第四章 ダンジョンのびっくり先住物
第25話 先住物その3(ドラゴン) 1
召喚獣とケサランパサランにおだてられ、レティシアは気持ちよく歌い出した。
青空の下、ランラン♪音楽歌箱から音楽と声が響きわたる。
ケット・シー音頭は召喚獣たちも大好きなようで、ヨイヨイヨイとくるりくるりと回った。
『τωrοοο~ τωrοοο~』
『τωrοοο~ τωrοοο~』
『τωrοοο~ τωrοοο~』
(あら……そういえば、鳴き声がみんないっしょだわ……?)
レティシアは今ごろ気づいた。召喚獣の鳴き声がそれだったので、ケサランパサランが同じだったのもなんだか当然だと思い込んでおり、疑問に思わなかったのだ。
もちろん音質や高低はそれぞれ違う。だが、言葉のようなものが同じだった。
ケサランパサランという魔物も。
召喚獣と名付けた召喚魔法陣から現れる魔獣も。
魔獣にそっくりなダンジョンクリーチャーも。
(もとは同じ“モノ”…………?)
ケット・シーやピクシーも魔物の一種で、人には
召喚獣とダンジョンクリーチャーは、実際に地上に存在する生き物、魔獣と同じ姿をしている。――――姿は。
召喚獣は食事がいらない。ダンジョンクリーチャーは死骸が残らない。魔獣ではありえない。
(――――召喚獣たちは、きっと元は魔物なのだわ……。それがなぜか魔獣に化けているのよ。どうしてかはわからないけど……)
まぁ別にそれでもいいとレティシアは思う。
ダンジョンクリーチャーはそういうものなのだろうし、召喚獣も害があるなら困るけれども、今までずっと助けてくれた。きっと何か理由があるのだろう。
「――――次は何を歌おうかしら」
ランラン♪音楽歌箱のつまみに手を伸ばすと、召喚獣もケサランパサランも歌ってほしい曲を口にする。
ふと大きな気配がして、一瞬後にあたりが暗くなった。
レティシアがはっと見上げると、上からものすごい大きな生き物が覗き込んでいた。
頭部には尖った耳があり、その横には角もある。木の枝をつかんだ太い前足が見えている。
「…………あら…………ドラゴンだわ…………」
逆光で色はわからないが、前足が見えているということは二足歩行しているということ。きっと背中に羽が生えているはずだ。魔獣の方のドラゴンのようだった。
それなら、普通に攻撃が通るとレティシアはほっとした。
これとは違うヘビ型の、手にクリスタルの球を持ったドラゴンは、クリスタルドラゴンと呼ばれており、分類は魔物だ。
羽がないのに悠々と空を駆け、精霊の遣いとも言われ吉兆の印だが、怒りを買うと国が滅びるらしい。
そちらではなくてよかった。
レティシアが実際に戦ったことはないが、討伐例がある魔獣のドラゴンの方がましというものだ。
ドラゴンは人よりも長生きしている分知識も多く、魔獣であっても人語を話すし、めったなことがない限り襲ってくることもない。
レティシアは昔、エーデルシュタイン公爵領の森でドラゴンに会った。二言三言言葉を交わしたが、長老と話をしているようだった。
本来はそんな思慮深い生き物だが、ダンジョンクリーチャーは別だ。ダンジョンクリーチャーは人に立ち向かうために存在する。
そこに話し合いの余地はない。
イタチーがさっと前に出てしっぽを振り、土の結界を張った。
『マスター、下がってて!』
そのうしろでケロロンが構え、バトランは上空へ飛び立ち、手乗りサイズだったサランダが、口元に火をちらつかせながらどんどんと大きくなっていく。
ケサランパサランたちだけは、のんきにふわふわと漂っていた。
『サァ、どこから焦がしてやるカ?』
「ま、待て! おぬしらと構えるつもりはないぞ!」
(あら……?! しゃべったわね……?! ダンジョンクリーチャーではないの……?)
『マスターに害を為すつもりでしたら、わたくしどもがお相手いたしましょう』
「そんな命知らずなことはしないぞ?! そんな、せ――――」
ブオッ!!
