06 惑星カルパチア

 惑星カルパチアは、ゼピュロス星域の、ウェイのノイエ・アップフェルラントとは反対側に位置する。

 開発後進の惑星であり、どちらかというと「基地」としての色合いが強く、住民というより駐留民が多少存在する、といった感じの星である。


 かつて――シュミットという夫婦の冒険商人アドベンチャー・マーチャントがこの星に初めて降り立って開拓し、以来、彼らが属していたピアチェンツァ共和国が領有権を主張していた。

 が、カルパチアというかゼピュロス星域は、当時のウェイが銀河帝国皇帝から「開発」の勅許を得ていた宙域テリトリーである。


 当然、ピアチェンツァ共和国とウェイの間で「揉め事」が発生し、シュミット夫妻は、ランズデールというウェイの軍人が艦長を務める駆逐艦との「衝突事故」により命を落とした。

 夫妻の遺児、ヴェスパーは、ウェイに睨まれることを忌避した親類の間を転々とし、カテリーナという寡婦に引き取られた。

 カテリーナはそういった子どもをよく引き取っていた。やがてその子たちは成長し、それぞれの才を発揮して、「母親」であるカテリーナを元首ドゥージェへと押し上げた。



「……で、並みいる兄弟姉妹のうち、不肖のであるおれだけが、何もしていないのさ」


「それで、こんな裏仕事を買って出た、と」


 ヴェスパーが何杯目かのコーヒーを飲みながら、「ちょっとした身の上話」をしており、それに対して金髪はココアを入れながら、応答していた。


「一番のヴィットーリオ・エマヌエーレの兄貴は、今、ちょうどそちら、ウェイへ大使として赴いているし、他の兄さん姉さんたちも、内政に治安にと大忙し……」


「そっちを手伝えば良かったんじゃないですか」


 赤毛は金髪が入れてくれたココアを飲んでから口を出した。


「ええ? そんなの面倒くさ……いやいや、無能非才の身なんで、遠慮したのさ」


「…………」


「…………」


「……あっ! そろそろ惑星カルパチアに連絡を取らなくては」


 露骨な話題転換をして、ヴェスパーは機関車AIに命令して、カルパチアの管制塔を呼び出した。

 すると、食堂車のモニタに、壮年の女性の姿が写った。


「……何やってるんだい、ヴェスパー。危ないにもほどがあるね」


「あっ、養母かあさん、じゃない、元首ドゥージェ閣下!」


 ピアチェンツァ共和国元首ドゥージェ、カテリーナ・ヴィネッティは、ウェイとの問題に対処すべく、自ら最前線であるカルパチアまで出張って来ていたのである。


「……まったく、柄にもなく孝行したいとか言って、ウェイの様子をこっそり探って来るとか……しかも、何だってパルテルミット・シギディン提督と接触しているんだい」


「いやあれは仕方なかったんだ。あの別嬪さん、意外と鋭くて……」


 モニタ上のカテリーナは、何も知らないくせして、と歎息たんそくした。


「……まあシギディン提督がならいいさ。けど、シュミットって姓の人間はたくさんいるけど、あんたがシュミットの息子だってバレたらどうすんだい? ウェイに捕まって何されるかと思うと、あたしゃ気が気じゃないよ」


