02 Galaxy Express

 その黒髪の青年は、銀河鉄道の車掌だと言った。


生憎あいにく、お客がいなくて、閑古鳥でね……例の、ウェイ王朝とピアチェンツァ共和国の喧嘩だっけ? そいつのせいで、誰も来ないのさ」


 制帽を指に載せて、くるくると回しながら、黒髪は、金髪の少年と赤毛と少年に愚痴った。


「だから、久々のお客だとマズ……いや嬉しさで、確認しようと声をかけてしまっ……かけたというわけさ」


「今、マズいって言おうとしましたよね?」


「声をかけてしまった、とも」


 金髪と赤毛の十字砲火を食らい、黒髪は口笛を吹いて韜晦とうかいしたが、やがてつよい視線に抗しきれず、すまんすまんと謝った。

 金髪はその謝罪を途中で断ち切るように聞いた。


「客がいれば、動くんですよね?」


「あ、ああ、まあそうだ」


 黒髪が言うには、銀河帝国皇帝陛下のご慈悲で、客がいる限りは動かして良いという規則がある、と。


「そのためにかしこくも銀河帝国皇帝陛下から補助金、じゃない、下賜金があるという前提だけどね」


 これがまた細々としているのさ、と黒髪が呟く。

 金髪は端末を操作して、銀河鉄道の規則を検索し、素早く閲覧した。


「おっしゃるとおりですね。では、乗りたいんですが、動かしてもらっていいですか?」


「いや待て。さっき聞いてしまったんだが、君たち、お金無いよね?」


「…………」


 金髪は悔しそうに口を歪めた。仮に家に帰ったとしても、失業中かつ飲んだくれの父親は、そんなことより飲み代を寄越せと行ってくるに相違ない。

 赤毛の家は仲の良い家族であるが、だからといって、おいそれと金銭かねを出せる余裕も無い。


「そんな恨みがましい目をしなさんな」


 黒髪は、そろってしかめ面の金髪と赤毛の肩をポンポンと叩いた。


「……ちょっと、いいことを思いついた。さっきお前さんたち、お姉さんの薬が、とか言ってたな?」


「そうだ」


「はい」


 金髪がだんだん苛ついたのか、口調に遠慮が無くなるのを、赤毛が袖を引っ張って自制を求める。金髪はうるさそうにその袖を振ろうとするが、黒髪の次の発言に、動作を止めた。


