第5話 初仕事

 数日後、ついにその時が来た。

 時刻は深夜。ただの住宅街に凛空と悠香と快音が居た。


 凛空も悠香もそれぞれの魔力を隠す上着を着ている。


 凛空の上着と悠香の上着の機能は同じだ。

 どちらにも魔力隠しの効果があり、五感効果を抑える効果もある。

 悠香は既に自力で魔力を隠したり、感覚を抑えることができる。本人は気付いていないようだが。

 凛空だって、近い将来できるようになる。快音はそう見積もっていた。


「今日の任務は空き家になっている民家の怪物を倒すこと。偵察班によると、一応悪霊っぽいけど、どれくらいいるのかはわからない。でも、凛空でも十分いけるくらいの強さだから大丈夫だと思う」


 快音は今回の状況を詳しく伝えた。


 凛空に不安はなかった。

 凛空はあの術式に『火蹴かしゅう』と名前を付け、安定的に使えるようになっていた。自分でちゃんと術式が使えるというのは、安心する要素の一つだった。

 悠香と快音がいるということも、その安心の一つなのかもしれない。



「じゃあ行こうか」


 そう言って、快音は民家の中に入っていった。悠香が続き、凛空が最後に入っていった。


 中は薄暗かった。凛空はその民家に入ったところで魔力を感じていた。その魔力は、悠香や快音とは違う魔力だった。


 魔力はその人によって少し違う魔力のように感じる。

 今の凛空だと、その魔力の持ち主がが善なのか悪なのかはわからない。でも、それぞれの違いはなんとなく感じられていた。


「どうする? 快音」

「まず俺がお手本をみせる。それで、寄って来たのを二人に任せるよ」

「わかった」「うん」


 そしてその瞬間、先頭に居た快音に向かって、何かが向かって行った。


 その姿は人間のようでもあったが、何かはわからない。

 前情報では悪霊とのことだったが、霊には見えない。見た目は普通の人間だった。


「まず、一発入れる」


 快音はそう説明しながら、突っ込んできた怪物を左腕で受け止めた。


「この時の感触で、強さを見分けろ」

「強さを見分ける……?」

「そう。まだ凛空じゃ魔力の大きさで強さを見分けられないと思う。だから、一発攻撃してみて、その感触で確かめろ」

「ほう……」


 遠回しに快音は、数多くやって感触を覚えろと言っている。敵の強さは、経験に照らし合わせてみるようなものだ。魔術師はできるだけ多くの経験をいかに早く積めるかというのが、才能の他に大事なことだった。それだけの経験を積める強さという才能があるという前提だが。


 そして快音は右手でその怪物を殴り、その怪物は崩れ落ちた。そしてその怪物はそのまま動かなくなる。その怪物の魔力も消えた。


「よし」


 快音は一瞬で戦闘を終わらせた。


 凛空は来た意味があるのか疑問に思う。


「さあ来るぞーっ」


 凛空が疑問に思った瞬間に快音がそう言う。

 すると、また違った魔力を凛空は感じた。


 悠香はいち早く動き出し、民家の玄関の方に向かった。

 そして凛空は悠香の後を追った。


 二人が民家を出ると、家の前の道路に怪物が複数いた。


 ちょうど住宅街の奥まった行き止まりのところにいるためか、凛空はすごく追い詰められたような気分に陥る。


 そんな凛空を気にすることもなく、悠香は上着を脱ぎ捨て、前に出た。


 その瞬間、凛空はかなり大きな魔力を感じた。その魔力は悠香のもので、魔術師は戦闘時に隠している魔力をこのように開放する。これが威嚇になることも、挑発になることもある。

