05 果てなき虚空の鉄路
黒髪をした銀河鉄道の車掌――今や名前が判明した――ヴェスパー・ファン・シュミットは、ふうっと息を吐きながら、
機関車車両内で、機関車AIがカウントダウンを始めた。
『カウントダウン。100、99、98……』
「止めなくていいのか!」
金髪の叱咤するような声に、黒髪――ヴェスパーは肩をすくめた。
「いいよ、止めなくて。あれはカウントしているだけだ」
「何だって!?」
驚愕する赤毛に向かって、ヴェスパーは「ペテンだよ」と答えた。
「車掌のこのおれ以外に止められない設定のカウントダウンだけをするようにコマンドしたのさ」
「ええ……」
ヴェスパーは端末を取り出し、機関車への再始動を命じた。
「むしろ機関車の操作の方が、セキュリティ厳しいよね。いちいちコードを入れないと駄目だし」
むくれた金髪が抗議する。
「そりゃ当たり前でしょう。列車砲なんて危険な代物……」
「あ、それ嘘」
「…………」
あまりのことに絶句する金髪と赤毛に、説明の必要を感じたのか、ヴェスパーはその黒髪を掻きながら話した。
「銀河鉄道が列車砲なのではないか、という噂が有ったのは本当だ。
だが相手は武勲
「……というタイミングで、ワイゲルトなる昔の技師が列車砲を開発していたという情報が(これは本当だが)、航路局へ飛び込んで来た。そこへ都合よく銀河鉄道が、
あとは
そしてまんまとヴェスパーは逃走し、一方の航路局としては、裏取引の最中の不祥事であるため、大っぴらに追えなかった。
「いちおう、銀河鉄道の車掌として登録されているのは本当なんでね。形式上は銀河帝国皇帝の勅許なしには、現行犯以外は拘引できない寸法さ」
いたずらっぽく舌を出すヴェスパーに向かって、金髪は何故すぐに銀河鉄道を出さなかったのか、と聞いた。
「そりゃ出したかったけど、機関車AIが、乗客がいないと出せないとプログラムされていたからね……だから立ち往生していたのさ、何せ本物の乗務員も逃げ出して、客扱いする当ても無くなったし」
だから君たちは渡りに船だったのさ、とヴェスパーは笑った。
その時、ヴェスパーの黒髪がずるりと落ちた。その下から、人参色の髪の毛が出て来た。
おっとととヴェスパーは言って、その黒髪の
「さっきあの美人の提督に撃たれて、一番冷や冷やしたのはこれだね。あの帽子を撃つ時、もうちょっと狙いが下に
きっとあの真面目そうな性格が幸いして、射撃の技倆もピカ一なんだろう、大したもんだ……と、今度は人参色をした髪を掻く、ヴェスパーであった。
*
「何という
激しい怒りに身を震わせながらも、パルテルミット・シギディン提督は、自ら指揮する艦隊に、急ぎ銀河鉄道から離れるように命じ、同時に副官のハリエット・ミュンスター中尉に、航路局の締め上げを命じた。
「もう間接的にというのは駄目だ! 直接でいい!
パルテルミットがそれを見て電子署名をして送信する。そしてオフになったモニタに映った自分を見た。
険のある自分の表情を見て、ほう、自分はこうも感情的になることがあるのだな、とふと冷静に立ち戻った。
「すまない、中尉。取り乱した」
「……いえ」
かつての上官に、寝室へ強引に連れられて行った時も、パルテルミットは酷く冷めた表情をしていた。しかし、すぐに戻って来た彼女は「先王の方が、と言ったら、目に見えて萎縮してしまった」と
その上官は
それだけ、己の感情というか、周りの思惑に対して冷めた目で見つめているパルテルミットが、この件に関しては感情を露わに、というか感情を生み出していく
しかしそれについては触れない方がいいと感じたハリエットは、ちがう話題を出した。
「あの」
「何か」
「銀河鉄道に乗っていた、わが国の少年二人ですが、どうなるのでしょうか」
「ああ、それならそのうちに送り返してくるだろうから、その時は丁重に受け取って、自宅に送り届けてやれ」
「え、そうなんですか」
「あの男は拉致するとか命を奪うとか、そういうことはしないだろう」
そういえばと、ヴェスパーがまずあの二人の少年を退避させている光景を思い出した。
ハリエットがそう言うと、パルテルミットはそういえばそうだったなと答えた。
「直感でそう思ったんですか?」
「……それより、ヴェスパー・ファン・シュミットなる人物の情報を集めてくれ。偽名かもしれんが、何がしかのヒントにはなるだろう」
うまくはぐらかされた観のある命令だったが、忠実な副官は早速に端末を操作する。
「……どうやら、本名のようです。ピアチェンツァ共和国の
「何だそれは。大した身分ではないか。何故このような裏の仕事を……」
「待って下さい。ピアチェンツァには、
「ふうん」
「……で、ピアチェンツァの現在の
「いや、いい」
有能な副官をそのような作業させるのはもったいないと感じたパルテルミットは、ハリエットに退出と休息の許可御与えた。
そして艦橋の司令官スペースに行くと、シートにもたれかかり、端末を取り出して、人参色の髪の毛をしたヴェスパー・ファン・シュミットの画像を眺め、やがて端末をオフにして、眼前に広がる宇宙に目を向けるのだった。
*
終わらない夜の空間を走る夜汽車の名にふさわしく、星々を渡って、汽笛を上げ、煙を出しながら、らしい駆動音を立てている。
「すべてはこの銀河鉄道の演出によるもので、その演出に必要な機能が、あの機関車車両に詰まっている」
だから列車砲なんて代物を積む余地はないのさ、と言いながらヴェスパー・ファン・シュミットは今や、金髪の少年と赤毛の少年と共に食堂車に移り、コーヒーの薫りを楽しんでいた。
銀河鉄道はすでにピアチェンツァ共和国の
ヴェスパーが食堂車のAIにホットケーキを頼むと、おもむろに言った。
「騙すかたちになってすまなかったね」
本当に今さらという台詞だったが、その「今さら」というところに、虎口を脱したという感覚が垣間見えた。
金髪がその台詞を受けるかたちで答えた。
「それはもういいです……どうしようもないし、それより、僕たちは帰れるんですか、ノイエ・アップフェルラントに」
「あ、ああそれね」
ヴェスパーは、それは大丈夫、カルパチアで反対車線の銀河鉄道に乗って帰れるだろう、と言った。
赤毛は疑問を口にする。
「でも、これから
「いやいや、
意味不明だという表情をする二人に、ヴェスパーは解説した。
「つまりだ、
ヴェスパーはコーヒーを飲み終わるまで待ったが、返答が無かったので、自ら答えた。
「……ここに、姉を救いたい一心で必死の弟と、その親友がいる。二人は、薬を手に入れるため仕方なく、銀河鉄道に乗らなくてはならない。ところがその銀河鉄道が何だか知らないが、へそを曲げて動かないでいて……」
金髪が叫んだ。
「そうか!
「うん、合格。それで航路局長はこう声高に言うだろう。
そのために君たちが帰るまでは開戦は待ってくれと、軍部に懇望するだろうと言って、ヴェスパーはコーヒーのお代わりを
そこで、これまで黙って聞いていた赤毛が、ぽろりと言った。
「……さっきから思ってましたが、持って回った、大仰な言い回しが好きですね、シュミットさんは」
「うん、よく言われる。修辞とか古典、好きなんだ。本当はそういう研究をしていたんだよ」
ヴェスパーは、でも
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