第27話 先住物その3(ドラゴン) 3


 エールが言った通り、ドラゴンになった彼の背に乗って海へ向かうと、ひとっ飛びで海に着いた。


(小さい召喚獣たちとケサランパサランを落とさないように腕に抱えて乗るのは大変だったわ……。わたくしが落ちそうだった……。みんな喜んでいたからいいけれども……)


 せっかくの空の旅を楽しむ余裕もなかった。


 降ろされた小高い崖の上から海を見下ろすと、少し先の海面に長い足がうごめいているのが見えている。

 みえているだけでこの大きさなら、本体はかなり大きいだろう。


「――――あら……クラーケンね」


 エーデルシュタイン公爵領の海にも時々出た。

 倒すと魔力が抜けるせいなのか、身が縮むのが悲しい。魔獣の中ではかなり美味な部類なのだが。


「イカだな?」


「ええ、大イカですわね。ただ、ドロップ品がイカかどうかが問題ですわ」


「うむ、それだ! なにゆえ見えてるものと違うものが落ちるのであろうなぁ」


「本当にそうですわ! 見たらこちらはそれが食べたい口になってますのに」


「まさしくその通りなのだ! 赤い実が生っておりリンゴだと喜んで踏みつぶすとバナーナが落ちておるこの悲しさをわかってもらえるか!」


「もちろんわかりましてよ!」


 同士!!

 二人は手を握りあう勢いだ。


(この切なさを共感できてうれしいわ! それがどうしても食べたいわけではないけれども、見たらそれが食べられるものだと期待してしまうのなのよ!)


『ごめんなさいなのー』『そういう しようみたいなのー』


 ケサランパサランたちが申し訳なさそうにパタパタと上下している。

 仕様なら仕方がないことである。


『マスター、あれをやっつければいいケロ?』


 臨戦態勢の召喚獣たちだが、ケロロンは海に入っても大丈夫なものなのだろうか。


「え、ええ……。あれのドロップ品が欲しいのだけど……」


 レティシアがそう言った途端、真っ先に飛び出したバトランが放たれた矢の勢いでうごめく足のところへ行き、ピカッと一発[雷撃]を落とした。

 よく効いたらしくクラーケンは海面に浮いてピクピクとしている。

 そしてそのまわりにいたらしいシーサーペントも巻き添えをくらったらしく、ギラギラした長いものが二体も浮いていた。


 大きくなったサランダが首を伸ばしてそれらを口にくわえ、陸地に置いた。

 丘に上がった水棲魔獣に明日はない。

 三体は召喚獣たちにボコボコにされて、あっという間にドロップ品へ変わった。

 クラーケンからは切り分けてある大イカと魔石が。シーサーペントからはそれぞれ赤身魚の切り身(大)と魔石がドロップした。

 レティシアと人の姿になったエールはそれを見てにんまりとした。


「しばらくここでお魚を補充して行こうかしら」


「それはよい。我も今は魚の心地だ。その間おぬしさえよければ、料理を教えてくれぬか?」


「わたくしの料理など、教えられるものではありませんけれども」


「いやいや、あのくるくるとしたものも美味であったぞ。できればあのじゅわっとした卵を作れるようになりたいのじゃ」


 きらきらとした大きな目がレティシアを覗きこんだ。

 竜人のこんな無邪気なお願いを断れる者はいないだろう。


「……わたくしでお役に立てるかわかりませんが、承知しました。道具もお貸ししますわね」


 よっぽど卵焼きが気に入ったらしい。

 レティシアは卵焼きを作ったことはないが、作り方は聞いているので説明はできると思う。

 ずっとこんなダンジョンにいたらやることもなくなるだろうし、新しい趣味ができるのは楽しそうだ。

 ふと、レティシアはベルナールは毎日何をして暮らしていたのか気になった。

 同じ魔法学園を出ているので、野営焼きは作れるはずだ。

 空間箱があまり大きくないような話をしていたので、ダンジョンで自炊して生き延びていたのだろう。


(料理する皇子、素敵だわ。でも皇帝陛下に、そんなことをしていたのかって怒られていないといいわね)


 レティシアはふふっと笑った。


「――――エール様は、わたくしの前にいた者にはお会いしていませんの?」


「つい最近、暗い髪色の男を見たぞ。森から顔を出した時に、遠くの方におった。顔はよく見えなかったが、我の方を見ていたようじゃったな。何も言わずに戻っていったぞ」


「多分、わたくしの知り合い……いえ、友人ですわ。そうですか、お話しされていたら楽しかったでしょう……」


「そうか。それは残念なことをしたな。おぬしの友人であれば、食事も楽しかったであろうな。――――その前にいた者は変わった奴だったぞ。あちこちふらふらして、我にも話しかけてきおった。あの者とはずいぶん話したものだったのだがな……」


 長いことここにいたのであれば、出会いと別れもあったのだろう。

 ベルナールの前にいたというその人は、長くここにいた後にどうなったのか。ケサランパサランに聞けばわかりそうだが、怖くて聞けなかった。


「……ではさっそくお料理してみます?」


「おお、うれしいのぅ。よろしく頼むぞ」


 こうしてしばらく海辺で過ごすことが決まった。

 空間箱にコテージが入っているので、レティシアはどこでも問題なく寝泊りすることができる。

 エールはといえば普段はドラゴン姿だった。寝る時は丸まってその辺で寝ている。料理をする時と食事の時だけ人の姿になっていた。


 レティシアは複数持っていた魔コンロや四角い浅鍋をエールに貸して料理を教えた。

 そしてクラーケンが出てきたらまた召喚獣たちに倒してもらい、ドロップ品のイカや魚を拾って、まったりとしながら数日間暮らした。





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