04 提督と車掌の邂逅

 宇宙戦艦カール・グスタフ・エミール・マンネルハイムは、当初、ウェイ王朝の先王が、一の功臣に授け、「好きに名付けよ」とのたまった、最新鋭の宇宙戦艦である。

 功臣は国家の柱石たらんと、その艦名を付けたのであったが、その名を知った先王が「不敬である」と激怒して、功臣をその艦橋にて銃殺してしまった。

 かつての地球上の人類史において、マンネルハイムは救国の英雄であり、、その国のとなった人物である。

 以後、忌避されて誰も乗艦にしようとしなかったところを、パルテルミット・シギディンに下賜されたという経緯を持つ。


「名を変えては」


 と副官のハリエット・ミュンスター中尉は進言したが、パルテルミットは気にせず使っている。

 単に面倒くさいという理由だったが、それは誰にも言わなかった。

 ただ、さすがに長いので、普段は略して「マンネルハイム」とか、酷い時は「マンネル」と呼んでいる始末である。


 ……今そのマンネルハイムが、銀河鉄道の最後尾に噛みつくように接舷している。



『マンネルハイムからタラップが最後尾車両に強制接続。同艦より二人、おそらくシギディン提督と副官とおぼしき方が銀河鉄道こちらに乗ろうとしています』


 図書室車両から機関車車両に移った黒髪の青年と、金髪の少年と赤毛の少年は、機関車AIがモニタに映した、タラップを歩いて来る二人の女性の姿を見た。


「帝国統一仕様が仇となった。まさか緊急時の、艦からの強制接舷接続を利用してくるとは」


 黒髪が口笛を吹くと、金髪が怒鳴った。


「感心している場合ですか! もしかして、このままノイエ・アップフェルラントへ強制送還されたら……」


 そうしたら、姉の回復は見込めなくなる、と金髪は頭を抱えた。

 赤毛はその金髪を思いやるように肩を抱いた。


「車掌さん、彼が言い過ぎたのは僕が謝ります。でも、このままでは……」


「あわてなさんな。まずは言い分を聞いてみよう」


 黒髪は端末を操作して、ちょうどパルテルミット・シギディンとハリエット・ミュンスターが乗り移った最後尾車両のスピーカに繋いだ。


「こちら車掌、こちら車掌。あー……ご両名とも、そこで一寸ちょっと止まっていただきたい。生憎あいにく、無賃乗車はお断りなんでね」


 パルテルミットがそのプラチナブロンドの髪を物憂げにいじりながら答えた。


「……では切符チケットを買わせて頂こう。たしか、車内でも切符チケットは売っていると聞いたが?」


 黒髪は肩をすくめた。

 だが通話上では平静な態度を保った。


「……五分以内に回答したはずなのに、というか五分経っていないのにこういう実力行使をするなんて、ウェイ公におかれましては、非礼な臣下の礼儀を見直すべきだと諫言したいところですな」


「実力行使というのはだな、車掌どの」


 パルテルミットが目配せすると、ハリエットが端末を操作する。

 次の瞬間、マンネルハイムからレールガンが放たれた。

 それは銀河鉄道すれすれを飛んで、そのまま走り抜け、やがて虚空へと消えていった。


「……こういう、有無を言わさずことを言うのだ。わたしはちゃんと、礼をわきまえているとは思わんか?」


「…………」


 パルテルミットは、黒髪が息を呑んでいるのをいいことに、歩を進めた。ハリエットも後に続く。


「書面でのやり取りではまだるっこしい。これから直接会いに行く。逃げるなよ」


 こういう状況でなければ、美人からこんな台詞を言われるのは幸せだろうな、と黒髪はうそぶいた。

 金髪と赤毛の非難がましい視線を浴びて、黒髪は分かった分かったと言って、機関車車両からその次の車両――貴賓室車両との間の扉を開けた。


「仕方ない。ここで話そう……と、もう来たか」


 ちょうど反対側の扉が開いて、パルテルミットとハリエットが入ってくる姿が見えた。


「申し訳ないが、提督閣下と副官どのにおかれましては、そこで止まっていただきたい! 銀河鉄道こちらとしても、乗客乗務員の安全を図る責任があるのでね。少なくとも、光線銃を抜く瞬間ぐらいは見えるようにしておきたい」


