第26話 先住物その3(ドラゴン) 2


 お詫びを兼ねて、エールを昼食に招待した。

 言い聞かせた召喚獣たちも、足元でおとなしくくつろいでいる。相変わらず、食事はいらないようだ。

 肉はあまり好かぬと言うエールのために、魚と野菜のメニューを考える。

 愛用の魔コンロに銅板を載せ、さきほど獲れ(ドロップし)た大きい半身を焼きはじめる。


(――――ホッケっぽいわね)


 塩を振り、白ワインを振って、ふたをする。

 白ワインはそのままグラスへ注いでもらう。エールは慣れているようすでワインボトルを傾けた。

 蒸し焼きにする間、ゆでてあるブロッコリーを皿に載せ、オリーブオイル漬けのオリーブとチーズを上からかけた。オリーブオイルにはハーブが数種類入っており、それに漬かったチーズは白ワインととても合うのだ。


「エール様、卵はお好きでしょうか?」


「うむ、大好きだぞ」


 言葉はいかめしいが、顔はにんまりと笑みを浮かべている。

 レティシアは黄色に輝く卵焼きをお皿へ載せた。

 あとはゆでたタコのスライスと野菜のマリネを出す。


「お魚が焼ける間にいただきましょうか」


「うれしいぞ。こういう食事は久しぶりだ」


 どのくらいぶりかは、怖くて聞けなかった。

 ケサランパサランが前の前の……マスターとか言っていたので、十年単位でここにいるのではないだろうか。


 竜人の世界ではお祈りや乾杯はどうするのだろうと様子を見ていると、すっと手がグラスに伸ばされたので、レティシアはそれに合わせることにしてそのまま飲んだ。


「――――おお! このふわふわの卵は美味だな! じゅうと汁が出る」


「そちらは魚介のスープと卵を混ぜて焼いたものだそうです。地上の店で買ったものですので、あまりないのですが……喜んでいただけてよかったですわ」


「ふむ……人の町にはまこと美味なものがあるな」


 ゆっくりと大事に食べているのが微笑ましい。


「普段は何を食べていらっしゃいますの?」


「果実が多いか。我のねぐらのあたりは果実の木が多いのだ。木を足で踏みつぶすと、実がおちるだろう? それを食うている」


「あら、果樹が多いあたりですのね。ちょっとうらやましいですわ。――――宝箱たくさん出たでしょうね……」


「宝箱? いや、果実しか見たことがないぞ」


(あら……たくさん果樹を狩っていれば宝箱もたくさんなのかと思ったわ……。やはりあれはレアドロップなのね)


『マスターうんがいいのー』『うんにあいされてるのー』


 そう言われると、悪い気はしない。

 レティシアは顔が緩むのをがまんしながら銅板のふたを外した。

 ふわぁと湯気が上がり、ふっくらとした魚の身が姿を現した。

 レティシアは大きな身を三等分にして、ひとつをエールの分、もうひとつを自分の分として皿に載せ、残りのひとつは野営焼き用に横へよけた。


 魚を入れた野営焼きは、やはりくるくる巻いたものが好きだ。魚の身がなるべくそのまま残っている方がいい。

 昨日と同じ焼き方で焼く。火が通るのを待つ間、魚へフォークを伸ばした。

 見ただけで脂が乗っているのがわかる、つやっと輝く身。

 口に入れると、やはりとろりとして美味だ。

 そしてその後に飲む白ワインの素晴らしさよ。


「美味だな…………」


 白銀の竜人も大変ご満悦の様子。

 つり気味の大きな目が細くなっている。

 こんなに喜んでもらった後にレティシアが作る野営焼きを出すのも気がひけたのだが、焼き上がったものに卵ソースを添えて出した。


「おぬしが作ったこれも美味だぞ」


「ありがとうございます。イカやタコが入るとまた非常に美味しいのです。――――海で獲れるといいのだけど……」


「うむ? イカタコは、あの長い手がひょろりとしているやつだな?」


「ええ。それですわ」


「海におったな。手がひょろりとしているのを時々見かけるぞ」


「まぁ! もうちょっと近ければ行けましたのに……」


 卒業試験の前までに戻って来なければならない。あまり遠いと間に合わないかもしれないから、卒業試験が終わってからになるだろうか。


「そう聞けば、食べてみたくなる。行くか? 我の背に乗ればすぐだぞ?」


「本当ですの?!」


 はっと身じろぎをしたのは召喚獣たち。


『マスターはオレが乗せるんダ!』


『ぼくだよ!』


『わたくしがお乗せいたします!』


『オレの背に乗るケロ!』


 それまでは満足そうにそのへんでまったりしていたくせに、エールが言った途端に大騒ぎしだした。

 そしてまたエールの足にかじりついたり、つっついたり、ひっかいたり、体当たりしたりし始めた。


(張り合ってはいけません、攻撃してはいけませんって言い聞かせたのに、ぜんぜん懲りてないわ!)


「ああー!! こら!! おぬしらも我の背に乗ればいいだけのことだ! レティシアに抱えてもらって行けばいいではないか! みな乗ればよい!」


 四体と二体は、はっ!! という顔をすると、手のひらをくるりと返してエールにすりすりとすり寄っている。


「なんだ、もう。しょうのない、せい……イデッ」


「重ね重ねうちの召喚獣が申し訳ありませんわ……」


 レティシアが謝ると、エールは仕方がないというふうに苦笑したのだった。





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