「…………」


 カテリーナの真剣な表情に、さしものヴェスパーも口を閉ざした。

 そこに反省の色を見たカテリーナは、ひとつため息をついてから、ヴェスパーと同じテーブルに座ってる、金髪と赤毛に目を向けた。


「お前さんたちも、ウチのバカ息子が付き合わせちゃって、悪いことしたね」


「いえ、そんな」


 とりあえず金髪がそんな返事をすると、カテリーナは微笑んだ。


「何だっけ……何とかクランクハイトとかいう病気の特効薬だっけ? お詫びとして一年分用意させてもらったよ」


「一年分って養母かあさん、立体TVの懸賞じゃないんだから……」


「お前は黙ってな!」


 ヴェスパーの差し出口に、カテリーナがモニタ越しに怒鳴りつける。

 その剣幕に、さすがは元首ドゥージェ、凄い迫力だと赤毛は首をすくめた。

 カテリーナは咳払いをしてから、改めてヴェスパーに視線を向けた。


「……まあとりあえず、そのお二人を連れて、カルパチアまで戻って来な。お前の親御さんが開拓した星だし」


「おれの親は、養母かあさんだよ。カルパチアには何の感傷もないよ」


「そう言いなさんな。気持ちは嬉しいがね」


 じゃあ切るよ、と言ってカテリーナは通信を終わらせた。

 白濁するモニタを、ヴェスパーは無表情で眺めていた。

 そんな彼の様子に、金髪と赤毛はそっと食堂車から退出し、客車へと戻っていった。



「間もなく、カルパチア、カルパチア~」


 そのおどけた口調に、いつしか眠っていた金髪と赤毛は目を覚ました。

 これぐらい、車掌らしいことをしておかないとと笑うヴェスパーの姿が、目の前にあった。


「いやあ、ホント付き合わせて悪かった。さっきの養母かあさんじゃないがね」


 そう言ってヴェスパーは懐中から切符チケットを二枚出した。


「ほら、帰りの切符チケット。ノイエ・アップフェルラント行きは、ちょうどカルパチアの駅の三番線に来る頃だ。それに乗りな。間違えて四番線のカルデナス行きに乗るなよ」


 ゆるく制動がかかり、銀河鉄道がカルパチアの駅に到着しつつあることが分かる。

 車窓から見ると、駅には元首ドゥージェのカテリーナと何人かが立っている。

 カテリーナの手にはメディスンパッケージがあり、それに金髪の姉の特効薬が入っていることが知れた。


「これでお別れだ。元気でな」


 ヴェスパーが手を伸ばす。

 金髪が力強く握りしめる。


「こちらこそ」


 ついでヴェスパーが赤毛に手を伸ばすと、彼は言った。


「もう……会えないのかな」


戦争になる」


 ヴェスパーは肩をすくめた。


「おれが言うのも何だが、早く帰った方がいい……早く」


 赤毛はそういうことではないという目をすると、ヴェスパーは仕方ないなとぼやいた。


「まあ落ち着いたら……また銀河鉄道の車掌をやるつもりだ。そしたら、またバイトでも乗客でも来てくれ」


「そうですね」


 赤毛は笑った。



 ノイエ・アップフェルラントへ向けて、銀河鉄道が発車していくのを見送ると、ヴェスパーは養母のカテリーナに、二人だけで話がしたいと、無人の駅長室に向かった(カルパチアは無人駅である)。

 カテリーナのスタッフらは察して、駅長室を開けてから周囲に散り、警戒の態勢を取った。


「何だい、あたしからも話したいってことがあるのに、性急だね。ま、いいさ……話してみな」


元首ドゥージェ閣下」


 カテリーナはろくな話じゃないなと感じた。この不肖だが、最も愛すべき息子が真剣にこんな口の利き方をするなんて、ろくなもんじゃないと感じた。


「……二人きりだ。養母かあさんでいい。でないと、聞かないね」


「分かった養母かあさん、カルパチアここへは元首ドゥージェ御座船で来ているのかい?」


「……来ているよ。あの馬鹿でかい船でね。もいいところだがね」


 初代元首ドゥージェ、カルロ・アスプロモンテがその贅を尽くして造らせた、元首ドゥージェ専用御座船・オフィールは大規模大容量で知られていた。


「それは都合がいい。養母かあさん、一生のお願いがあるんだ」


「小遣いの前借りなら遠慮しとくよ、もう何回も……って、そういう冗談言ってる場合じゃなさそうだね」


 カテリーナがヴェスパーに耳を貸す。

 秘密裡であることを察したからだ。

 ヴェスパーが囁く。

 それを聞き終えたカテリーナは目を剥いた。


「ヴェスパー、お前……もうカルパチアには何の感傷もないって……」


のはおれだ、養母さん。おれにはその責任がある」


「…………」


「頼む、このカルパチアはシュミット夫妻の事故以来、居住用ではなく、あくまでも基地として扱われている。だからこの惑星の人数は少なく……」


「お前が『シュミット夫妻』と言うな、ヴェスパー。だが、話は分かった」


 カテリーナは駅長室の扉を開けて、秘書を呼び、二、三の指示を下した。

 そして振り向いて、立ち上がったヴェスパーの肩を掴んだ。


「だけど……ヴェスパー、分かってるかい、がもう、お前が最後まで面倒見なければならない……この戦争を。もう、やらざるを得ない……それは、分かるね?」


 悲しいことに、それは元首ドゥージェとしても判断せざるを得ないよ、となげくカテリーナの手を、ヴェスパーは掴んだ。


「航路図を奪ったら、それでこのくだらない『揉め事』が終わると思っていた、おれの甘さが原因だから、仕方ない……他のウェイの提督ならともかく、相手があのシギディン提督ならば、もうこうしないと無理だ……だから遠慮は無用だよ、養母かあさん、いやさ元首ドゥージェ閣下」


 ヴェスパーは、パルテルミット・シギディンと直接やり合ったからこそ分かるものがあり、だからこそ、が今、彼を突き動かしているのであった。


「シギディン提督ねえ……」


 カテリーナの胸中には、言うべきか言わざるべきか悩んでいる話があった。だが今、ヴェスパーが動く以上、彼の心の夾雑物になるかもしれない話はするまいと判断した。


「……分かった。いえ、分かりました。ヴェスパー・ファン・シュミット、兵役時に、ひととおりの教育は受けているはずですね」


「ご存知のとおりです」


元首ドゥージェの権限で、今、貴殿を共和国連合艦隊司令官ポデスタに任命します。最適の戦いを」


「了解しました。最適の戦いを」


 カテリーナはヴェスパーを抱きしめ、彼もまた、彼女を抱きしめた。

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