 黒髪の警告にハリエットは抗うような表情をしたが、黒髪の背後に金髪と赤毛がいるのを認めたパルテルミットが手で制して、引き下がった。


「了解した。では早速伺いたい。何故、小官の勧告に従わない?」


「銀河鉄道規則第七三条第二項、乗客あるときはこれ運行を止めるあたわず」


わたしは別に銀河鉄道の乗務員になりたいわけではない。規則はいい。理由は奈辺なへんにあるのか、と聞いているのだ」


 パルテルミットの翡翠色の目が、強みを帯びる。

 生半可な回答は許さぬ、と訴えている。

 ついでにいうと、ハリエットはもう腰の光線銃に手を伸ばしている。

 黒髪は降参とばかりに肩をすくめた。


「……こちらの貴国の少年が、姉の病状をおもんぱかって、ピアチェンツァ共和国の惑星カルパチアに薬を買いに行きたいと言われまして」


 金髪が頭を下げると、パルテルミットは無言で端末を指し示した。

 金髪は察して端末を出し、己のIDと、ついでに姉の情報を送った。


「……ほど。わが国の民の窮状を救わんと、か」


 パルテルミットは納得したような発言をしたが、眼光の剄直さは変わらなかった。


「だが何故すぐに言わぬ? 言えば納得もしようと言うもの」


「そんな保証がどこにありますか、提督閣下。一方的に交流を遮断してきたのは、貴国でしょう」


「…………」


 黒髪はこれ見よがしに、今朝のウェイの広報官の会見動画を端末で再生する。

 パルテルミットは目を閉じた。


「分かった。わが国に手落ちがあったことは認めよう。元々、その少年たちについては想定外であったし、身の安全は保障しよう」


「そりゃどーも。では、下車していただけますか」


 軽薄極まりない黒髪の発言に、ハリエットはまなじりを決したが、黒髪は意に介せず、露骨に手を振って、立ち去るように示した。


「…………」


 パルテルミットは光線銃を抜いた。


「だが、な。車掌どの。貴殿はわが国の航路局に何をした?」


「お返事を間違って送りつけましたことなら、伏してお詫びしま……」


「そういうことではない!」


 パルテルミットの光線銃から光線が放たれる。

 その光線はあやまたず、黒髪の頭上の制帽を撃ち抜いた。

 金髪と赤毛が目を見開く。


「航路局の反応が鈍い。わたしに対する反感とか、そういう類のものではない。何かもっと……そう、何かを糊塗ことするような……」


「セクショナリズムは組織の宿痾しゅくあでしょう。今さら……」


 パルテルミットの銃口が動く。

 今度は黒髪の心臓を狙っていた。


「そう、今さら……車掌どののそういう弊害がある、とでも言いたいのかな?」


「……これはしたり」


 黒髪は背中に片手を回して、指で金髪と赤毛に機関車車両に入れとうながす。

 

「今を時めくパルテルミット・シギディン女候閣下ともあろうお方が、憶測で物を言われるので?」


「車掌どのは『』と言ったな?」


 黒髪はあちゃーと言って天を仰いだ。

 重厚な雰囲気のパルテルミットとは真逆の軽さである。


「……そこまでバレちゃあ仕方ない、というのが、こういう時の定番なんでしょうな」


生憎あいにくと、立体TVを観る趣味はない。だが、それで合っていることは首肯しよう」


 ハリエットは、パルテルミットの副官らしく、機敏に端末を操作して、マンネルハイムからの増援を要請しようとした。


「終わりだ。貴殿らは拘束しよう。それからじっくりと航路局に何を……」


「列車砲」


 黒髪はこともなげといった感じで、言った。

 パルテルミットは一瞬、驚愕したような表情をしたが、次に失笑した。


「言うに事欠いて……列車砲? 突然、何を言い出すのだ? それがわが国の航路局に……」


「機関車車両でエネルギーを充填、この貴賓室からが砲身。分かるか? 帝都を防禦する要塞の要塞砲と同じ原理だ」


「馬鹿げたことを! そんなことを言って何に……」


「エネルギー充填を開始してある。そして砲撃するよう予備命令を下してある……おれが五分以内に戻らないと、ドカンだ」


『指定時間が迫りましたので、カウントダウンを開始します。止めるには乗務員、車掌の権限を必要とします。繰り返します……』


 実に巧妙なタイミングで機関車AIの音声が、貴賓室車両内に響いた。

 それを聞いたパルテルミットは、彼女の普段からは想像がつかないことだが、激しい怒りを露わにした。副官のハリエットからすると、それは、彼女がこれまで経験したことのない、教本等では対応できない事態だったからだ、と思えたが。

 

戯言たわごとを……そんな荒唐無稽な兵器があるはずがない!」


「……銀河帝国皇帝が、ただの物見遊山が目的で、こんな懐古レトロ趣味の鉄道を宇宙の各地に走らせるか?」


 黒髪は今や余裕を取り戻し、これ見よがしに端末を取り出して、パルテルミットの端末に情報を送信する。

 パルテルミットの端末に、ワイゲルト、という技師の情報が見られる。そしてその開発した列車砲のことも。


「国是の皇帝親征どころか、客車の皇帝を砲弾にして砲撃するという、なかなかブラックジョークの利いた秘密兵器だろ?」


「抜かせ、そんなわけがあるか。その場合、皇帝はどこかに避難……」


 パルテルミットがに気づいた頃には、黒髪は金髪と赤毛につづいて、機関車車両の脇室に身を滑らせていた。

 彼女は追おうとしたが、ハリエットにしがみつかれた。


「おやめください。たしかに法螺ほらかもしれません。だが万が一があるかもしれません。退避を」


 このような些事に構うな、とハリエットが言外に告げている。

 パルテルミットはその正しさを認め、きびすを返した。

 その背に機関車AIの声が虚しくこだましていた。


『繰り返します。カウントダウンを止めるには、車掌の権限を必要とします……車掌、ヴェスパー・ファン・シュミットの権限を必要とします……』

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