第17話 メッセンジャー
音楽歌箱を小脇に抱え、レティシアはコテージの外に出た。
すぐとなりにある不思議ドアを勢いよく開けて、情報晶部屋の中を見回すと、中は無人だった。
「……あら……?」
『まえのマスターこっちなのー』『もとのマスターうえのほうー』
ケサランパサランたちは情報晶の前へ飛んでいき、ふわふわしている。
レティシアもカウンターへ向かい画面上部を見ると、“ベルナール・ドゥ・フェリシダーデ”という長い名前が動いているのがすぐに見つかった。
「本当に殿下がいらっしゃるわ……。どうしたのかしら……」
ずっとダンジョンの様子を見ていて、自分も攻略したくなったのだろうか。
ひと際目立つ長い名前が、右から左へと少しずつ動いていく。
1階層は階層自体の広さが小さいため、最短三時間ほどで階層主の部屋へたどり着く。部屋の前で順番待ちの列ができることもあるくらいだ。
1の数字が点滅するたびに階層主部屋の戦いを見るのを、何回か繰り返し。
やっと、待っていたその人が情報晶の画面に現れた。
プレートの胸当て姿も凛々しいベルナールのうしろに、従者ヒューゴの姿もある。
たかが1階層の階層主相手だというのに、妙な緊張感が走る。レティシアは胸元のランラン♪音楽歌箱をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
1階層の階層主、
ふたりは入ってきた時と位置を代わり、ヒューゴが前に出てホーンラビットの頭突きを
(あら……盾を使うのね……? ベルナール殿下やヒューゴ様なら一撃で倒せそうなのに……)
そのうしろでベルナールは空間箱から取り出した紙を広げていく。
全部広げると大陸地図が描けそうな大きな紙を、レティシアに見えるように掲げた。
“ワインと食事、ありがとう
春になったらまた来る
必ず迎えにいくから、待ってて”
「まぁ………………!」
レティシアは思わず両手で頬を押さえた。
男性から迎えに行くなんて言われたのは(書かれたのは)初めてだった。
(ロマンスの物語みたいだわ……!)
そういう意味ではないとわかっていても、くすぐったい気持ちになる。
ベルナールは、ダンジョン内の得体の知れない場所に閉じ込められたレティシアを、助けてくれるつもりらしい。
古代魔道具と遊んで楽しいし、別に外に出なくてもと思っていたのに、なんだか顔も心も温かくなった。
「殿下に、お返事できるといいんだけど……」
『おへんじできるよー』『できるのー』
「あら、そうなの? ――――あっ、あの歌の時みたいのはだめよ?!」
『
「ラタトスク? どなた?」
『ちょっとあれだけど でんごんがかりなのー』『ちょっとあれだけど でんごんしてくれるのー』
そんなことを言っている間に、画面の向こうにふわりと降り立ったのは、大きなリスだった。
ヒューゴと戦っているホーンラビットより大きい。レティシアは一瞬、しっぽの大きな
『マスターでんごんはー?』『なにいうのー?』
「え、ええ……。では、『ご無事に脱出できたようでほっとしております』と伝えてもらえるかしら?」
画面の向こうのラタトスクがひょこりと立ちあがり、何かを伝えたようだった。
ベルナールがあきらかにショックを受けて、持っていた紙をはらりと落とした。
「ちょ、ちょっと……何を言ったのかしらね……わたくし、そんなショックを受けるようなこと言ってないと思うのよ……」
『どうしたのかなー』『なんだろうねー』
「あっ、それでは『ご心配いただきありがとうございます。わたくしのことは気にせず、殿下を心配されているお国元へ早く帰ってあげてくださいませ』と伝えてもらえるかしら……?」
ラタトスクが何か言ったのか、ベルナールは腰のブロードソードを抜くとラタトスクに切りかかった。
「あああああ!!!! リスが!!!!」
『ラタトスクたいへんなのー!』『ラタトスクじごうじとくなのー!』
すばしっこく逃げるラタトスクに、すごい迫力で振りかぶる帝国の第二皇子がいた。
ベルナールが無駄にキレッキレな動きで、うっすら笑みを浮かべているのがまた恐ろしい。
画面の方にだんだん大きくなりながら向かってラタトスクは、最後にニヤリと笑って姿を消した。
「……今、リスが悪い顔していなかったかしら……?」
『してたかもー』『ひていできないー』
ラタトスクを逃がしてしまった代わりなのか、ベルナールがホーンラビットを一撃で
様になっている姿で剣を鞘に入れると、悲しそうな顔でこちらを見上げた。
そしてヒューゴとふたりで、画面の外に消えていった。
なぜそんな顔で見るのだろう。(なんとなく察するところはある)
レティシアはすごい罪悪感に襲われた。
「そういえば、さっき、ラタトスク自業自得って言ってたわね……?」
『ラタトスク ちょっとはなしもるのー』『ラタトスク ちょっともめごとすきなのー』
「…………」
なぜそんなのに伝言させた。
そもそもそんな生き物に伝言係をさせてはいけない。
魔物は本当に信用がならないと思うレティシアだった。
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