第37話 卒業式の日
レティシアは呆然と情報晶の画面を見ていた。
(殿下?! ローズ!! まさかそんな簡単にやられてしまうなんて思わなかったわよ――――?!)
歌でほんの少し強くなっていただろうけれども、たかがホーンラビットだし、たかがジャイアントダークマウス。
魔法学園に六年間通っていた者が、あっけなく倒されてしまうとは思わないではないか。
座り込んで抵抗もせず、急所を「はいどうぞ」という状態だった。
はぁ。とレティシアはため息をついた。
想像以上に、元婚約者と異母妹はだめだった。
あれでは魔獣駆除も魔物討伐も行けまい。役立たずどころか足手まといになりそうだ。
やり直しでもう一度来たとしても、5階層クリアできないだろうとレティシアは判断して、その後はそんなに情報晶を見ることはなかった。
時々確認した限り、もう一度来たストーリッシュは、1階層で数日間迷いに迷って死に戻った(死んでない)みたいだったし、ローズにいたっては再度名前を見ることすらなかった。
ふたりは留年することになるのだろう。
ちゃんと心を入れ替えて、真面目に学んでほしい。
どこに住んでいたって魔獣や魔物の脅威があるのだ。魔力のない領民のためにも自分のためにも、戦う術を身につけてほしいとレティシアは願った。
◇
水2の月、帝国暦二月の最後の日。
卒業試験最終日となった。
もう学生はダンジョン内にいないようだ。
情報晶に映るのは、1階層から5階層のストーリッシュの護衛役で入った者たちだけ。
(――――ストーリッシュとローズと、パーティに入っていたメンバーだけが痛くて怖い思いをしたのは、不公平よね?)
「――――歌を歌おうかしら」
レティシアがつぶやくと、近くでゆらゆらしていたケサランパサランたちは大きく跳ね、膝の上でごろごろしていた召喚獣たちはピョコンと起き上がった。
『マスターさいこーなの!』『マスターだいすきなの!』
『オレモ、中で暴れたいゾ!』
『行きたいケロ! 祭りケロ!』
『祭り? 祭り?! 行くの行くの! ズル祭り!』
『そういった者に仕置きをするのは、やぶさかではございません』
召喚獣たちはレティシアが何をしたいのか、わかっているらしい。
「……あなたたち、ズルの人たちの場所がわかるの? 行けるかしら?」
『わかんないゾ!』
『全部に行けばいいんだよね? マスター?』
「…………ええ。そうね、そのとおりね……」
『どこでもいいってことケロ!』
ずっとここにいるのは退屈なのかもしれない。
どうしても倒さなければいけないというほどのことでもない。たどり着けなければそれでもいいだろう。
レティシアは気軽に構えて四体に笑いかけた。
「ええ、自由に遊んでらっしゃい」
レティシアは情報晶の画面上部にあるマイク印を指で触れた。
【全館】という文字が出る。
「さあ、歌うわよ。サリィ、“ケット・シー音頭”を流して!」
『承知シマシタ』
そして祭りが始まる。
ケサランパサランと召喚獣にとっては楽しい最高の祭りが。
王子の不正の片棒を担いだ者たちにとっては驚愕と恐怖に満ちた血の祭りが。
そしてレティシアが一曲歌い終わる前に、ダンジョン内の名前は全部なくなってしまったのだった。
◇
水3の月の半ばともなれば、エーデルシュタインの森の雪もゆるんでくるころ。
身分証で日付と時間を確認したレティシアは、数か月見ていない本物の空へ思いをはせた。
(今日は卒業式の日ね……)
国立シュタープ魔法学園では、本日卒業式が行われているはずだ。レティシアもストーリッシュの婚約者として出席予定だったので、日付を覚えていた。
魔法学園では、中等部・高等部の卒業式と、研究院の修了式が合同で行われる。
午前が式典、その後
今年は本来であれば、第二王子が高等部を卒業し、第一王子である王太子が五年間在籍していた研究院を修了することが決まっており、大変おめでたい日になるはずだった。だが、卒業試験は大変残念な結果に終わり、第一王子ひとりのお祝いになったことだろう。
レティシアは情報晶部屋でなんとなく画面を眺めながらワイングラスを傾けた。相変わらず召喚獣たちは膝の上でわちゃわちゃしているし、ケサランパサランは近くでふわふわしている。
――――時間的にそろそろ舞踏会が始まるころだろうか。
もしストーリッシュの誕生日に婚約破棄をされなければ、今ごろあの元婚約者とダンスなどしていただろうかとレティシアは想像してみたが、上手くいかなかった。
そういえば、エスコートなどしてもらったことはないし、当然ダンスも一度も踊ったことがなかった。
そんな仲だからあの時に婚約破棄されていなくても、結局、卒業式の日に婚約破棄と言い出したのではないかという気がする。
(「おまえとの婚約も破棄して卒業だ!!――――[永遠の牢]!!」なんて言われて、ピカッと光ってここへ転移されて――――)
――――ドサッ。
(え――――――――?)
振り向いたレティシアは、目を疑った。
いつもは暗い魔法陣が、煌々と輝いている。
その上に倒れている者のローブは薄青地に金の縁取りがされていた。
薄青のローブは聖殿に属する者の証、その中でも金の縁取りは選ばれた数人の聖女にしか許されていない。
フードからこぼれる長い髪は、清らかな水流のような碧色だった。
(――――――――ま、まさか――――――――……?!)
「だ、大聖女エリーサ様?!」
慌てて駆け寄り抱き起すとそれはやはり今代の大聖女、エリーサだった。
ヒラピッヒ王国の第一王子であり王太子アロゲント・トレ・ヒラピッヒの婚約者であるはずの、その人。
王太子アロゲントは研究院を修了した後、結婚準備を始めるという話を聞いていたのだが――――――――。
「――――エリーサ様? 大丈夫ですか……?」
声をかけると、目が開かないまま弱弱しく動いた口から、言葉が漏れた。
「――――アロゲント様…………どうして、婚約破棄なんて…………」
そのひとことで、何が起こったのかわかってしまうというものだ。
レティシアは空間箱から回復薬を取り、大聖女のその荒れてしまっている唇に運んだ。
「――――もう、いったいなんだというの……? 第一王女に第二王子、あげく第一王子まで……」
レティシアはつぶやいているうちに、情けなくなってくる。
次期公爵である自分が属する国が、王家がこんなだなんて。
「…………王家は婚約破棄しないと死ぬ病にでもかかっているのかしら? ――――そんな家なら滅んでしまうがいいわよ。ええ。滅んでしまえばいいのだわ!」
レティシアの声が情報晶部屋に響く。
膝の上の四体とふわふわしている二体の目が、カッと赤く光ったことをその主は知らないのであった。
第一部・完
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