第18話 センチメンタル皇子 1
数日前に魔法陣で外に出されたベルナールだったが、現在もワールズエンド自治領にいた。
まずは父であるフェリシダーデ帝国皇帝へ自分の封蝋を使った封書を送った。
皇帝宛ての手紙を冒険者ギルドが運営している冒険便で出すのもどうかと思ったが、手っ取り早かったので仕方がない。
本来ならば、身分証明になる紋章を付けた馬車を使って、使用人に届けさせるところだ。
だが、使用人はいないし、馬で何日もかけて持って行くくらいなら、冒険便の転移魔法陣で帝都の冒険者ギルドへ送ってもらえばすぐに着く。
聞くところによると、そこの領主邸宛ての物を持って行くのは、責任ある立場のギルド職員だそうだ。安心安全ですばらしい。
そして従者のヒューゴを見つけるのも、冒険者ギルドに依頼することにした。
冒険者ギルドを利用する時は何かと身分証を使う。その仕組みを利用して、特定の人物を探したり伝言を届けたりする業務があるのだ。
金額は安くはないし、相手が冒険者ギルドを使う人であることが前提となるが、依頼数も多く達成率も高いらしい。
ベルナールは、ヒューゴにワールズエンド自治領にいると伝言をしてもらえるように手配した。
冒険者ギルドというところは、金があればたいがいのことは解決してくれる。
本部こそフェリシダーデ帝国の帝都エーレにあるが、大陸各国のあちこちに支部があり独自のネットワークで繋がっている。
なのでこういった広い範囲での人探しには、うってつけだった。
狭い範囲での人探しも冒険者に依頼すればいいわけだから、こういった探しもの全般は冒険者ギルドに任せるのが正解ということだ。
他に、パストリア侯爵令嬢セゴレーヌへの伝言も頼んである。
これは、レティシアのことを知らせようと思ったからだった。こちらがワールズエンド自治領にいることと、大事な話があるのでもし会えるなら冒険者ギルドに都合のいい場所日時を伝えてほしいという伝言内容にしてある。
本来ならレティシアの父であるエーデルシュタイン公爵へ知らせるべきなのかもしれない。
だが、レティシアの話から察する限り、公爵がレティシアの味方ではない可能性もありそうだった。なので、仲がよいセゴレーヌへとりあえず知らせようと思ったのだ。
ベルナールは今日も冒険者ギルドワールズエンド支部へ向かう。
ギルド舎へ行く前に、巨木の裏手へ回った。
あの時。
レティシアに魔法陣で転移させられたベルナールが目を開けると、巨木が前に立っていたのだった。
ダンジョン・ワールズエンドには卒業試験対策で少なくない回数潜っていたから、すぐにその巨木だとわかった。
通称“死に戻り(死んでない)”と呼ばれる、ダンジョン強制排出のように裸になることもなく、なんのおかしなこともなかったというように、普通にここに立っていた。
隔離されていた1年半が、ほんの少し寝ていた間の夢だったかのように。
見下ろしているこの場所に、魔法陣はない。
最後に入った魔法陣は、行き来するための転移魔法陣ではなく、外に排出する魔法陣だったということだろう。
そしてあの部屋の中に対になった魔法陣があった。
(――――あの魔法陣が排出するものであれば…………対になったもうひとつの魔法陣は、招き入れるための魔法陣ということなのか)
思い出すのはダンジョン生活最後に数時間だけ話をした、公爵令嬢。
軽やかに笑う声。美味しい食事。泣きそうな顔で笑い見送ってくれた美しい顔――――。
巨木の根本で何もない足元をじっと見るベルナールは、しばらくそうして
冒険者ギルドのカウンターへベルナールが出向くと、「連絡がありました」と個室へ案内された。
そこそこの立場がありそうな眼鏡の男性職員が、手にしていた箱の中から封書を取って差し出した。
「まずはこちらが殿下宛てに届いた手紙です」
銀のトレイに載せられ差し出された手紙には、よく知っている紋章の封蝋があった。
ベルナールの父である、フェリシダーデ帝国皇帝のものだった。
「――――それと、ヒューゴ・ドナルド様から伝言が届いております。『明日の午後2刻に冒険者ギルド・ワールズエンド支部へ行きます』とのことです」
「わかった。伝言を受けたのはどこのギルドだった?」
ベルナールが聞くと、ギルド職員は手元の用紙に目を落とした。
「えー……本部となっておりますね。殿下からの伝言をお伝えしたのも、ヒューゴ・ドナルド様からの伝言を承ったのも帝都本部となっております」
帝都までは、馬車を乗り継ぎ乗り継ぎ休みなく乗り続ける地獄の駅馬車で、丸々五日かかる。普通に一台の馬車か馬で休憩や宿泊しながら行くなら十日はかかるので、ヒューゴは冒険者ギルドにある転移魔法陣を使って来るのだろう。
ギルド同士を繋ぐ転移魔法陣はギルドに籍を置くものであれば、一定の条件を満たせば誰でも使うことができるのだ。料金は高いが。
「以上でヒューゴ・ドナルド様への連絡の件は依頼完了とさせていただきます」
ベルナールは差し出された依頼票の完遂欄にサインをした。
「――――あとはセゴレーヌ・パストリア様への件ですが、まだ伝言をお届けしたという連絡は入っておりません」
「ああ、こればかりはセゴレーヌ・パストリアがどこかの冒険者ギルドに来てくれないと、仕方がないからね。気長に待つからこの後もよろしく頼むよ」
「承知いたしました。もし手紙をお書きになられるようでしたら、こちらの部屋をお使いいただいて構いませんので」
ベルナールが鷹揚にうなずくと、ギルド職員は一礼して出ていった。
家からの手紙を開けると、たいしたことは書いてない。
近々戻ることだし、返事は出さなくていいだろう。
空間箱に手紙を入れ、ベルナールも部屋を後にした。
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