「……いいだろう。家庭内の融和、孝悌は、皇帝陛下のよみするところであり、窮余の臣民を救うべし、と勅語を発している」


 毎年恒例の新年の勅語であり、金髪はいつも聞き流している勅語ではあるが、そういえばそういうことを言っていた、と思い出した。


「で、だ」


 黒髪は端末を操作して、金髪と赤毛に見せた。


「前払いで、銀河鉄道の乗組員のバイトをやらないか? 実は乗組員も逃げてしまって、立ち往生していたのさ」


 それでここからカルパチアへの往復の切符チケット代ぐらいにはなるだろう、と笑った。



 12時発、1時着。

 もはや地球のみに棲息しているわけではない人類だが、ある種のやら慣習は残った。

 というか残さざるを得ないものもあり、そのひとつがこの時間表記である。

 正確に言うと、ウェイ王朝のノイエ・アップフェルラントの12時に発車し、ピアチェンツァ共和国のカルパチアの1時に同地に到着する寸法である。


「あまり気にしないで。機関車のAIが全て導いてくれる」


 車掌――黒髪はそう言って、金髪と赤毛に制服を貸与した。

 青地に金をあしらった、結構綺麗な制服である。

 二人の少年は、素直に喜んだ。


「この帽子、まるで軍人みたいだな」


「肩章とかも、感じだね」


「……まあ、深読みしなさんな」


 黒髪は制帽をかぶったまま頭をくという器用な真似をして、金髪と赤毛に仕事の内容を説明した。


「実は客はいない。君たちだけだ。だからまあ……客車の清掃、食堂車の食器の整理整頓とか、そういうところで」


 金髪は首を傾げた。


「それってAIやロボットでやってしまうことでは」


懐古レトロ趣味なんだ、銀河鉄道ここは」


 黒髪が言うには、機関車など枢要な部分はそれなりの技術が導入されているが、それ以外の目に見える部分は、がやることになっている、と。


もって労働の貴さを知るべしとか……何かそんなこと言われてる」


 端末も見ずに黒髪は答えた。

 いい加減ですね、と赤毛が言おうとしたところに、警報音が鳴った。


「な、何だ!?」


 金髪が周囲を窺うと、スピーカから、機関車のAIとおぼしき声が響いた。


ウェイのパルテルミット・シギディン提督より、超光速通信が入電。再生しますか?』


「……やっこさん、存外に鼻が利く。もう銀河鉄道が発車することを嗅ぎつけたか」


 黒髪はぼやき、近くのコンパートメントに入る。

 そこで再生するよう機関車AIに命令した。

 金髪と赤毛が所在無げに通路に立っているのを見て、入れと目でうながす。


「銀河鉄道に告ぐ!」


 コンパートメント内のモニタに映ったのは、若く、そしてプラチナプロンドと緑色の眼をした、とても美しい女性だった。


わたしはパルテルミット・シギディンである。ウェイ王陛下より、このたび女候を叙爵され、艦隊を預かり、このノイエ・アップフェルラントからカルパチアに渡る、ゼピュロス星域を征するよう、命を受けた者である」


 わたしって何だ、と金髪がささやくと、黒髪は、シギディン提督閣下は、ウェイの先王の寵姫ちょうきだったから、その名残だと答えた。


「そして仄聞そくぶんするに、銀河鉄道が発車するとのよし。そのため、ウェイ王陛下の名において、その中止を勧告する。これはゼピュロス星域が危険となるための慈悲のおぼしと心得よ。以上だ」


 ブツン、という音がして、モニタは白地のデフォルトのものに戻った。


「……どうするんですか」


 金髪としては、ぜひ発車してほしいが、黒髪の車掌としての立場あることも分かる。そのため、確認したかったのだ。

 黒髪の答えは、簡にして要を得ていた。


「いや、発車するよ」


「本当ですか!?」


 これは赤毛の発言である。彼としても、金髪の姉に薬を上げたい一心であり、発車は歓迎すべきであるが、それでも驚きを禁じ得ない。


やっこさんとしても、勧告はした、というを取っておきたいんじゃないかな。それでも発車したら、知らん、ということさ」


「そんなもんですかね。結構、真剣な顔つきでしたけど」


「うん、美人だけど、そのせいで一層怖いな」


「冗談言ってる場合ですか!」


 まあまあと言いながら、黒髪は端末を操作して、テキストを作成した。


「機関車、これをシギディン提督……ではない、ウェイの航路局に提出してくれ」


『承知しました』


 機関車AIがテキストを受信するのを、金髪と赤毛が興味津々といった面持ちで覗いて来るので、黒髪は端末を見せた。

 それにはこう記されていた。


――ありがたくもシギディン提督より勧告を受けましたが、当方としても本部に問い合わせした上で対応したいと思います。つきましては、本部よりの回答が得られるまでは、銀河鉄道の規則通り、予定通りの発車をいたします。おそらく貴国の望む回答が得られると思いますので、そうなりましたら、改めてノイエ・アップフェルラントへ引き返したいと思います。

 なお、本件の問い合わせについては、本部へご連絡ください。その本部というのは帝都ではなく、ザイオンの方の……


「よしっ! これで何か言われても、ウェイの当局内部の連絡のせいにできるぞ! 発車!」


 黒髪が勇んで、宇宙戦艦スペース・バトルシップの艦長の発艦よろしく、片手を前へ突き出すと、汽笛が鳴った。

 金髪と赤毛は、「ペテンだ」と呟いて顔を見合わせるのだった。

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