第36話 王子の心意気
ストーリッシュは倒されていく男たちに頭の中が真っ白になり、目の前の惨劇をただ見ることしかできなかった。
ダンジョン専用護衛として雇っている男たちが、大きな魔獣に蹂躙されている。
そしてあっという間に最後の護衛の男が、血を空間に散らしながら倒れた。
「キャァアアァァア――――――――――――!!!!」
「うわぁああぁぁあ――――――――――――!!!!」
となりに座り込んでいるローズと自分の絶叫がエリアに響く。
(――――怖い怖い怖い怖い!!!! どうしてこうなった!? どうしてこうなった!? これまでこんなことなかったのにどうしてどうしてどうして――――……)
この2階層の階層主エリアに入るまでは順調だったというのに――――――――。
◇
男たちとはダンジョン実習が始まる高等部に入ってからの付き合いだ。元冒険者や兵士上がりの数十人を抱えている。
マルティーヌが「王族が率先して戦うなんてみっともないことよ。ちゃんと王族らしいダンジョン攻略をなさい」と言って、リーダーの男を紹介してくれたのだ。
今回はローズの侍女役に女性冒険者を数人雇い、2階層から5階層までの各階層に配置している。
パーティを組む男たちだけではなく各階層に人員を割いているのは、もし万が一やり直しになった時のためだ。
護衛の者が一度死んでしまったら、学生ではない以上もう中に入ることはできない。その場合、そこから先はストーリッシュひとりか、ローズとふたりで階層主エリアに入ることになる。
その時に、せめて道中の護衛ができるようにという配慮だ。
たかだか5階層までの攻略にしっかりした護衛が三人も付いてやり直しになどなるわけがないのだが、念には念をとリーダーの男の采配だった。
「――――殿下。10階層までの攻略ではなくて、本当によろしいのですか?」
「ああ。ローズもいるからな。高位貴族の令嬢を何日も歩かせるわけにはいかない。5階層なら6日で出られるのだろう?」
ストーリッシュは上手くローズの名を使ったが、自分も長く歩きたくないしダンジョンの中にいたくもない。
「……そうですね。冒険者であれば3日で到達できるのですが……」
「俺とローズは貴族だ。冒険者ではない。そんな見苦しく急ぐ必要はないし、最低限の攻略でいいんだ」
「はっ」
10階層を攻略しないと補習があるのはわかっているが、補習を受ければいいだけのことである。快適な学校で座学を数日受ける方が、ダンジョンを攻略するより楽に決まっているではないか。
5階層までしか攻略しない高位貴族のための制度を、冒険者が知らないのは仕方がないことかもしれないとストーリッシュは思った。
卒業試験当日、魔法学園の教師や冒険者ギルド職員に見送られ、ダンジョン1階層へと降りていった。
計画どおりの方向へ歩いていくと、護衛役が迎えに来た。それについていきリーダーや他の者たちと合流する。
用意してあったテーブルセットでくつろぎながら3刻ほど待ち、その後から入ってきたローズと合流して進んだ。
「ねぇ、リッシュ~。もう疲れた~。あ~、なんであたしたちがこんなことしなきゃならないの?」
となりを歩くローズは文句ばかりだ。
ストーリッシュは別にローズといっしょに攻略したかったわけではないが、今までいっしょに潜っていた以上、放っておくわけにもいかなかった。
護衛がついていることは学校側に知られてはならないので、ローズの口封じも兼ねていっしょにいるのだ。
「――――さあな。ローズは卒業したらどうするんだ? ハリウ子爵家に住むのか?」
「――――知らなーい。……あ、ねぇ! 卒業するまではエーデルシュタインでいいっておじいさまが言ってたらしいから、卒業しなければずっとエーデルシュタインで今のおうちに住んでられるんじゃない?!」
ローズは文句を言わなくなったと思えば、そんなことを言いだした。
ストーリッシュは(――――たしかに、そのとおりだ)と納得する。
だが、留年という不名誉と引き換えだ。
「卒業しないということは、留年だぞ?」
「いいじゃないー。別に留年でも。何が困るのよ」
「王家の者が留年など、みっともないだろう」
「えー? でも、卒業しちゃったら王家の者じゃなくなるんでしょー?」
「…………」
返す言葉がない。
ストーリッシュは奥歯を噛みしめ、黙りこんだ。
「でもね、あたしは、王家の者じゃなくなってもリッシュといっしょにいてあげるからね?」
腕にしがみつきながら、ローズは上目づかいににっこりと笑った。
なぜか微妙に上から目線の言葉だが、ストーリッシュは口元を緩ませた。
