第三章 ダンジョンライフ
第14話 扉の外
ベルナールが光とともに消えて、部屋はまた薄暗くなった。
一気に温度が下がったような気がした。
「……殿下は無事に出られたかしら」
『まえのマスター もういないのー』『もとのマスター でたのー』
「そうなのね、よかった。あなたたちが帰る方法を教えてくれたおかげだわ。ありがとう」
『まえのマスター いてもよかったのー』『もとのマスター いてもいいのー』
ベルナールはずいぶんケサランパサランたちに好かれていたらしい。
レティシアもなんとなくわかる気がした。
真面目でまっすぐで優しくて、不条理にこんなところに飛ばされても前向きで。
“ありがとう”と何度も笑顔を向けてくれた。
そういえば異母妹からも元婚約者からも言われたことがなかったと、ベルナールにお礼を言われて初めて気付いた。
言われると、やはりうれしい。
そんな人となら、いっしょにいても楽しかったかもしれない。
レティシアはふわふわとする二体を見ながら、眉を下げた。
「そうね。でもあの方は帝国に帰さないといけない人だから……。代わりにわたくしと遊んでね?」
二体はうれしそうにぽふぽふと弾んだ。
王国内の貴族ならともかく、帝国の、しかも皇子がこの国で行方不明など、非常によろしくない事態だ。
従者のヒューゴとばったり会った時も、多分ベルナールを探していたのだろう。おおごとにならないように、ひっそりと。
戦争などになる前にベルナールを外に出せてよかった。
(それにしても、ヒューゴ様も魔法を受けていたなんて……。同じ魔法を受けて飛ばされた場所が違うということは、やはりあの魔法はダンジョンへ追放する魔法ではないということね。王家の秘術[永遠の牢]――――謎だわ)
レティシアもいっしょに出られたのなら円満解決でさらによかったのだろうが、入ってきた方の魔法陣に誰かが乗っていないと、出る方の魔法陣が起動しないとケサランパサランたちが言うのだ。
(ダンジョンとしては、マスターという役割の人をひとりは確保しておきたいのかもしれないわね)
ベルナールが外に出たことにより、レティシアにもメリットがある。
レティシアがここにいることを、誰かに伝えてくれるかもしれない。
無事に生きてることをセゴレーヌや友人たちが知れば、安心するだろう。
ベルナールに、出られるという説明をしてから出てもらえば、手紙なども預けられたかもしれない。けれども、ベルナールはレティシアを置いて出るということに、納得してくれるかわからなかった。
なんとなく「ひとりだけ出るなんてできない」と言いそうな気がしたのだ。
レティシアにとっては、ダンジョンの中にいること自体は悪いことではなかった。
むしろいい。
レティシアが研究している
こんな好機を逃す手はない。
「――――さぁ、扉の外に出ましょうか」
ベルナールが1年半以上暮らしていたというのなら、食料もあるのだろう。
いったいどんな暮らしが待っているのか。
レティシアは今度こそ、扉を開け放った。
◇
扉の向こうは、ゆるやかな丘が連なる風景が広がっていた。
青い空に浮かぶ日が傾きつつある。
丘の斜面一帯の麦の穂が風に揺れ、黄金色の波のようだった。
向こうの丘には、牛が一頭いてのんびり草を食んでいる。
エーデルシュタイン公爵領の郊外には穀倉地帯が広がっているのだが、そこから建物を抜いたような景色だった。
「……んー……。気持ちがいいわ」
目を細めるレティシアのとなりで、ケサランパサランたちはふわふわと舞った。
『マスターうれしい よかったのー』『よかったー よかったー』
出てきた扉を振り返ると、丘の上に扉とそれを縁取る枠だけがぽつんと建っている。
開けると、中はあの薄暗い部屋に繋がっているが、周りはのどかな風景だし、裏側は扉の裏側が見えるだけだった。
表側から取っ手を引いて開けた時だけ、あの部屋へと通じる。
なんとも不思議な扉だ。
レティシアは扉を“不思議ドア”、中の部屋を“情報晶部屋”と、勝手に名付けた。
不思議ドアを閉めて、もう一度丘の上からの景色を眺めた。
