第20話 死の季節がやってくる


 階層主エリアの画面から名前が動く画面に戻ったが、ベルナールの名前はなかった。

 メッセージを見たことがわかり、ダンジョンから出たのだろう。

 こちらを見上げていた顔を思い出すと、ほんのりさみしい気がした。


「……殿下の無事をお祈りして、一曲歌おうかしら」


『とてもいいのー!』『さんせーなのー!』


 画面の🎤印を押さなければ、歌っても大丈夫なはず。

 レティシアは抱えていたランラン♪音楽歌箱をカウンターの上に置き、スイッチを入れた。


『音響システム起動確認シマシタ マイク接続シマシタ スピーカーシステム同調シマシタ 音楽リスト同調シマシタ』


「……これ、歌ってはいけないやつではなくて……?」


『そんなことないのー』『きのせいなのー』


 情報晶が言った言葉は半分くらいしかわからなかったけれども、ランラン♪音楽箱が情報晶と繋がったことはなんとなくわかった。

 ケセランパセランたちが悪い顔をしているような気もした。

 レティシアはおもむろにランラン♪音楽箱を持ち上げた。


「……歌うのは、コテージにしましょ……」


『うえーん おうたー』『うえーん おうたー』


 ケセランパセランたちは浮きながらぷるぷると震えた。


「まぁ……! 泣くほどなの……?!」


『なくほどなのー もうすぐつらいきせつなのー』『しのきせつがやってくるのー』


 現在、季節は秋で、古くからの精霊暦で言うなら風三の月。帝国暦風に言うなら十二月。

 来月は冬の季節となり、水一の月。新しい年の一月となる。


(もうすぐ冬だから死の季節なのかしら)


 ヒラピッヒ王国の冬は寒さが厳しく、雪も降る。

 多くの動物や魔獣が眠りについたり、死の門をくぐる季節。

 だが、生死と縁のない魔物には関係がないのではないかとレティシアは思った。

 というか、そもそもダンジョン内に季節はない。灼熱のフィールドはいつの季節でも灼熱だ。


『ひとがこなくなるのー』『ごはんなくなるのー』


「ああ!!」


 そこでレティシアは気がついた。

 年が明けた一月は、ダンジョン入り口封鎖の月だ。

 年明けとともに封鎖されるので、十二月の末になると入り口が封鎖する前に中へ入っておこうという冒険者たちで、ギルドもにぎわう。

 入り口封鎖は一か月。一月末には完全封鎖となり、ダンジョン内にいた者も外に出なくてはならない。

 そして、一旦ダンジョンを無人にしてから、国立シュタープ魔法学園の卒業試験が始まるのだ。


 ――――元婚約者と異母妹が受けるはずの、卒業試験が。


「…………そう…………。もう、そういう季節なのね…………うふふふふ…………」


(あなたたちここへ来るのね…………)


 レティシアはふたりの強さがどのくらいなのかを知らない。

 いっしょにダンジョンに潜ったこともないし、エーデルシュタイン公爵領の魔獣駆除にも来たことはない。

 学園の長い休みの時には、レティシアは領に帰って駆除や討伐や領管理の手伝いなどをしていいたけれども、ふたりはどれだけ誘っても王都から出なかった。


 祖父は、異母妹のローズとは血は繋がっていなくとも、平等に扱ってくれていたし、そのうち公爵夫君となるストーリッシュにも礼をつくしてくれていた。

 なのにふたりは頑なに公爵領へ来なかった。

 来ていれば戦い方や魔法を見てあげられたし、ふたりのレベルもわかっただろう。


(わたくしをここへ飛ばしたのであれば、あなたたちが魔物討伐へ行かなくてはならないわよね……?)


 レティシアの代わりに国民たちを守ってもらわないとならない。

 お手並み拝見というこうではないか。

 国立シュタープ魔法学園の卒業試験は厳しい。成績次第では留年となる。


(わたくしを納得させる強さでなければ、卒業させないわ……)


「ふふふふふ……。歌ってあげるわ。二月に入ったらたっぷりとね……」


『マスター わるかっこいい!』『マスター わるしびれる!』


 そうと決まれば、準備をしなくてはならない。

 情報晶で何ができるかをいろいろ試したいが、完全封鎖前の人数が減った時にした方がいいだろう。


「そうだわ、食事! 一か月この情報晶部屋こもるのなら、野営焼きをたくさん作っておかないと!」


 空間箱にまだ食べ物は入っているが、いざという時のためにとっておきたい。作って食べられる状況の時は、自分で作って食べておくのがいい。


「――――たまには魚が食べたいわね……」


 エーデルシュタイン公爵領の一部は海に面しているため、公爵領の本邸では海の幸がテーブルに上がることもあった。

 王領は内陸にあり王都の別邸ではなかなか食べられないのだが、レティシアは魚料理も好きだった。


『ぬまあるよー』『うみあるのー』


「あら……! それは素敵だわ! 遠いのかしら?」


『ぬまはちかいのー』『うみはとおいのー』


 不思議ドアの近辺を散歩しているけれども、沼は見かけなかった。もう少しピクニックくらい歩けばあるのかもしれない。

 そうと決まったらすぐに出発だ。

 レティシアはランラン♪音楽箱を小脇に抱え、鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。

 それにくっついて出ていくケセランパセランたちは『τωrοοο~ τωrοοο~』とくるりくるり回った。





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