第19話 センチメンタル皇子 2
「――――ヒューゴ! 無事でよかったよ!」
「それは私の言葉です。殿下」
従者であったヒューゴ・ドナルドは、ベルナールを確認した途端、安堵したように顔をくしゃりとした。
「……申し訳ございません。なんか気が抜けてしまいまして」
涙をにじませた笑顔を見たら、ベルナールの目頭も熱くなる。
1年半ぶりの再会だ。しかもベルナールを探してくれていただろう。
だが人目の多い冒険者ギルドのロビーで泣きながら抱き合って、話題づくりをするのも御免なので、早々にギルド舎を後にした。
そしてすぐ近くのベルナールの泊まっている高級宿に落ち着く。
ふたりはあの後のお互いの話をした。
マルティーヌの魔法でヒューゴが飛ばされたのは、王城からそう遠くない王都内の遺跡だったそうだ。
どういう場所なのかヒューゴが調べたところ、古くはヒラピッヒ王家の土地だったということがわかり、それから国中の王家に関係する土地を調べていたという。
「しばらくの間は私も殿下と同じ方法で、冒険者ギルドへ伝言を頼んでおいたのですが、半年ほどで依頼を引き上げました」
「そのくらいが妥当だろうね。3か月でもよかったくらいかな」
「そうですね。皇帝陛下からも言われました。生きているのだろうから、気長に待てばよいと」
「……もしかして、魔法攻撃されたことは言わないでくれた?」
「……はい。あまりにおおごとになりすぎますから……」
ベルナールが婚約解消を申し入れられた後、いつの間にかいなくなっていたと帝国に報告したらしい。
傷心旅行にでも出たのか、それとも好きな魔法を研究する旅に出たのかと、ベルナールの家族は勝手に推測してくれたようだ。
「皇帝陛下は『いったいどこで何をしていたのか、血沸き肉躍る冒険談求む』との仰せで……」
「…………」
「ちなみに皇妃殿下は『ロマンス! 早く帰ってきてわたくしに甘く切ないロマンスを聞かせてちょうだい!』と……」
「帰るのやめようかな……」
「お気持ちお察しします……」
ベルナールはフェリシダーデ帝国という大国の第二皇子ではあるが、上には皇太子である第一皇子、下には第三皇子と第四皇子がいるので、わりと大雑把に育てられたと思っている。
そのおかげで隣国に留学や遊学が許されたので、それはありがたいことではあった。
ついでにもう少しわがまましてもいいかなとも思っている。
「帰る前に、ワールズエンドへ潜るつもりなんだけど、ヒューゴはどうする?」
「ええ?! 今までそこに閉じ込められていたのではなかったのですか?!」
ベルナールはヒューゴに心底信じられないという顔で、見返された。
数日後、ふたりはダンジョン・ワールズエンドにいた。
冒険者ギルド職員から、先日突然ダンジョンクリーチャーが強くなった話を聞き、くれぐれも気をつけてくださいと言われた。次にまた何かあれば、特S級ダンジョンになるかもしれないとも。
中にいた身としては、特別何かあったような気はしなかったのだが、気に留めておくことにする。
0階層からの狭い階段を降り、洞窟フィールドを急ぎ足で通り抜け。階層主エリアに入場する順番を待った。
入場したら、ホーンラビットの相手をヒューゴがし、その間にベルナールが用事を済ますという段取りの予定だった。
ベルナールはダンジョン脱出前の数時間のことを、ヒューゴに話していない。誰かがいたとも、その人に脱出させてもらったとも伝えず、言葉をにごしていた。
だからヒューゴはベルナールが何をするつもりなのか知らない。知らないし、時間がどのくらいかかるのかもわからないというのに、付き合ってくれるらしい。
レティシアが情報晶をいつ見てくれるかが問題だ。それがわからないから、行けるところまで行く準備をしてきた。どこかで見てくれたらいいと思う。
階層主エリア入場の順番がまわってきた。
ふたりで入場すると、ヒューゴが前に出てホーンラビットの頭突きを
空間箱から出した紙を、画面が映しているだろうあたりへ向ける。
その少し後、子ワイルドボアほどのリスが現れた。
「殿下……、ここっていつもこんなのいませんでしたよね……?」
「ああ、初めてだね……」
リスはひょいと前足を上げて立ち上がると、ベルナールにつぶらな瞳を向けて言った。
『やあ! マスターを捨てて出てったクズ野郎!』
ベルナールは、はらりと持っていた紙を落とした。
「殿下……! ダンジョンで何をされていたのですか!! 一部ぼかしているなと思っていたら! 詳しく聞かれたくなさそうだったから、そっとしておいたのに! ご令嬢とご一緒だったのですか?! ダンジョンで?! ご令嬢とふたりっきり?! うらやまし――じゃなくて! 責任を取らないと!! 捨てるなど言語道断です!!」
これだから言いたくなかったのだ。
ベルナールはヒューゴにすごい勢いで責められた。
その非難の一部が、事実なところがいけない。
たしかに令嬢といっしょにはいた。だが、ほんの数時間だけのことだった。こんな風にレティシアの経歴に傷をつけるかもしれないと思って、口をつぐんでいたのに。
『マスターから伝言だヨ! 「まだこんなところにいたのか。早く国に帰りやがれ」だって! マスターはボクたちのマスターだから! みんなで楽しく暮らしていくから邪魔しないで、クズ野郎。もう迎えに来ないでネ!』
リスはそう言ってクククク! と笑った。
ベルナールは直感的にこれは悪い生き物だと思った。
“マスターはボクたちのマスターだから!”
というあたりがすごく悪い。気に入らない。このリスは敵だ。
きっと、彼女が何か伝言をしたのはたしかなのだろう。
その言葉をこのリスが捻じ曲げた。
(――――これを冒涜と言わずになんと言うのか――――!)
素早く剣を抜くと、有無を言わさず切りかかった。
(六年間同じクラスにいて、レティシア・エーデルシュタインのことはちょっとはわかっている。彼女はそんなことは言わない!)
逃げるリスに剣を振り下ろす。かすったしっぽから、毛が数本舞った。
無駄にすばしっこくて、殺意が募る。
(リスめ、逃がすものか――――!!)
逃げられた。
ダンジョンクリーチャーがふわりと消えるように、リスもふわりと消えた。
いつでも好きに消えることができるのに逃げ回っていたあたり、遊ばれていた感が満載だ。
腹立たし紛れにベルナールは、丸小盾と戯れていたホーンラビットを斬った。
先ほどあんなに非難していたヒューゴが何も言わなくなったのが、気遣われているようで地味につらい。
(レティシア・エーデルシュタイン。リスの意味はさっぱりわからなかったよ…………)
ベルナールは、リスが消えていったもう何もない空間を、悲しい気分で見つめるばかりだった。
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