第13話 裏切られた時はクマではなかった 2


 空間魔法の得意不得意が何によるものなのかが判明するまでは、闇の性質はよくないものとされていた。そのため、貴族の結婚において魔力量と同時に光の性質が強いかどうかも重要視されてきた。

 結果、高位貴族には光の性質が強い者が多いのだ。

 ベルナールも光の性質がかなり強いため空間魔法を使うのが難しく、空間箱はなかなか大きくならなかった。


 レティシアも高位貴族だ。次期エーデルシュタイン公爵。高位も高位、ヒラピッヒ王国では王家に次ぐほど。

 だが、空間魔法の能力に優れているということは、高位貴族にしてはめずらしく光だけではなく闇の性質もそれなりに持っているということである。


 ちなみに光の性質が強いのか闇の性質が強いのかは、暗闇に包まれた時にとっさに使う魔法でわかる。

 [光]を使えば光の性質が強く、[暗視]を使えば闇の性質が強い。


「――――レティシア・エーデルシュタイン、君は“暗闇の選択”で何を使う?」


「[暗視]ですわね」


「それなら、“光の選択”では?」


「[光減]ですわね」


[光減]は目から入る光の量を減らす、光魔法である。


「[影]ではなく?」


「ええ。周囲に働きかける魔法より、自分を変える魔法の方が手っ取り早いのですわ」


 手っ取り早いなど、普通の令嬢は――――少なくとも帝国の社交界にいるような令嬢ならば、使わない言葉である。

 だが、魔法学園の研究院生の言葉だと思えば妙にしっくりくる。


「おもしろいね。それであれば、魔力量も抑えられるか」


「言われてみれば、その通りですわね。あまり魔力量で考えたことはなくて、なんと言いますか――――とっさに使う魔法は、自分が楽になることを自然と選んでしまうという感じ……でしょうか」


 これが両方の性質を持つ空間魔法の使い手の感覚か。

 ベルナールはレティシアの華麗な魔法を、いつも焦がれるように見ていた。

 ――――稀代の魔法使い。

 そう言われるのも無理ない。

 どの魔法も優雅に自然に彼女から繰り出された。


 そんなレティシアから、帝国にいてはなかなか知ることができないだろう貴重な話を聞いている。

 用意してくれた料理は美味だし、ワインも合う。

 こんな気兼ねなく楽しい時間は何年ぶりだろうか。

 ヒラピッヒ王国へ来てから初めてかもしれない。


「ローストビーフをお取りしますね」


 ベルナールの空になった皿を見て、レティシアは追加で薄い肉をくるりと巻きながらきれいに盛り付けた。


「ありがとう」


「お口に合ったみたいでよかったです」


「うん。とても美味しかったよ」


「これはワールズエンド自治領にある“火蜥蜴とかげと煙亭”という店の料理なんですの。庶民的なお店なので、帝国の皇子がおかわりしたと聞いたらきっと店主が倒れてしまいますわ」


「そうか。それならここから出られたら、買いに行って挨拶をしないと」


「――――とどめを刺すのですね?! おもしろいですわ……! 殿下が冗談をおっしゃるなんて」


「ううん、冗談じゃなくて本気」


「本気なんですか?! それでは店主の心配をしておかないと……」


 ベルナールはおもしろいことを言ったつもりはなかったのだが、レティシアは軽やかに笑った。


「――――ではその時はぜひ、このタマネギのマリネも注文してくださいませ。いっしょに食べるととても美味しいですから」


「たしかに美味だね。そうしよう」


 なんとしてでも空間箱を大きくしなければならないと、ベルナールは決意した。

 この先、彼女といられる時間があるのであれば、空間魔法の上手な使い方を教えてもらえるかもしれない。

 いざという時でも、美味な料理を食べられるようにするのだ。

 大きい空間箱があれば、ダンジョン攻略もやりやすいだろう。

 ベルナールは、この部屋の情報晶でレティシアが戦うところを何回か見たことがあった。

 ベルナールが従者のヒューゴとパーティを組んでも、とてもたどり着けないような深い階層にレティシアひとりで挑んでいたこともあった。それは大きな空間箱があってこそなのだろう。


 そういえば、彼女を見た中で一番深い階層にいた時は、パストリア侯爵令嬢セゴレーヌと楽し気に階層主を倒していた。

 前衛に魔獣を何体か配置し、後衛の二人が魔法を使うというやり方だった。


「――――レティシア・エーデルシュタイン。実は、その情報晶で君の戦いを見たんだけど、君は魔獣使いなんだね」


 魔獣使い。帝国ではなかなか見ない職種だ。

 レティシアは、はっきりとわかるくらい赤くなった。


「……見られていたのですね。はしたないところをお見せして、恥ずかしいですわ……」


「え、いや、全く恥ずかしくなんかないよ。魔獣たちを操って勝利へと導く姿は、勇ましく美しかった……。いや、勇ましいというよりは、ただただ美しかったな。戦う芸術品――――輝きに満ちた妖精のようだったよ」


