第24話 侯爵令嬢は駆けた
第二王子が公爵令嬢との婚約を破棄し、魔牢に捕らえた上で、攻撃魔法を向けた。
このとんでもない事件を真っ先にエーデルシュタイン公爵領へ伝えたのは、公爵令嬢レティシアの友人、セゴレーヌ・サイネ・パストリアだった。
パストリア侯爵領はエーデルシュタイン公爵領の北どなりに位置している。王都の東側にあり、そのあたり一帯の領は東方地方と呼ばれていた。
昔は東方地方でひとつの国だったのだが、大きくなった帝国に対抗するためにヒラピッヒ王国と合併したという歴史がある。
そのため、東方地方の貴族はエーデルシュタイン公爵家を中心に仲が良く、結束が固い。
セゴレーヌもレティシアの遊び相手として、小さいころからエーデルシュタイン城へ来ていた。
セゴレーヌの持つ一番古い記憶は、四、五歳ころのものだろうか。パストリア侯爵邸とエーデルシュタイン城を交互に住んでおり、レティシアがいる方が自分の家だと思っていた。
家に父母がいないことになんの疑問もなかった。なぜならレティシアの父母もそこにいなかったから。
後からセゴレーヌが父母から聞いた話では、ふたつ年上の兄とけんかをしては泣かせていたおてんば娘だったせいで、行儀見習いと称してちょくちょく公爵家に預けられていたらしい。
そのころ弟と妹が近い期間で生まれたため、侯爵邸内が落ち着かなかったことも理由にあったという。
子ども連れでも馬車で二日ほどの距離で遠くもない。
娘を亡くしてさみしくしていたレティシアの祖母も、セゴレーヌが来るとレティシアが楽しそうで賑やかだと喜んでいたそうだ。
そんな事情があり、六歳の時にレティシアの婚約者が決まり王都へ居を移すまで、同じ
エーデルシュタイン城裏の敷地には豊かな森が広がっていた。セゴレーヌとレティシアはそこでよく遊んだ。
そこにも外部の者や魔獣や魔物が入り込めない結界が描かれており、護衛なしで自由に遊んでもよかったから。
レティシアはそこでよく歌を歌った。
精霊教会でも絶賛されるほどの歌声が、森の中で響く。
すると決まってキラキラした光の粒がレティシアの周りに集まって来るのだ。
「レティ! キラキラしてる!」
「ええ。このキラキラは歌が好きなのね」
普通ではない事態を、その一言で片づけてしまうおおらかさ。
そんなところもレティシアのいいところなのだ。
王都に住むようになってからも、レティシアはバカンスの時季には必ず帰ってきていたし、セゴレーヌが王都へ行くこともあった。
ふたりの交流は続き、魔法学園にいっしょに通うようになり、今までずっと続いている。
レティシアはセゴレーヌの幼なじみであり、大事な友人。
だというのに、その
なんの罪もない友人が魔牢に捕らえられ、どこかへ飛ばされるなどとても許せるわけがない。
セゴレーヌは手を下した赤髪の姉弟を思い出し、ギリッとくちびるを噛んだ。
(――――最低な殿下たち。東方貴族を敵に回したこと、後悔させてやるわ)
婚約破棄騒動があった夜会の後、急ぐ馬車の中で豪華なドレス脱ぎ捨てる。冒険者用の革装備へ着替え、セゴレーヌは家の紋章が描かれた馬車で冒険者ギルドへ乗り付けた。
こういう急ぎの時は、不休の冒険者ギルドがなおさらありがたい。
ギルドの転移魔法陣を使い、エーデルシュタイン公爵領都ザフィーア支部へと飛んだ。
午後9刻。普通であれば公爵家への訪問などできる時間ではない。
だが、短い付き合いではないセゴレーヌが、冒険者ギルドの急ぎの馬車で訪ねてきたのだ。すぐに先々代の公爵と面会ができた。
アーデルヘルム・ヴァン・エーデルシュタイン。現在、領を取り仕切っている実質のエーデルシュタイン公爵で、レティシアの祖父だ。
「おお、セゴレーヌ。久しいな」
白髪をうしろに撫でつけ白いひげをたくわえた、たくましい体つきの老人が笑みを浮かべた。
「アーデルヘルム様、夜分遅くに申し訳ございません」
