第16話 古代魔道具その2(コケーシ人形付の箱)
保温箱と戯れている間、レティシアは他のことを何もしていなかったわけではない。
巡回と称して、コテージの丘周辺の麦を刈り、野菜を刈り、果樹を刈り、動物を狩っていた。
麦は刈る前の姿はいつも同じなのに、ドロップするのは小麦粉、大麦、ライ麦粉とランダム。
野菜と果樹は刈る前のダンジョンクリーチャー姿の種類がいくつかあった。ドロップするのはまったく関係ないもの。ランダムでいろんな野菜と果実が落ちた。
動物は今のところ牛と鶏が出現している。牛を狩れば肉か牛乳が、鶏を狩れば肉か卵がドロップするので、バラエティ豊かな食卓となっている。
(卵が手に入るのはうれしいことね。野営焼きに欠かせないもの。牛乳もドロップするし、これでヨーグルトは安泰だわ)
レティシアは油を熱した浅鍋に、生地をジューッと流しいれた。
生地は小麦粉とライ麦粉と卵を混ぜ、薄くスライスした肉と細かく切ったキャベツを入れたもの。
これが野営の授業で習う“野営焼き”だ。
討伐に出なければならないほどの魔物は辺境に多く出現する。町などもない場所での食事をどうにかするために、これを覚えるのだ。
野菜は他の野菜や野草でもそれなりの味になるし、肉の種類も選ばない。栄養バランスもいい。簡単で公爵令嬢でも作れる料理なのである。
中等科に入学したばかりのころは、教科書通りに野生のウサギを獲って混ぜて食べていたことをレティシアは思い出した。
授業で習うので、国立シュタープ魔法学園の学生たちはウサギの解体ができるのだ。(ズルしてサボらなければ)
ウサギ肉はそれはそれでもちろん悪くないが、やはり牛肉の満足感は素晴らしい。
しかもここで獲れる牛肉は、公爵領の有名な牧場で育てたものくらい美味だった。
野菜を煮込んで作るという下町ソースをかけて食べると大変美味。これがないと野営焼きの美味しさは半減なので、みんな空間箱に忍ばせていたものだ。
(
濃い茶色の下町ソースの上から、黄色に輝くとろりとした卵ソースもちょっとだけかける。
レティシアはナイフとフォークを使い、はふはふと野営焼きを食べるのだった。
◇
午前は朝起きて身支度をしたら、ヨーグルト付きの朝食を食べ、巡回の狩り(刈り)に行き、昼食。
午後は保温箱で遊んだり、情報晶で観戦したり、空間箱に入れてある本を読んだりして、お茶を飲み。
その後まったりと食事を作って、夕食をとり、湯浴みをして就寝。
時々、地上のことや友人やベルナールを思い出しながら、レティシアは今までになくまったりと過ごしていた。
ある日、巡回の狩りにでた時のこと。
自慢の
「――――まぁ! また宝箱ですわ?!」
『またたからばこでたのー』『マスターとてもうんがいいのー』
もうひとつのドロップ品のリンゴを拾い、地面に鎮座する宝箱をカパッと開けた。
中から出てきたのは、銀色の妙な形の棒と、両手のひらに乗るくらいの箱。それらが紐でつながっている。
「また、よくわからないものが出てきたわ――――!」
『マスターうれしそうでよかったのー』『よかったのー』
レティシアは大事に抱えて、そそくさとコテージの研究室へ持ち帰った。
銀色の妙な形のものは、丸い球状のものに持ち手のようなものが付いて、遠国の土産物“コケーシ人形”に似ていた。短杖を太くしたようなものにも見える。
その持ち手の端から紐が伸び、箱へ繋がっている。
姿形を見ただけでは、なんの道具なのかさっぱりわからない。
箱には古代語で“ランラン♪音楽歌箱”と書かれている。
(音楽歌箱ということは、オルゴールみたいなものかしら)
「……そういえばこの形……情報晶の“🎤”印に似ているわ……」
箱と棒を眺めていても答えは見えないので、レティシアは箱にある魔石入れに小さい魔石を詰めた。
数字が書かれた回転式のつまみとスイッチがあり、スイッチには“切・声無・声有”とある。
スイッチを入れると、音楽が流れた。
「まぁ……! 素敵! 音楽と声が入ってるわ!! 歌よ!! どういう仕組みなのかしら?! 小さい人が入っているの?! ――――こっちにすると声が無くなるわ?!?! わたくしが歌えばいいの?!」
『おうたなのー!』『おうたなのー!』
銀色のコケーシ人形に似たものの方のスイッチを入れると、声が箱から大きく聞こえた。しかも、微妙にいい感じに響く。
「まあ!! これを持って歌えばいいのね?!」
『マスターすてき!』『マスターさいこー!』
ケサランパサランたちにねだられ、レティシア自身も歌うのは好きなので、音楽を聴き、覚えては歌った。歌いまくった。
歌って踊って気付くと3日が過ぎていた。
「――――いけない!! 楽し過ぎるわ!! だって曲が何曲もあるんですもの!!」
『たのしかったのー!』『もっとなのー!』
レティシアの得意曲“遥かなる精霊の森へ”や“精霊賛歌”もあった。
この銀のコケーシ人形を持って歌うと、声がぼわんぼわんと響いて、世界中のどこにでも届きそうな、自分が精霊になったような気分になる。
思わず気持ちを込めすぎて熱唱してしまった。
他にも異国情緒あふれる“ケット・シー音頭”とかいう曲は、聴いたことがないはずなのにどこかなつかしく、すぐに覚えてしまった。
そして歌えば、知らず体が動きケサランパサランたちとくるりくるりと回って踊っていた。
だが、さすがに歌い過ぎだ。
「最後に1曲歌って、やめようかしら……。あなたたち、どの曲がいい?」
レティシアはケセランパセランたちを見てやっと、彼らが落ち着かないことに気付いた。
せわしなくぱたぱたと跳ねている。
「あら……。どうしたの?」
『まえのマスターいるの!』『もとのマスターきてるの!』
「……まえのマスター……? え?! ベルナール殿下、戻っていらしたの?!」
いったいどういうことだ。
少しさみしい思いをしながら送り出したというのに、ベルナールが戻ってきているとは。
レティシアはランラン♪音楽歌箱を小脇に抱えたまま、不思議ドアへと駆けだした。
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