 凛空はその魔力の大きさに驚いていた。


「凛空、右の奴ら頼んだよ」

「……わ、わかった」


 悠香の雰囲気が一瞬にして変わった。

 凛空はそんな悠香を、素直にかっこいいと感じた。


「……水龍すいりゅう


 悠香がそう呟きながら、何かを出すような動きをすると、そこから水の龍が飛び出し、怪物たちに襲い掛かった。

 これが悠香の術式だった。


「凛空! さっさとやって!」


 悠香は凛空に怒り気味にそう言った。


 凛空はその言葉で、今しなきゃいけないことを自覚した。


 そして凛空は怪物の中に突っ込んでいこうとした。

 その瞬間、快音が上着を軽く引っ張り、凛空の上着が脱げた。凛空は上着を脱がなきゃ戦えないということを忘れていた。

 凛空がもう踏み込んでいたことから、上着だけが快音の手に残った。


 凛空はあれから、魔力を使って走る方法を習得した。そのおかげか、前までの数倍の速さで移動できるようになっていた。今もそれを使い、怪物に迫って行った。


 上着が取れたことにより、凛空は怪物の場所や気配をかなり鮮明に感じ取れるようになっていた。これなら囲まれたとしても対応できる。


 凛空はそこそこ近づいたところで、『火蹴』を両足に発動させた。


 一体、二体、三体と、右足と左足を上手く入れ替えながら順番に蹴っていく。


 さすがに一発で倒せはしなくて、二発か三発蹴ったところで怪物たちは光の欠片となってどんどん消えていった。


 周りに怪物が居なくなったことを確認し、凛空は大きく息を吐いた。


 悠香が大半を倒し、凛空はあまり仕事をしたとは言えない感じだが、凛空には結構やりきった感があった。


「お疲れ」


 快音はそう言い、凛空に上着を返す。凛空はそれを受け取り、素早く上着を着た。凛空はそれによって落ち着くような感じがした。


「ほとんど悠香がやってたけど、初めてにしては、凛空もよくやったと思うよ」

「そっか……ありがと、悠香」

「別にいいよ。私の初めての時よりは、良かったと思うよ」

「そうなの?」

「うん。私は術式暴走させちゃったから」

「へぇ……」


 暴走させたとはいえ、最近のことではなく、大分前の話。褒めてるんだろうけど、凛空には褒めているようには聞こえなかった。

 不覚にも凛空は自分で自分の喜びを奪ってしまった。


 外で戦った怪物たちは光の欠片のようなものが飛び散って消えた。でも、家の中で快音が倒した怪物は消えなかった。凛空はそのことに少し違和感を持った。


「おーい、凛空、大丈夫か?」

「え? あ、うん」

「今聞いてなかっただろ」

「うん……ごめん」


 凛空は違和感について考えていたため、聞いていなかった。


「まあいい。最初の一体は呪人じゅじんで、他は霊だったなって話」

「じゅじんって?」

「呪われた人、で呪人。悪霊に影響を受けた人間。まあ、もう人間とは言えないかな」

「……人間」

「そこまで考える必要はない。彼らはもう人間じゃない」

「人間……じゃない……」


 人間じゃないと言われても、ちょっと無理があった。

 一瞬で息の根を止めることができる力も怖いし、まだ人間じゃないというのが受け入れきれない。見た目は本当に人間だった。確かに狂暴ではあった。でも……


 凛空はまだ信じ切れていなかった。


「じゃあ聞こう。仮に、凛空の両親が殺されたあの怪物が呪人だとして、その呪人に遭遇したとしよう。その時、凛空はその呪人を倒せる? 躊躇なく」

「……それとこれとは違う。でも、仮に親を殺した怪物に遭遇すれば、何であろうと倒そうとする。倒せるかは別として」


 実際には、そうなってみないとわからない。それが正直なところだった。


「呪人は?」

「……わからない。でも、やらなきゃいけないことはわかる。だから、ただの呪人でも指令さえあればやるかな……多分」

「なるほどね……じゃあ、問題ないか」


 指示されれば、やらないわけにはいかなくなる。それが凛空だった。


「問題って……?」

「あー、一人で出した瞬間に、倒せなくなって死ぬっていう結末。誘った奴がそんなになるのは御免だからな」

「なるほど……」


 自分は死んで良くても周りはそれで悲しむんだよ――的な話か。と凛空は冷静に思った。

 まあ、凛空は死にたくないと思っているが。


「大丈夫。俺は死なない。死ぬ前に、逃げることをする。戦略的後退だ」

「そうか。ならよかった」


 快音は凛空の頭をポンと一回叩き、その場所を離れようとした。

 悠香は上着を拾い上げ、快音の後を追う。

 凛空も二人に続くように後を追いかけた。



「このあとは、仕事が終わったことと、周りのを何体か倒したことを、本部に連絡する。あとは本部がどうにかしてくれる」


 快音はそう解説した。


 後処理は別部隊がやってくれる。そう考えると魔術師は楽なのかもしれない。それを最初に聞いた魔術師はほとんどそう思う。



 悠香は、ここまで快音が説明したことを全部聞き流していた。

 悠香は魔術師の仕事というものにすごく慣れている。

 でもまだ高校一年生になったばかりだ。


 恐るべし六系家。と凛空は圧倒されていた。

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