その後の文句大会も許せてしまった。
1階層はなんの問題もなく攻略し、2階層で野営をし、階層主エリアへと到着した。
その間に、3人が追い抜いていったと報告があった。
(ふん、伯爵家や子爵家の者が必死になって、みっともないことだ)
ストーリッシュは余裕しゃくしゃくだった。
階層主エリアに入るまでは。
そこで大型凶悪魔獣の蹂躙による惨劇が開幕した。
呆然としているうちに腹を刺され、熱いのか痛いのかよくわからないままただただ苦しい中、世界は遠くなっていく。
全身をねじられ絞られたような痛く苦しく耐え難い状態で、誰かの声を聞いた。
「――――キャ――――!!!! 裸!!!!」
「――――なんだおい! 試験最中にこんな立て続けに死に戻って(死んでない)くるなんて初めてだぞ!」
「――――殿下?! なぜ裸なんですか?! ローズ嬢も!! ――――誰か!! タオルとローブを!!」
上体を起こされて、甘苦いものが口から流し込まれた。
「――――グフッ……ゲホッ」
「――――ゴホッ、ゴホッゴホッ……」
「おまえたち、生体下着を身につけてないなど、ありえないぞ! 授業で何を聞いていたんだ!」
治癒液のビンを片手に覗き込んでいる教師が怒鳴った。
まだ意識がぼんやりとしているストーリッシュの口元に、回復液が流し込まれる。
「そうですよ! こういう不名誉なことがないように生体下着が開発されたというのに、あなたたちときたら……」
すぐ近くで女教師に抱え起こされているローズが、口を開いた。
「……だって、あれ、なんかねちっとした感じできらいなんだもの……」
「何を言っているんですか! 令嬢が体をさらすよりずっといいでしょう?!」
段々と意識がしっかりしてきたストーリッシュとローズに、教師たちはひととおり説教をし、卒業試験後に違反の罰をまとめて受けてもらうと言った。
ダンジョンに再度潜れるようになるのは三日後だとも。まだ入っていない学生たち全員が入った後に、もう一度入れるようになるということだ。
「――――せんせぇ……あたし、もう留年でいい……あんなの無理」
弱弱しいローズの言葉に、教師は無情に答えた。
「まぁそれでもいいが、留年者の補習は倍だ。ダンジョン鍛錬二十日間になる。それにおまえらは……もし留年した場合、来年から子爵家の養子になり、宿舎から通うことになると聞いているぞ。それでもよければここで諦めるんだな」
(――――卒業してもしなくても、もう王族でいられないのか――――!)
どちらにしても三日間は入れないのだからよく考えておくといいと言われ、ふたりはダンジョン・ワールズエンドの0階層から出された。
ローズとは無言で別れ、王都の冒険者ギルドへの転移魔法陣と馬車を使って、自分の王宮に帰った。
ストーリッシュも、もう二度とダンジョンには入りたくなかった。
だが、よく考えてみれば、授業では1階層の弱いものなら倒せていたのだ。
今回は、なぜかたまたま運悪く、強い敵にあたってしまっただけだ。少し落ち着いて対処すれば、いけるはずだ。
そう頭を切り替えると、持って行く荷物の準備を始めた。
従者に助言をもらいながら、今度はきちんと空間箱に必要なものを詰めていく。
冒険者なら三日と聞いたから、余裕をもたせて五日分の食料、回復液、結界魔法陣が描かれたテント、寝袋、武器の予備。
水は魔法で出せるので、とにかく魔力を回復できる回復液を多めに持つ。
「殿下、もし食料が足りなくなったら、ドロップ品のラビットの肉を焼いて食べてください」
支度を手伝ってくれた従者が、そう言って卵ソースを持たせてくれた。
もっと早く、ちゃんと従者たちの言葉を聞いておくのだったと、やっと気付いた。
そして、ストーリッシュは生まれ変わったような新たな気持ちで、ダンジョン・ワールズエンドへ戻ってきた。
心意気が前回とは違うのがわかったのか、教師は「がんばってこい!」と笑顔で送り出してくれた。
だが、心意気だけではダンジョン攻略できないのだ。
1階層で道に迷った。
配置されていた少数の護衛たちは、まさか本当にやり直しがあるとも思わず、階層の遠くのわかりずらい場所でカードゲームの賭け事にふけっていた。
護衛には会えず0階層に戻れず2階層に進めず食料は尽き、ストーリッシュも力尽きた。
そして、この年の国立シュタープ魔法学園卒業試験は、留年者がふたりもいる稀にみる酷い成績の年として学園史上に残るのであった。
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