03 魏(ウェイ)という名の王朝、その稗史(はいし)

 ウェイ王朝の王、この際、銀河帝国に対する欺瞞である「ウェイ公」の称号は措いておいて、そのウェイの先代国王は、「開発」と称して、この辺境に一大王朝を構築した梟雄である。

 しかしその梟雄も老いて、継ぐべき嫡子の後宮ハレムに入るべき、一人の少女を見染めた。


 ――それが、パルテルミット・ランズデールという少女だった。


 梟雄は息子にパルテルミットを所望した。息子は断るべくもなく、少女を差し出した。

 この時、息子はパルテルミットに対して特に関心はなかったが、こうして「盗られる」と、かえって執着が湧いたという。

 いずれにしろ、梟雄はパルテルミットを寵愛――しようとした。つまり、寵愛するにあたって、「教育」を施した。

 梟雄は若い頃、女性の上官を持った過去があり、その意趣返しを(むろん、梟雄の視点だが)しようとしていた。

 そのため、パルテルミットはウェイの軍人として数年「教育」され、梟雄自身の目で及第点を取れたのか、ある夜、梟雄の寝室へと招じ入られた。


 ところがその夜、梟雄は死んだ。


 不審に思った侍従が、梟雄の息子と寝室に入ると、全裸で直立不動のパルテルミットと、やはり全裸で苦悶の表情で伏している梟雄を見つけた。


醜聞スキャンダルである」


 息子――現・ウェイ王はそう判断し、速やかに梟雄――先王の喪を発し、積年の労苦のためついに崩御した、と称して盛大な葬儀を執り行った。

 パルテルミットは、現・ウェイ王の思惑があって、生かされた。やがて彼が孤閨を慰めようという意図である。

 これに待ったをかけたのが、正妻の王妃であり、彼女は未来の敵手と成り得るパルテルミットを放逐することを、夫に約束させた。


 ……いくつかの交渉と妥協の結果、パルテルミットは、「先王の遺言により」、王室に貢献した梟雄の弟の、シギディンという家の養女という扱いになり(梟雄の弟は故人であり、シギディン家は滅びていた)、軍に「戻る」ことになった。


「あれは先王の


「今の国王からは色目を使われている」


 そういう噂が流され、軍中では、パルテルミット・シギディンに手を出そうという者はなかったという。

 とはいえ、人材不足の辺境国の哀しさであり、パルテルミットも、とある戦役に駆り出され、紆余曲折の内に、一隊の指揮を執ることになった。

 パルテルミットはこれに勝利した。彼女にとっては、習ったことを忠実に実施し、合理的に多数をもって少数を討つ形へと持って行った結果である。



「……らちもない」


 それが、これまでの人生を振り返ってのパルテルミット・シギディンの感想である。

 もう、少女とは言えない年代になり、軍による功績を重ね、王妃の「後宮ハレムれまい」という強い意志により、パルテルミットは軍中で昇進し、爵位も女候という立場になった。


「ここからさらに、女公、果ては女王か」


 そんなささやきすら、身近に聞こえる。

 正直、飽き飽きしている。

 先王の「趣味」に付き合って軍人になったのも、臣下であり貧窮に身であるから仕方なくであり、自分からそうしてくれと頼んだわけではない。

 先王が手を出そうとして死んでしまったのは先王の勝手であるし、その後、軍に戻されたのも、現国王と王妃の意向である。自分の意思でない。


「その結果が、これか」


 ウェイの軍、否、国府にはがなかった。物理的な意味ではなく、人を活かすがなかった。

 先王がその晩年に猜疑心の限りを尽くして粛清したからだ。


「そこをたまたま、うまくやったのに過ぎない」


 現国王は、まだ自分に対して未練があるのか、粛清は目論んでいないらしい。だが、王妃は別で、だからこそ、ウェイ王朝のノイエ・アップフェルラントと、ピアチェンツァ共和国のカルパチアにわたるゼピュロス星域を征すべし、との命令が下った。


