07 ゼピュロス星域会戦

 惑星カルパチアを12時に発車した銀河鉄道は、今、見えざる鉄路を走り、汽笛と共に白煙を吐き出しながら、惑星ノイエ・アップフェルラントへ同地1時着を目指して、向かっていた。

 黒い体に金色の目をしたロボットの車掌に切符チケットを切ってもらい、金髪と赤毛はぼうっとして車窓の外に広がる宇宙を眺めていた。


戦争になる、か……」


 それは赤毛が何気なく呟いた台詞だった。

 金髪はいぶかしげな表情をする。


「……よく考えたら、それ、おかしくないか? 航路図というアドバンテージを失ったウェイは、そうおいそれと……いや待て」


 金髪の自問自答は、やがて恐ろしい回答を導き出した。

 彼は慌てて車窓を開ける。

 銀河鉄道は周囲にエア・カーテンを張っており、窓を開けてもすぐ窒息するということは無い。

 むしろ、そのエア・カーテンの風を感じる。


「……あ」


 金髪と一緒に、窓外に顔を出した赤毛が、ノイエ・アップフェルラントの方から、つまりウェイの方から、凄まじい速度で迫り来る光群を認めた。


『危険です! 窓を閉めて下さい! 宇宙艦隊とニアミスします! その距離、至近!』


 機関車AIが叫び、ロボット車掌が駆けてきて、大急ぎで窓を閉めた。

 それと同時に、その宇宙艦隊が銀河鉄道とほぼゼロ距離ですれ違っていく。


『艦隊所属……ウェイ! ウェイのパルテルミット・シギディン提督の艦隊です!』


 虚空を走っていくシギディン艦隊を、金髪と赤毛はただ見送ることしかできなかった。



 ゼピュロス星域の航路図を奪われたことを、航路局から正式に回答を得たパルテルミット・シギディンは即座に判断を下した。


「これより、カルパチアをとす」


 元々、ゼピュロス星域をウェイの「開発」領域に復せよ、という勅命である。そのゼピュロス星域のうち、ウェイに所属していない唯一の星がカルパチアである。

 パルテルミットは当初、ピアチェンツァ共和国をウェイの支配領域に誘い込んで殲滅する予定であった。

 それというのも、ピアチェンツァがゼピュロス星域の完全な航路図を持っていないからできる技であり、今、その前提が崩された。

 それならば。


「航路図を手中にして、油断している隙を衝く。先手を取る」


 合理的な判断だと副官のハリエット・ミュンスター中尉はうなずく。

 それを見たパルテルミットは、旗艦マンネルハイムの艦橋にて号令した。


「艦隊発進! 全艦、最大戦速!」


 ……こうして、ゼピュロス星域会戦が始まった。



 一方のピアチェンツァ共和国は、シギディン艦隊接近を知り、元首ドゥージェカテリーナ・ヴィネッティが御座船オフィールに乗船して、発進を命じた。

 折りしも、元首ドゥージェはピアチェンツァ各地の護衛艦隊を呼び寄せており、それが惑星カルパチアの上空に集結しつつあったが、ちょうどそこへシギディン艦隊が現れ、容赦なく砲撃を加えた。