「なんだ、もうおじい様とは呼んでくれないのか」
「もう何年も前に、その呼び方は卒業したではないですか。おじい様」
なごやかに近況報告でもしたいところだが、挨拶もそこそこにセゴレーヌは夜会での出来事を語った。
アーデルヘルムは話を聞くうちに眉と目はつり上がり、こめかみに青筋が浮き、伝説にある厄災のデーモンの絵画そっくりになった。
「――――書斎へ行く」
執事が先導し、アーデルヘルムのうしろについてセゴレーヌも書斎へ向かう。
部屋に入った三人は、急ぎ足でキャビネットの前へ立った。
鍵のかかったガラス扉の中には、台座の上に魔水晶が鎮座している。[門番の報]でレティシアの身分証と対になっているものだ。
魔水晶は特に光って何かを知らせていることもなく、いつも通りだった。
三人は安堵のため息をついた。
「手を下したのは第二王子で、そそのかしたのが第一王女か。しかももうひとりのうちの孫も共犯だと」
「ええ。元々、三人ともレティシアにひどい態度でした」
「――――そういう報告はあったが……そうか。レティシアを守れなかったということは、わしが婿選びを失敗したということなんだろうな……アレももっと若いころはちゃんとしておったのだが……」
アレというのはレティシアの父、現エーデルシュタイン公爵のことだろう。
めったに見ないアーデルヘルムの消沈した姿に、セゴレーヌの心も痛む。
「……おじい様……」
「――――わしは許さなくていいだろうな?」
「ええ、もちろんです! 向こうは魔牢を使い攻撃魔法を仕掛けてきました。殺意有りと受け取っていいかと思われますわ」
「ヒラピッヒ王家はどうしてしまったのであろうな……。これはもう、抗議する程度で済まされる話ではないな?」
「ええ、攻め滅ぼしてもいいのではないでしょうか」
「そうだな。そうするか」
「――――セゴレーヌ様もアーデルヘルム様もお待ちください。攻め滅ぼす場所に、もしレティシア様がいらしたら困ります。ちゃんと下調べなさってから、お決めください」
「ふむ……。セバスの言うことも一理ある。わかった。情報を集めてから考えよう。セバス、うちの手の者を使って、国内外でレティシアの姿を見なかったか情報を集めてくれ。ああ、それと、東方合議会の手配を頼む。新年祭の時に開会できるように」
東方貴族たちは新年祭の時に、ここエーデルシュタイン公爵邸に集まる。その時に合議をすれば中央に怪しまれないということだ。
「では、おじい様。わたしは王家の秘術について調べますわ」
「そうか。そちらは頼もう。できればここを本拠地にしてくれるか?」
「わかりました。王都で調べものと研究院の休学手続きをしてまいりますわ。二、三日ほどですぐに戻ります。……レティがいないなら院へ行ってもしかたないですもの」
「レティシアお嬢様の方も休学の手続きをいたしましょうか」
「――――そうだな。本音は退学させたいところだがな。とにかく、今晩はもう遅い。戻るのは明日にして、セゴレーヌも休みなさい」
アーデルヘルムの言葉に、セゴレーヌはやっと肩の力を抜いた。
勝手知ったるでセゴレーヌがいつもの部屋へ行くと、セバスが夜食を持ってきてくれた。
とんでもない夜になってしまった。明日からはまた忙しくなりそうだ。
(とりあえず今晩は食べて寝ましょう。レティシアも暖かい場所でお腹を満たしているといいのだけれど)
セゴレーヌはレティシアの空間箱の中身を知っているので、まぁ大丈夫だろうとも思ってはいる。それでもやっぱり祈らずにはいられなかった。
――――レティ、どうか無事でいて。と。
慌てたエーデルシュタイン公爵が報告に来たのは、それから五日後のことだった。
もちろんすぐに追い出され、公爵という地位をはく奪されたのは言うまでもない。
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