「……シギディン提督」


 愚にもつかない回想にひたっていると、副官がおずおずと話しかけてきた。


「すまない。少し物思いにふけっていた。何か?」


 副官が改めて敬礼すると、端末を操作して報告した。


「銀河鉄道、提督の勧告無視して、発車したとのよし


「そうか」


 ウェイ王朝ノイエ・アップフェルラントから、ピアチェンツァ共和国カルパチアへと「走る」、銀河鉄道。

 その光景を想うと、幻想的な雰囲気が感じられるが、パルテルミットはすぐに頭を散文的なものに切り替えた。


「……いや待て、勧告『は』とは、どういう意味だ」


「実は航路局へ通信がありまして……」


 副官より送られた情報の頁を繰っていくと、たしかに銀河鉄道から航路局へ超光速通信が入電したことを示していた。

 その内容も。


「……ふむ。事実上の勧告無視だが、意図は何か? 何かをカルパチアまで持って行きたいのか」


 パルテルミットが形のいいあごを指で支えるような姿勢を取ると、副官はとした表情でそれを眺めた。

 ちなみに副官――ハリエット・ミュンスター中尉は女性である。


「ミュンスター中尉」


「はっ。何でしょう、シギディン少将」


「もう一度勧告を出そう。今度はこのわたしに対して直接返答せよと添えて。それより、ピアチェンツァの艦隊の位置は捕捉できたのか?」


「……いえ。カルパチアから出ていないのでは、という話もあります」


 ウェイ王朝とピアチェンツァ共和国の兵力はほぼ同等。にぶつかれば、それこそ対消滅のように消えてしまうだろう。

 一大会戦に打って出て、圧勝できるようなことができればよいが、それは立体TVのコンテンツに出てくるような、夢物語だ。


「ただ――このゼピュロス星域の大半の航路図はこちらにある」


 それこそがピアチェンツァの艦隊が現れない理由だと、パルテルミットは睨んでいる。

 ゼピュロス星域の大半はウェイ王朝国の勢力圏にあり、ピアチェンツァ共和国はその端の部分をわずかに領有しているに過ぎない(それが惑星カルパチアであるが)。

 それゆえ、ゼピュロス星域の大半の航路図を把握しているのはウェイ王朝である。

 むろん、交易に必要な航路図は公開し公表されているが、軍事上の機密として、抜け道などは伏せられている。


「うまくこちらの縄張りに引きずり込んで、勝ちを狙う」


 それがパルテルミットの目論見であり、彼女は飽くまでも軍事教本ドクトリンに忠実だった。


「……それと、気になる話もあります」


 ミュンスター中尉が端末を見ずに言った。どうやら、彼女の印象としての話らしい。


「聞こう」


くだんの航路局ですが、どうも反応が鈍いのです」


「……それは、わたしに対するとかではないのか?」


 ただでさえ先王の寵姫であるパルテルミットは、軍中での出世も相まって、有形無形の「嫌がらせ」を受けることが、あった。


「いえ、そうではありません」


 そういうのは粉砕します、とばかりにハリエットは鼻息を荒くした。

 美人が台無しだな、とパルテルミットは思ったが、忠実な部下を思いやって、厳かに沈黙を守った。


「……何か、隠しているような気がするんです」



『シギディン提督より、再度勧告が来ています。再生しますか?』


 機関車AIの無機質な声が、周囲に響く。


「そうしてくれ」


 黒髪の青年――車掌は言った。


「このままでいい、音声だけで」


 黒髪は「蔵書の整理をしよう」と称して、金髪の少年と赤毛の少年を図書室車両に誘った。

 そこで整理と称する渉猟をしているうちに、件の音声が聞こえてきたというわけだ。


『銀河鉄道に告ぐ! 先の勧告、現状の乗組員の判断で対応されたし。なお返答は本職に対して行っていただきたい。五分以内の返答なくば、実力行使に訴える』


「……なかなか過激なことを言う」


「どうするんですか?」


 黒髪はしばらく頭を掻いていたが、おもむろに端末を取り出して、テキストを作成した。


「AI、これをシギディン提督に」


『承知しました』


 金髪と赤毛がそのテキストをざっと見ると、「かけまくもウェイ国王陛下の御稜威みいつに対し、鞠躬如きっきゅうじょとして従うのはやぶさかではありませんが、かような短い刹那の間で、いらえをすべしとは、あまりに遺憾と言えば遺憾……」と、つらつらと、さらに数行ほど書かれていた。


「長い!」


 金髪は露骨に不快感を表明した。


「いやいや、これが宮中言葉だって。レトリックなんだ」


 黒髪は悪びれずに言った。


「そうだとしても――これはやり過ぎでは?」


 赤毛のその問いには、黒髪はウインクして答えた。


「――もう少しで、カルパチアの、つまりピアチェンツァ共和国の宙域テリトリーに到達する。それまでの時間」


 稼ぎ、と黒髪が言おうとしたところで、轟音と共に振動が鳴り響いた。

 崩れ落ちる本の波に呑まれた三人が、ようやく顔を本の海から出したところで、機関車AIの音声が響いた。


ウェイ所属、宇宙戦艦カール・グスタフ・エミール・マンネルハイムが強制的に接舷した模様』


 それは、シギディン艦隊の提督搭乗の、旗艦の名前だった。

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