サランダの口が火が吹いた。
『――――今、何か言ったカ?』
「い、言ってないぞ……
『まえのまえのまえのまえのマスターなの』『もとのもとのもとのもとのマスターなの』
「白毛玉たちよ、我のそばによるでないぞ。そなたらが鼻の近くに来ると、くしゃみが出るからな」
『はないきでくるくるしたいのー』『くしゃみでとおくにとばされたいのー』
ドラゴンが前足でケサランパサランたちをしっしっと追い払っているが、レティシアはそれどころじゃなかった。
「…………えっ……ええええ?! ドラゴンが?! どうやってあの魔法陣から現れたのかしら?!」
この大きいドラゴンが、あの情報晶部屋に収まるのがまず無理だ。
『まえはひとだった』『しろいひとだった』
「まぁ……! 人だったのに長時間ここにいたせいでドラゴンになってしまったと…………?」
「――――そんなわけなかろう、娘。今も――――……ほれ」
上から覗き込んでいた大きなドラゴンの姿は消え、地面にスタッと降り立ったのは白銀の髪の、背の高い青年だった。
つり気味の大きな目は綺麗な青緑色で、異国の顔立ちだ。
白い革鎧一式を身につけ、背中に長い髪がたなびく。
しゃべり方から老ドラゴンだと思っていたレティシアは、ちょっと目を見開いた。
「ドラゴン様は人になれますのね?!」
「ドラゴンではなく竜人という種族なのだ」
「竜人……聞いたことはありますわ。昔、もっと北の方にそういう人たちがいたと。でも、絶滅したと書物にありましたわね……」
「いや、まだ生きているぞ。人として他の国へ行く者、ドラゴンとして暮らす者といろいろだ」
「そうなのですか……。それは知らなかったですわ。でも、町で会っているかもしれないと思うと、楽しいですわね。――――あなたはドラゴンでいる方がいいんですの?」
「我はどっちがいいというのはない。どちらでもいい。しいて言うなら大きい方が木の実を採るのに楽だな。それに、高いところから見る景色がなかなかのものなのだ」
「まぁ……それはいいですわね。見てみたいものですわ」
「おお、そうか。では、見せてやろう」
『待テ! マスターに景色を見せるのはオレダ! マスター乗ってクレ!』
『お待ちください! マスターを背にお乗せするのはわたくしが! この翼で遠くの景色をお見せいたします!』
『ずるい! ぼくだって大きくなれるし跳べるよ!』
『そうだケロ! オレだって大きくなれるケロ! 跳べるケロ!』
「まぁ! わたくし、大人気ですわ?!」
「……そ、そうだな……」
『マスターにんきなのー』『だいにんきなのー』
竜人の男はひょいとレティシアを自分の肩に担ぎあげて座らせた。
「ちゃんとつかまっておけ」
次の瞬間にはぐーんと視界が開け、高い場所にいた。
いつの間にか、ドラゴンの耳につかまって頭の上に座っていた。
ぬけがけされた召喚獣たちが、下で大騒ぎしているのが聞こえている。
大きな白銀色の竜の頭から、遠くを眺めた。
緑の丘と森が広がり、その向こうに青い海がずっと彼方まで見えていた。
「たしかに美しいですわね…………」
これが本当にダンジョンの中だというのか。
果てはどこなのだろう。端は幻影になっているのか。どこまでフィールドなのだろう。
「ダンジョンって不思議だわ……」
思わず漏れたつぶやきに、ドラゴンが相づちをうった。
「まことにそうだな」
この竜人もダンジョンに飛ばされてきたのだろうか。
「――――竜人様、お名前を教えていただけますか?」
「ああ、我の名はエールだ」
(美味しそうな名前ね)
「エール様とお呼びしても?」
「構わないぞ。娘はなんと申す?」
「レティシアですわ」
「そうか。レティシア、下へ戻ったら――――」
エールはそこまで言うと、切なげにため息をついた。
「――――あやつらによーく言い聞かせてくれんか? 足元をチクチク刺したり噛んだり焦がしたりしてるのだ……」
「それはうちの召喚獣が失礼いたしました……! しっかりと言い聞かせますわ」
まったく困った子たちである。
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