第35話 おしおき


 レティシアの思惑をよそに、画面の中のストーリッシュとローズとその護衛たちは最短ルートからそれたフィールドを目立たないように進み、途中で野営をした。

 2階層では料理人も待っていたらしく、ご立派な食卓だった。


 その次の日、階層主エリアのに近づく一行を確認してから、ルームカメラの画面に切り替えた。

 ホーンラビットとジャイアントダークマウスがゆらゆら揺れながら待ち構えている。

 イタチーはぴょんとカウンターに跳び載った。


『マスターのお歌がある部屋を目指して、移動するの。歌って!』


 イタチーに言われ、マイクの印とスピーカーの印に触れてから“精霊賛歌”を歌う。


『τωrοοο~ τωrοοο~』


『τωrοοο~ τωrοοο~』


『τωrοοο~ τωrοοο~』


『τωrοοο~ τωrοοο~』


 画面の向こうで待機しているホーンラビットたちがくるりくるりと回る。

 レティシアの横でケサランパサランたちがくるりくるりと回る。

 召喚獣たちはふわりと浮き上がってくるりくるりと回る。

 情報晶画面の前にいたイタチーの姿がすうっと消えて、代わりに画面の向こうに現れた。いつも連れ歩いていたトラほどの大きさになっている。


“『マスター、来れたよ!』”


「ありがとう! こちらの声聞こえるかしら?」


“『聞こえるのー!』”


 ホーンラビットとジャイアントダークマウスにも聞こえているらしく、くるりと一回まわって見せた。

 空間箱から出した宵空の短杖ラーズワルドを手に持ち、レティシアは口にする“護り歌”に魔力を乗せた。


「“力の源 その元 魔の盾”」


『τωrοοο~ τωrοοο~』


 ダンジョンクリーチャーとケサランパサランと召喚獣が一斉にくるりくるりと回った。

“護り歌”は防御力を上げる。護衛たちにやられてしまわないように、まずはこれ。


「“速さの源 その元 魔の風”」


 続いて素早さを上げる“き歌”を歌った。

 ちょうどそこで、攻略者が現れた。

 ストーリッシュとローズとその護衛たちだ。


「イタチー、防御結界お願いするわね。ホーンラビットとダークマウスは、倒されないようにうしろの方でちょっと待っててちょうだい」


“『わかった!』”


 イタチーは前に出てしっぽをさっと振ると土の防御結界を展開した。


“「――――!! 魔イタチがいるぞ?!」”


“「おかしい……。こんな低層階に出るはずないのに」”


 トラのごとく大きな魔イタチの出現に、前衛のベンジャミンたちが慌てている。


“「おい! 何をモタモタしている! さっさと倒せ!!」”


 状況を把握していないその言葉。

 久しぶりに聞く、元婚約者の声だった。

 レティシアは、にやりと笑った。


「では、お望み通り、さっさといきましょうか」


 情報晶の画面に向かい、宵空の短杖を突き出した。声に魔力を乗せる。


「“ズルはだめ~ ズルはいけない~ おしおきを~”」


“『τωrοοο~ τωrοοο~』”


 レティシアのでたらめな歌を聞いて鳴いたイタチーが、画面の左側にいた護衛に向けて跳んだ。速度の乗ったトラ大の塊に、護衛はすっ飛ばされた。


“「――――ふぐっ!!」”


 壁に激突した男が動かなくなった。

 魔イタチの素早さは相当なものだが、イタチーは戦闘前の曲で強化されており、さらにレティシアの歌で“ズルはだめパワー”が付加されている。

 そのへんの冒険者たちがかなうわけがない。


「“不正はだめ~ 不正はいけない~ 正義の鉄槌を~”」


 イタチーはすぐに身をひるがえし、となりにいた護衛に襲い掛かった。

 とっさに剣を振るえただけ、最初の男よりましだ。

 頭上を越えたイタチーがうしろから男の体を押し倒す。そして、頭の上に巨体を落とした。

 2人めも沈黙した。


“「ひっ……どうなってるんだ……殺される……!!」”


“「お、おい! 逃げるな!! 俺たちを置いてどこに行く!!」”


“「……リッシュ!! あたしたち殺されちゃうの?! いや!! 助けて!!」”


 残された前衛のベンジャミンは、うしろで動けずに震えるストーリッシュとローズを放って、逃げ出そうとした。

 だが階層主を倒さずに、この部屋から出られるわけがない。


「“不正に手を貸した自分が愚かだったと~~~ 反省しなさ~い~~~”」


 イタチーは逃げるその背中へ飛びかかり、鋭い爪で首を一閃。

 あたりに血が舞った。


“「キャァアアァァア――――――――――――!!!!」”


“「うわぁああぁぁあ――――――――――――!!!!」”


『生体動力5%下回リマシタ 回収システム起動シマス』


 サリィの声がして、灰色のモヤがベンジャミンの体を包む。


『生体動力4% 魔力87% 摂取シマシタ――――生体動力残1%生体1体 排出シマス』


 モヤが消え、何もない空間が広がる。

 目の前で舞う血飛沫を見せつけられ、ダンジョンの神秘を見てしまった二人は、ガクガク震えながら座り込んだ。


“『さっき倒した二体も片づけちゃうね!』”


 イタチーがしっぽを立ててブンと振ると、壁にぶつかった男と倒れている男の上に大きな土塊が落ちて包み込んだ。


『生体動力3% 魔力67% 摂取シマシタ――――生体動力残1%生体1体 排出シマス』


『生体動力4% 魔力91% 摂取シマシタ――――生体動力残1%生体1体 排出シマス』


 灰色のモヤが仕事をし、呆然と座り込むふたり以外は何もなくなった。


“『マスター、周りのお片付け終わったよ!』”


「ありがとう、イタチー。ホーンラビットとダークマウスは残っている2人と戦ってちょうだい」


 おとなしく待っていたダンジョンクリーチャーの2体は、ぴょんぴょん跳ねながらストーリッシュとローズに近づく。

 だが、ふたりはもう立つこともできず、最弱階層主ホーンラビットのツノに腹を刺され、ジャイアントダークマウスに首をガブリと嚙みつかれたのだった。





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