第31話 王子に返ってきたもの


 年が明け、新年の祭事がまだ残っているころ。

 ヒラピッヒ王国第二王子のストーリッシュは、父である国王に呼ばれ重い足取りで城の回廊を歩いていた。

 回廊は冬の冷たい風が通り抜け、行きたくない気持ちに拍車をかけた。

 だが、迎えに来た国王の侍従と護衛に挟まれ、歩く速度を落とすことは許されなかった。


 昨年の最後に国王と面会したのは、前エーデルシュタイン公爵とローズが来た数日後だった。

 ローズの父がエーデルシュタイン公爵ではなくなったのは、レティシアを守れなかった罪で除籍追放されたからだ。

 現在はイルーダ子爵の妹の夫というかろうじて貴族籍がある状態だ。

 元々は東方地方のマッスレア伯爵の弟なのだが、兄である当主の怒りを買い家門から除籍されたと聞く。

 ローズは今はまだかろうじて公爵家の令嬢でいさせてもらっているが、学園の卒業までとのことだった。

 祖父である現エーデルシュタイン公爵が、学園内での立場が突然変わるのはかわいそうだと温情をかけたのだ。


 ストーリッシュはその時の面会で、国王から熱のない言葉を向けられた。

 いつ何を言われるのかガタガタと震えて待っていたストーリッシュには、呼ばれるまでの数日がやたら長い時間に感じられた。

 いざ呼ばれた時には、肉屋へ売られていく家畜のような気持ちで応接間に赴いた。謁見の間ではないところから、公式な話にするつもりがないことが知れた。

 あの時も寒かったとストーリッシュは思い返した。

 部屋の暖炉がついていても寒かったのは、姉マルティーヌとよく似た国王の興味のなさそうな目と、どうでもよさそうに話す態度のせいもあったかもしれない。


「――――エーデルシュタインとの婚約を解消したと?」


「…………はい…………」


「そうか。成人した者が自分で決め、勝手にやったことだ。自分で片を付けろ。私は関知しない」


「…………はい…………」


「以上だ。行け」


「…………はい…………」


 ただ、これだけだった。

 その直後はほっとした。どれだけ怒られるのか、どんな罰がくだされるのか、最悪死という言葉も想像していたから。

 だが、安堵が過ぎ去ると不安が押し寄せてきた。


(――――俺は見捨てられたのか――――……?)


 思い返してみれば、見捨てられるも何もない。元々、気にかけてなどもらっていなかった。

 いろいろと気付かされ、ストーリッシュはやり場のない気持ちで、日々を過ごしていた。

 魔法学園も冬休み中で、気晴らしになるものもない。ローズのことも、もうなんだかどうでもよくなってしまった。

 あれは恋ではなく、虐げられている者同士の共感で、共闘だったからこその熱だったのだ。




 ストーリッシュがつらつらと前回の面会のことなどを思い出しながら歩いているうちに、王が住まい政務のための場所でもある虹水晶宮へ着いた。

 今回は謁見の間に案内された。公式の場だということだ。

 ストーリッシュがいくら(いやだ! 入りたくなどない!)と思っていても、侍従は躊躇ちゅうちょなく扉を開ける。


「ストーリッシュ殿下をお連れしました」


 広い謁見の間にいたのは、国王、王妃、宰相の三人だ。

 ストーリッシュはガクガクと震えながら、玉座へと進んだ。

 そして玉座の前で右手を左胸にあてて上体を倒し、臣下の礼をした。

 なんの前置きもなく国王は言った。


「――――東方が離反した」


 耳から入った言葉の意味を理解するのに、時間がかかった。

 ――――エーデルシュタイン公爵を中心とする東方地方の貴族が、ヒラピッヒ王国から離反した――――。

 ストーリッシュは上体を倒した姿のまま、固まった。


「それに追随する中央の領も、だ。我が王領と帝国領の間の領はすべて離反した」


「ストーリッシュ殿下、お聞きください。東方からは合議会開催の要求も何もなく、『次代の領主を王家に害されたため、ヒラピッヒ王国から離脱する』という通告のみの書状が届きました。承認はいらない、文句があるなら受けて立つという、話し合いの余地がないものです。どういうことか、おわかりになりますか?」


「…………」


「――――東方と構えても、勝てぬだろうな」


「ええ。受け入れるしかないでしょう。あちらはもう、戦いの心づもりもできていますでしょうし」


「我が国では兵力も食料も東方地方の影響が大きかった。それがなくなるのはかなりの痛手――――せめて対等な隣人でいてくれればいいのだが」


「……難しいと思った方がいいでしょうね……」


 しばしの間があり、国王が声をかけた。


「――――ストーリッシュ。私は自分で片を付けろと言ったな。なぜ、エーデルシュタインの娘を返さなかったのだ。おまえが転移魔法陣でどこかにやったという報告は受けている。気に入らなくて婚約破棄した相手を腹いせにどこかに閉じ込めたのであれば、もう気は済んだであろう? まさか食事も与えず弱らせてなどいないだろうな?」


「ま、まさか、あなた、あのなまいきな娘を気に入らないからって殺し…………?!」


「王妃殿下! めったなことをおっしゃらないでください!」


 ストーリッシュは頭の中が真っ白になった。


「――――答えろ! ストーリッシュ!!」


「…………レティシアは…………どこにいるのか、わかりません…………」


 三人が息をのんだのがわかった。


「――――それで、お前は今まで何をしていた?」


(何をして……? 何かするべきだったのか? 何も言われていないのに? ――――何かって……何をだ?)


「…………何も、していませんでした…………」


 失望のため息が漏らされた。


「公爵家の――婚約者の行方がわからないのに、か……」


「……使用人に探せと言っておきましたが……?」


「……この子がここまで愚かだとは思いませんでしたわ……」


「マルティーヌもおまえと同じように婚約を解消したが、こんな失態はなかった。それに比べておまえは本当に役に立たん。――――いいか、ストーリッシュ。おまえは王家の籍から外す」


「――――っ?!」


 ストーリッシュは思わず頭を上げた。

 冷たい目の国王と、顔色をなくした王妃と、こめかみを押さえた宰相が目に映った。


「東方から要請があれば向こうに引き渡す。裁かれる時はヒラピッヒ王家とは何も関係のない平民としてだ」


「……あなたは、わたくしの実家である侯爵家の遠縁の子爵家へ預けることとなります。ですが、学園の卒業までは王家の名を名乗ることを許可します。陛下の温情ですよ」


「…………ありがとう、ございます…………」


 退出するよう促され、ストーリッシュはふらふらと謁見の間を出た。

 うしろからは、今からでも兵を出して探した方が心象がいいだろうという言葉が聞こえているが、ストーリッシュにはもう何の感情も浮かばなかった。





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