「主砲、斉射三連!」


 初撃を制すれば、その会戦の主導権はこちらのもの。

 そう教わったことのあるパルテルミット・シギディンは、忠実にそれを実行した。

 あわてふためくピアチェンツァ連合艦隊、というか艦の群れに真ん中に、シギディン艦隊は突入する。

 狙いはあくまでカルパチアの占領にある。

 だが、今、旗艦マンネルハイムの前方に元首ドゥージェ御座船オフィールの巨体が見える。

 副官のハリエット・ミュンスターが、パルテルミットに問う。


「撃ちますか?」


 元首ドゥージェカテリーナ・ヴィネッティを討てば、これ以上ない大戦果であり、ウェイの勝ちは揺るぎないものになるだろう。

 だが、それは銀河帝国皇帝の親征を招くのではないか。形式上の宇宙の支配者だが、その勅命を発すれば、他の地方政権が手を組んで介入することもあり得る。

 半瞬ほどの逡巡だったが、その隙に、オフィールの前に、青い高速戦艦を旗艦とする分艦隊が滑り込み、マンネルハイムの前に立ちふさがった。


「……速い! これでは当たらない!」


 ハリエットの舌打ちを、パルテルミットは鷹揚になだめた。


「二兎追うものは……だ、ミュンスター中尉。今回はあの青い高速戦艦ふねに免じて見逃がしてやれ」


「は」


 なかなか見事な動きだとパルテルミットは感心しながら、彼女はハリエットに対手あいてを調べさせた。


「艦名はヴェットール・ピサーニだそうです。新造されたばかりのようで、それ以外の情報は不明です」


「ほう」


 そう言えばピアチェンツァは新たな連合艦隊司令官ポデスタを任命したという未確認情報があるが、あれがそれかとパルテルミットはひとりうなずいた。


「……だが、この星カルパチアはもらうぞ! 名も知らぬ連合艦隊司令官ポデスタよ!」


 プラチナブロンドの長い髪を振り上げるように、パルテルミットは勢いよく片手を前に差し出して、突撃を命ずる。

 旗艦マンネルハイムを中心に、シギディン艦隊はピアチェンツァの連合艦隊を追い散らす。

 カルパチアの人工衛星群が、その砲塔をシギティン艦隊に向けた。


「軍事衛星はこの際無視しろ! 揚陸して管制塔を押さえれば終わる!」


 号令と共に、近くの衛星をレールガンで撃墜し、を作る。

 そしてそのままそのを通る。

 途中、乱気流に悩まされたが、シギディン艦隊は強引に、しかし確実に惑星カルパチアへと揚陸していった。


 ……青い高速戦艦、ヴェットール・ピサーニは、そのさまをただじっと見つめるように、静かに虚空に漂い、やがて元首ドゥージェ御座船オフィールが去っていくのを認めると、周囲に散っていったはずの仲間の艦船に信号を送った。



「……これは一体、どういうことだ?」


 パルテルミット・シギディンは、カルパチアの宙港スペースポートに着陸後、すぐ管制塔へと向かったが、そこは無人だった。

 逃げたか、と思ったが、どうも様子が変だ。

 管制塔の清掃員や売店の人間すら、人っ子一人、いないのだ。

 不審に思い、宙港の外へ出たが、そこは寂れたもので、人家というか、何か施設のようなものがちらほらと見えるだけ。


「惑星カルパチア、基地として使われるのみと聞いていたが……これほどとは……」


 護衛隊を従えて歩いているうちに、ふと、規則的に石板が立つエリアに入っていた。


「墓地か……」


 その中で一番外れにある、ひときわみすぼらしい石板が、妙に気になった。

 パルテルミットがその前に立つと、その石板――墓碑に刻印されている文字が、彼女のエメラルドグリーンの瞳に飛び込んで来た。


『ヴェスパシアとファンのシュミット、ここに眠る――たとえその遺骸は宇宙そらにあるとも、その魂はこの星カルパチアに』


「ヴェスパシア……ファン……シュミット? まさか……」


 むかし見た、立体TVの映像。

 空っぽの棺ふたつを前に、泣きじゃくる男の子。


「あ……」


 呆然とするパルテルミットに、副官のハリエットから通信が入った。


「こちら、ミュンスター中尉! シギディン提督! 聞こえますか!」


「あ、ああ……すまない。どうかしたか?」


「大変です! 急いで宙港スペースポートに戻って下さい! 管制が……衛星が……」


「落ち着け! 衛星がどうした!」


 腕時計状のモニタの向こうのハリエットは、ひとつ息を呑んでから答えた。


「衛星が……人工衛星が全て管制塔からロストしました。宙港からの管制から離れて、あの、敵の青い高速戦艦、ヴェットール・ピサーニの管制下にすべて入っています……軍事衛星も含めて、すべて」


 惑星カルパチアは無人の星と化していた。

 おそらく、あの元首ドゥージェ御座船オフィールにでも乗せていったのだろう。

 そして今、その星を守るべきはずの衛星がすべて、星の地表に向けて照準を合わせている。


「……してやられたということか」


 パルテルミットの独語を証明するように、カルパチアの上空に、ピアチェンツァの連合艦隊が再度、そして今度は集結しつつあった。


 ……シギディン艦隊はたしかに惑星カルパチアを制圧した。だが、その惑星カルパチアに、閉じ込められてしまった。



「敵将に告ぐ!」


 旗艦ヴェットール・ピサーニの艦橋で、ピアチェンツァの連合艦隊司令官ポデスタヴェスパー・ファン・シュミットは、惑星カルパチアに向けてメッセージを発信した。


「私はピアチェンツァ共和国連合艦隊司令官ポデスタ、ヴェスパー・ファン・シュミットである。知ってのとおり、今、貴殿らは惑星カルパチアに閉じ込められている」


 ちょうど宙港スペースポートに戻ったウェイのパルテルミット・シギディンも、それを管制塔のモニタで見た。


「貴国がのどから手が出るほど欲しかった星のようだから、くれてやった……嬉しいか?」


 ヴェスパーの面持ちは無表情であったが、パルテルミットには、その底に湧き上がる激情が感じられた。

 やがてヴェスパーはこらえきれなくなったのか、叫びを上げた。


「……そして、これは個人的なことだが、私の父と母はこの星の開拓者であったが、貴国の、ウェイの駆逐艦との『衝突事故』によって死んだ! そのような、くだらない真似までして! よくも! 貴国のような侵略者どもは、生きてこの星から飛び立てると思うな! この星は、お前の……貴様らの、墓場だ!」


 やはり、あの墓碑を刻んだのはヴェスパーであったかとパルテルミットはうめいた。

 それと同時に彼女は深い衝撃を呼び起こしてしまい、副官のハリエットに、様子を見ろと指示してから、旗艦のマンネルハイムの私室に戻り、しばらく出てこなかった。

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