「……ぐふっ……と、とんでもございません……」


『マスターようせいなのー』『ようせいなのー』


 ケサランパサランたちもそう言ってふわふわと舞った。


『でもまじゅうつかいちがうー』『ちがうー』


「……違う? 見た限り魔獣をけしかけているように見えたんだけど……魔獣使いに似た別のスキルが存在するのか――――ああ、こういうのを聞くのはマナー違反だね。ごめん」


「いえ、気になさらないでください。他の者がダンジョンで戦うところは、パーティでも組まないと見れませんし、気になるのはわかりますわ」


「あまりに華麗で可憐で目を奪われるくらい素晴らしかったものだから、つい聞いてみたくなって。魔獣がくるりと回る姿はかわいらしいね。やはりマスターの姿に似るものなんだろうね」


「……ぐふぅ……。で、殿下……! も、もう、お許しください……」


 妙なうめき声をあげ、レティシアはそう言うと顔を背けてしまった。

 やはり女性たるもの、戦う姿について言われるのは恥ずかしいものなのだろう。あんなに巧みに戦うのだから、誇れるとベルナールは思ってしまったのだが。

 令嬢の戦いについて述べるなど、紳士にあるまじきことだった。悪いことをしてしまった。


「――――あの……ほめていただいたので、ひとつだけお教えしますわ。あの子たちは……魔獣ではなく、召喚獣なんですの」


(ほめたつもりはなく、事実を述べたまでだったんだけど――――召喚、獣?)


 召喚といえば悪魔や動く死者アンデッドなど、生命のない魔物を呼ぶものだ。召喚魔法の授業でもそう習う。

 生物である魔獣を召喚できるなど、初めて聞く話だった。

 レティシアくらい空間魔法が得意だと、一般的な魔法の常識ではありえないことができるものなのだろうか。

 召喚魔法も、空間魔法の一種だ。ベルナールは空間魔法があまり得意ではないため、召喚魔法も使ったことがないからどういうことなのかさっぱりわからない。


 詳しく聞こうとする前に、レティシアが口を開いた。


「そ、それよりも、殿下にお聞きしたいのですが、こちらでは家のようなところに住んでいらっしゃるのですか?」


「前に住んでいた者が建てたらしき小屋があるんだよね。寝袋だけは空間箱に入れていたから、そこで暮らしている」


「貴重品などは空間箱に?」


「そう。出す必要もなかったし。小屋にあるのは食料だけ…………っ! そうか、この先は君も住むところが必要だな…………」


 ベルナールは大変なことに、今、気付いた。

 今後、レティシアもここに住むのだ。

 未婚の男女がふたりきりで同じ家に住むなど、ありえない。しかも、あんな小さい小屋に。

 これは当然、自分が小屋から出て野宿をするべきだろう。


「俺は小屋を出るから、君が住むといいよ」


「いえ! 大丈夫ですわ! わたくしは寝る場所も持ち歩いていますの。それに殿下には、地上に戻っていただきますわ」


「それは戻れるものなら戻りたいが……」


 一年半の間、ベルナールはいろいろ探ってみていた。

 だが手掛かりは見つかっていない。


「食事も済んだことですし、見ていただきたいものがあるのです」


「見ていただきたいもの?」


 レティシアは立ち上がると、部屋の隅へと歩いていく。


「――――この魔法陣なんですが…………」


「入ってきた時とは違う方の魔法陣だね」


「ええ。部屋の向こう側にある飛ばされた時の魔法陣と、対になっているようなのです」


「そうだね。俺も似ていると思っていた」


「ちょっとこちらに立っていてもらえますか。多分、帰ることができると思うのです」


「帰る――――? どういうこと?」


 ベルナールを魔法陣の中に立たせると、レティシアは部屋の反対側の魔法陣へ向かった。


「――――ベルナール殿下。あなたはここにいていい方ではありません。お話しできてよかったです。お元気でお過ごしくださいね。無事に帝国へお帰りになられることを祈ってますわ」


「待って! それはどういう――――――――」


『さよなら、まえのマスター』『さよなら、もとのマスター』


 ベルナールがわけもわからず呆然とする間に、レティシアは魔法陣の中へ入った。

 振り向いた顔は、泣き笑いのように見えた。

 そちらへ駆け出そうとした瞬間、魔法陣が放つ光が視界を奪った。


(――――あの時も……マルティーヌに魔法をかけられた時も、こんな光が放たれていたっけ…………でも、こんなふうに胸は痛くなかった――――……)


 そしてベルナールの視界は暗闇に閉ざされた。





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