となりの丘の上には木があって、横に小屋のようなものがある。
(あれが、ベルナール殿下が住んでいた――――小屋? 木で作ったテントのような……。ずいぶん趣のある住処ね……)
寝床といった方がいいかもしれないそれは、寝袋くらいしか入らなさそうだし、外から丸見えだった。
夜であれば星空を眺めながら寝れるだろう。風流この上ない。
帝国の皇子に家を建てるスキルなどあるわけもなく、前にここに住んでいた人もアレ以上のスキルはなかったのだと思われる。
もちろん、レティシアにもない。
だが、ありあまる空間魔法の能力があった。
レティシアは周りをさっと見回して障害物がないことを確認し、空間箱からコテージを出した。ミニキッチン付きの自慢の2LDKだ。その横には浴室とトイレの建物も置く。
「住むところよし」
快適居住空間を確保して、散策に出ることにする。
高い丘の向こうや林の先を見てくるのも楽しそうだ。
麦畑が広がる斜面を下っていくと、ケサランパサランたちもふわふわとついてきた。
これだけ麦があればパンも作れそうだと一瞬思ったが、麦のままではどうにもならないことにも気づいた。
さすがの規格外空間箱にも、製粉機は入っていなかった。
「麦があっても、粉にできないと食べられないわよね……」
『こなになるよー』『こなになるのー』
「えっ?」
――――そう、ここはダンジョン。地上と勘違いするような景色だけれど、ダンジョンなのだ。
(刈ればいいのかしら。穂を刈り取るのは鎌だったわよね……)
公爵令嬢という存在は、普通、麦の穂を刈ったりはしない。けれども、領内の視察で見たことくらいはある。
レティシアは空間箱から
すると、麦の穂は消え、ぽんと麦粉の袋がドロップした。
これは麦型のダンジョンクリーチャーで麦がドロップするということのようだ。
「……便利ねぇ……」
『マスターべんりでよかったのー』『よかったのー』
「また生えてくるのかしら」
『はえてくるのー』『またあしたなのー』
一日で元に戻るらしい。
なんというか、便利過ぎて理解が追い付かない。
遠い目をしていると、先ほど見た牛が目に入った。
(ということは……まさかあの牛も…………?)
試した。
どうやら肉が足りなくなる心配もいらないようだった。
◇
野菜畑で鎌を振れば、キャベツが植えられナスが生っていたはずなのに、レタスとトマトがドロップした。
赤い実を付けた果樹に鎌を振れば、バナナと宝箱がドロップした。
「え…………えええええー……?」
『たからばこでたのー』『マスターうんがいいのー』
レティシアは呆然と宝箱を見つめた。
さすがにでたらめが過ぎるというものだ。
まず、野菜畑や果樹がダンジョンクリーチャーだというのはどういうことだ。
だが、ダンジョン内だし、ダンジョンクリーチャーでなければだめだというのなら、それは仕方がない。100歩譲ってもいい。
しかし、生っているものとドロップ品が違うのはいただけない。ナスを見たらナスを食べる口になるに決まっているではないか。
さらに果樹型のダンジョンクリーチャーからレアドロップするというのはどういうつもりなのか。
鎌ひと振りでレアドロップ。
今までダンジョンを深く潜って、強くレアなダンジョンクリーチャーを倒して倒して倒して、それでもごく稀にしかドロップしないというのに。
ちょろっと散歩して、鎌ひと振りでレアドロ。
それはちょっと違うのではないのかと、レティシアはダンジョンに小一時間問い詰めたかった。
(でも、中身がレアとは限らないわ。誰かのロストした武器や魔法鞄かもしれないし)
フィールドや階層主部屋に置いてある宝箱は罠が仕掛けられているが、ドロップした宝箱に罠はない。
フットスツールほどの大きさの宝箱をカチャリと開けると、つるりとした質感の箱が入っていた。
レティシアが見たことのない古代魔道具が、そこに鎮座していた。
レアドロップのお宝中の超お宝。
レティシアは問い詰めたかった過去を忘れた。
「素敵!! ダンジョン最高よ――――!!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。