がり。でも、縁を切ったような感じだから……名乗っていいのかわかんないけど」

「へぇ……そうなんだ」


 凛空は戸惑いながらもそう答える。夏向はそれでちゃんと理解したようだった。

 反応からもわかる通り、縁が切れているというのも珍しいことではない。


「私だけ聞いてるだけじゃフェアじゃないから言うけど、私は香月家の繋がり」


 桜愛はそう言った。


 ここにいる四人は全員どこかしらの六系家との繋がりがあった。

 でも、そうじゃない場合だってある。

 その種類って、どれくらいあるんだろう……? と凛空は疑問に思い、聞いてみる。


「あの、魔術師の遺伝的な繋がり……? って、どんなのがあるの?」

「えっと……」


 すると、夏向が説明し始めた。


「魔術師の魔力には基準値があって、それは100。それを超える場合っていうので説明するけど……」

「うん」

「一つが、俺たちみたいに六系家と血のつながりがある人たちの遺伝」

「ほう」

「二つ目が、突然変異で魔力を持った場合」

「そんなことあるんだ……」

「うん。そして、三つ目が二つ目のケースの子孫」

「なるほど……」

「最後に四つ目が、怪物に干渉されて魔力を持つこと」

「怪物に干渉……」

「大きくこの四つに分けられる」

「へぇ……」


 夏向は淡々と説明していく。


「突然変異は起こりにくくて、それに伴ってその子孫も少ない」

「うん……」


 凛空は納得しながら夏向の話を聞く。


「怪物の干渉っていうのは、言い方を変えると怪物に襲われたっていうこと。生き残ってることがそもそもそんなにないから、ケースとしてはそんなに多くない」

「なるほど……」


 魔術師がいくらやっても、さすがに全員は守れない。遠回しにそう言っているような感じでもあった。


「だから、ほとんどが遠くても六系家の血筋」

「なるほど」


 そりゃ四人中四人が六系家ということもあり得るわけだった。


「まあ、術式の系統で六系家に分類することもあるから、実質みんな六系k」

「そうはならないでしょ」


 桜愛が見事にツッコミを入れる。


「でも、魔術師の原点はやっぱ六系家だよ」


 桜愛は夏向に代わってそう付け加えた。


 凛空はかなりの情報を一度に貰った。これは凛空にとって大きな収穫だった。


「ありがとう」

「いやいやー」


 夏向は優しかった。



「あ、そうだ、二年生は俺たちだけじゃないよ」

「そうなんですか?」


 凛空は悠香の兄は確か二年生だったことに、言ってから気付いた。


「あと二人いて、一人が、皐月家の次期当主候補。それでもう一人が、最強の魔術師って言われてて……それで……」

「私のお兄ちゃんね」


 夏向がもったいぶっていたからか、悠香がそう付け加えた。


「え、お兄ちゃん……!?」


 そう言ったのは夏向だった。


「そう。朝吹悠莉は私のお兄ちゃん」

「てっきり従兄弟だと思ってた……悠莉、家族の事は一言も言わないし、それでも従兄弟は多いとか言ってたし……」

「まあ、でも、お兄ちゃんだから」

「そうなんだ」


 夏向と悠香は悠香の兄、朝吹悠莉のことで盛り上がっているようだった。


 それにしても二年生、すごい人多くないか……? と凛空は驚いていた。


「あと三年も一応いて、鳴宮系の努力の天才と、香月系の努力の努力の天才。あとは、特殊術式の強者と、五宮家の才女。この四人」

「へぇ……」


 三年もなかなかの顔ぶれ。


「今いない人たちはみんな任務でどっか行ってる。それに、こんなこと言うのもあれだけど、全体で見れば、魔術学園は西高東低。大阪の方が凄い人多いよ」


 夏向はそう付け加えた。


 西高東低。それは魔術師の勢力図。怪物に関しては、その真逆だ。


 実際は、東の魔術師の方が怪物に戦力を奪われている感じだった。その分、東京で鍛えた魔術師は基本強い。少数精鋭という感じだった。


 もちろん大阪にも、強い魔術師はいる。

 東京と違うと言われるところは、強さは別として、魔術師の総輩出人数の多さだ。ただ東京で死人が多いだけではあるが、大阪は人数が多いと言われている。


 西高東低というのは、魔術師が命を懸けて戦っているからこそ起こっていることだった。


「重い話は終わりにして、もっと普通な楽しい話でもしよ?」


 桜愛がそう言った。それによって、雰囲気が変わった。


 それから凛空たちは、普通の高校生がするような話をした。


 そんな中でも、先輩後輩という関係性は見られない。それが魔術学園の特殊なところだった。


 魔術師の世界では、一つや二つの差は先輩後輩という関係にはならない。呼び名に関しては、戦闘中に合図を出す場合、わざわざ『さん』とかを付けてる暇はない。そのおかげでそういう雰囲気になっていった。

 さらに、六系家など、苗字が同じ人が多いといったことも関係しているのかもしれない。



「凛空はさ、魔術師になる決意……とかあったの?」

「え?」

「あ、何かごめん。急に聞いて」

「いや、大丈夫だけど……」


 夏向があまりにも急に聞いてきたから凛空は思わず変な対応をしてしまった。


「新入生に決意を聞くのは、恒例らしいんだよね」


 桜愛がそう付け加えた。


「なるほど……」

「でも、ちょっと変だったよね。ごめん」

「大丈夫です」


 今の高校生魔術師には、凛空みたいな感じで家族を失ったことから魔術師になる人はそんなに多くない。

 だから、普通に決意なんかも聞く。

 凛空にとって話せないことでもないし、凛空は思い切って言った。


「両親が見てきた世界を見てみたい。そう思ったから……かな」

「そうなんだ」

「俺は、魔術師のことなんて全く知らなかった。そんな知らない世界で、両親は死んでいった。俺はそんな世界を一度見てみたい。変かもしれないけど、そう思った。だから、魔術師になった……そんな感じ」

「そっか」


 凛空の決意を、誰も笑うことは無かった。ちゃんと聞いて、ちゃんと頷いてくれた。凛空は、それが少し嬉しかった。


「とりあえず、これから一緒の任務もあるかもしれないから、よろしくね。凛空、悠香」

「うん」「よろしく」


 夏向が凛空と悠香に向けて改めてそう言った。


「私も。よろしくね」


 桜愛がそう続ける。


「よろしくお願いします」「よろしく」


 凛空と悠香もそう言って、それで今回はお開きとなった。夏向と桜愛と悠香はそれぞれ夜に任務が入っていて、その準備をするらしい。


 一方、凛空は何もない。


 魔術師には強さを表すランクがあり、凛空は一番下のD。魔力量だけならもっと上だけど、経験がないことから、そのランクにされた。それによって、まだ一人で任務にも出られない。仮に一人で出られたとしても、まだ不安しかなかった。


 いつかは一人でできるようにしたい。凛空はそんなことを思っていた。

 そのいつかが来るといいが。

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