06 惑星カルパチア
惑星カルパチアは、ゼピュロス星域の、
開発後進の惑星であり、どちらかというと「基地」としての色合いが強く、住民というより駐留民が多少存在する、といった感じの星である。
かつて――シュミットという夫婦の
が、カルパチアというかゼピュロス星域は、当時の
当然、ピアチェンツァ共和国と
夫妻の遺児、ヴェスパーは、
カテリーナはそういった子どもをよく引き取っていた。やがてその子たちは成長し、それぞれの才を発揮して、「母親」であるカテリーナを
*
「……で、並みいる兄弟姉妹のうち、不肖の子息、末っ子であるおれだけが、何もしていないのさ」
「それで、こんな裏仕事を買って出た、と」
ヴェスパーが何杯目かのコーヒーを飲みながら、「ちょっとした身の上話」をしており、それに対して金髪はココアを入れながら、応答していた。
「一番やり手のヴィットーリオ・エマヌエーレの兄貴は、今、ちょうどそちら、
「そっちを手伝えば良かったんじゃないですか」
赤毛は金髪が入れてくれたココアを飲んでから口を出した。
「ええ? そんなの面倒くさ……いやいや、無能非才の身なんで、遠慮したのさ」
「…………」
「…………」
「……あっ! そろそろ惑星カルパチアに連絡を取らなくては」
露骨な話題転換をして、ヴェスパーは機関車AIに命令して、カルパチアの管制塔を呼び出した。
すると、食堂車のモニタに、壮年の女性の姿が写った。
「……何やってるんだい、ヴェスパー。危ないにもほどがあるね」
「あっ、
ピアチェンツァ共和国
「……まったく、柄にもなく孝行したいとか言って、
「いやあれは仕方なかったんだ。あの別嬪さん、意外と鋭くて……」
モニタ上のカテリーナは、何も知らないくせして、と
「……まあシギディン提督がお前に気づいていなかったならいいさ。けど、シュミットって姓の人間はたくさんいるけど、あんたがあのシュミットの息子だってバレたらどうすんだい?
「…………」
カテリーナの真剣な表情に、さしものヴェスパーも口を閉ざした。
そこに反省の色を見たカテリーナは、ひとつため息をついてから、ヴェスパーと同じテーブルに座ってる、金髪と赤毛に目を向けた。
「お前さんたちも、ウチのバカ息子が付き合わせちゃって、悪いことしたね」
「いえ、そんな」
とりあえず金髪がそんな返事をすると、カテリーナは微笑んだ。
「何だっけ……何とかクランクハイトとかいう病気の特効薬だっけ? お詫びとして一年分用意させてもらったよ」
「一年分って
「お前は黙ってな!」
ヴェスパーの差し出口に、カテリーナがモニタ越しに怒鳴りつける。
その剣幕に、さすがは
カテリーナは咳払いをしてから、改めてヴェスパーに視線を向けた。
「……まあとりあえず、そのお二人を連れて、カルパチアまで戻って来な。お前の親御さんが開拓した星だし」
「おれの親は、
「そう言いなさんな。気持ちは嬉しいがね」
じゃあ切るよ、と言ってカテリーナは通信を終わらせた。
白濁するモニタを、ヴェスパーは無表情で眺めていた。
そんな彼の様子に、金髪と赤毛はそっと食堂車から退出し、客車へと戻っていった。
*
「間もなく、カルパチア、カルパチア~」
そのおどけた口調に、いつしか眠っていた金髪と赤毛は目を覚ました。
これぐらい、車掌らしいことをしておかないとと笑うヴェスパーの姿が、目の前にあった。
「いやあ、ホント付き合わせて悪かった。さっきの
そう言ってヴェスパーは懐中から
「ほら、帰りの
ゆるく制動がかかり、銀河鉄道がカルパチアの駅に到着しつつあることが分かる。
車窓から見ると、駅には
カテリーナの手にはメディスンパッケージがあり、それに金髪の姉の特効薬が入っていることが知れた。
「これでお別れだ。元気でな」
ヴェスパーが手を伸ばす。
金髪が力強く握りしめる。
「こちらこそ」
ついでヴェスパーが赤毛に手を伸ばすと、彼は言った。
「もう……会えないのかな」
「間もなく戦争になる」
ヴェスパーは肩をすくめた。
「おれが言うのも何だが、早く帰った方がいい……早く」
赤毛はそういうことではないという目をすると、ヴェスパーは仕方ないなとぼやいた。
「まあ落ち着いたら……また銀河鉄道の車掌をやるつもりだ。そしたら、またバイトでも乗客でも来てくれ」
「そうですね」
赤毛は笑った。
*
ノイエ・アップフェルラントへ向けて、銀河鉄道が発車していくのを見送ると、ヴェスパーは養母のカテリーナに、二人だけで話がしたいと、無人の駅長室に向かった(カルパチアは無人駅である)。
カテリーナのスタッフらは察して、駅長室を開けてから周囲に散り、警戒の態勢を取った。
「何だい、あたしからも話したいってことがあるのに、性急だね。ま、いいさ……話してみな」
「
カテリーナはろくな話じゃないなと感じた。この不肖だが、最も愛すべき息子が真剣にこんな口の利き方をするなんて、ろくなもんじゃないと感じた。
「……二人きりだ。
「分かった
「……来ているよ。あの馬鹿でかい船でね。こけおどしもいいところだがね」
初代
「それは都合がいい。
「小遣いの前借りなら遠慮しとくよ、もう何回も……って、そういう冗談言ってる場合じゃなさそうだね」
カテリーナがヴェスパーに耳を貸す。
秘密裡であることを察したからだ。
ヴェスパーが囁く。
それを聞き終えたカテリーナは目を剥いた。
「ヴェスパー、お前……もうカルパチアには何の感傷もないって……」
「航路図を奪ったのはおれだ、養母さん。おれにはその責任がある」
「…………」
「頼む、このカルパチアはあのシュミット夫妻の事故以来、居住用ではなく、あくまでも基地として扱われている。だからこの惑星の人数は少なく……」
「お前が『あのシュミット夫妻』と言うな、ヴェスパー。だが、話は分かった」
カテリーナは駅長室の扉を開けて、秘書を呼び、二、三の指示を下した。
そして振り向いて、立ち上がったヴェスパーの肩を掴んだ。
「だけど……ヴェスパー、分かってるかい、お前が言うこの状況がもう、お前が最後まで面倒見なければならない……この戦争を。もう、やらざるを得ない……それは、分かるね?」
悲しいことに、それは
「航路図を奪ったら、それでこのくだらない『揉め事』が終わると思っていた、おれの甘さが原因だから、仕方ない……他の
ヴェスパーは、パルテルミット・シギディンと直接やり合ったからこそ分かるものがあり、だからこそ、それが今、彼を突き動かしているのであった。
「シギディン提督ねえ……」
カテリーナの胸中には、言うべきか言わざるべきか悩んでいる話があった。だが今、ヴェスパーが動く以上、彼の心の夾雑物になるかもしれない話はするまいと判断した。
「……分かった。いえ、分かりました。ヴェスパー・ファン・シュミット、兵役時に、ひととおりの教育は受けているはずですね」
「ご存知のとおりです」
「
「了解しました。最適の戦いを」
カテリーナはヴェスパーを抱きしめ、彼もまた、彼女を抱きしめた。
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