第8話 子爵令嬢は見た
シャイナは子爵家の娘だが、ダンジョン探索で生計を立てている。
実家のペンペーム子爵領は、目立った観光地も特産品もない地味な領だった。借金がないことは救いだったが、毎年収支はトントンだ。
そんな事情で、子どもたちの持参金を十分に用意することもままならないため、子ども自身が稼がなければならなかった。
この国では男女問わず正統な血を引く第一子が、家を相続することとなっているので、第二子以降はどうやって生きていくか考えないとならない。
第二子の姉は、市井で商売を始めた。露店から始まり、小さい雑貨店、いっぱしの商店を経て、今では何店もの店を持つオーナーに。そして国内でも名の知れた商会の会頭と結婚した。
第三子である兄は国の騎士となり魔物討伐でお金を貯め、ついでに名声も高め、
そして第四子であるシャイナは魔法使いの冒険者だ。
お金は順調に貯まっているが、今のところ結婚相手の影すら見えない。
ちなみに第一子の兄は嫡子だからとあぐらをかき、何もしていないので貧乏なままである。
持参金というのは結婚する双方が用意しておく個人の資産なため、家に来てもらう立場でも必要だというのにだ。
当然、長兄は三十路に突入しても結婚のけの字も見当たらない。
継ぐべき領はないが若くてお金があるシャイナと、どちらがマシだろうか。
そんな小金はあるけど恋がないシャイナは、魔物討伐要請により地方へ行くこともあるが、普段はワールズエンド自治領で暮らしている。
その名が示す通り、ダンジョン・ワールズエンドを中心とした、冒険者ギルドが主体となり領長を立て運営している領だ。場所は王領とエーデルシュタイン公爵領に挟まれており、王都も領都も近く便がいい。
魔力を多く持つ子どもが通う魔法学園では、卒業試験にダンジョン・ワールズエンドの単独攻略というのがある。
卒業できるかどうかがかかった大事な試験なため、生徒たちは本番以外に練習でもダンジョンに通う。
なのでこの町は学生も多く、ダンジョン探索にはまってしまった卒業生も多い。
町も人も雑多だが居心地がいいのは、シャイナと似たような境遇の令息令嬢が多いからかもしれない。
冒険者ギルドのギルド舎へ入り受付カウンターへ進むと、職員が笑顔を向けた。
「シャイナ、こんにちは。ダンジョンの入場登録でいいの?」
「うん。よろしくー」
今ではすっかりと見た目も言葉遣いも冒険者そのもの。
保証金に金貨7枚、手数料に銀貨3枚を払い、身分証の首飾りをカウンターの端末晶へかざした。
保証金というのは、死に戻り(死んでない)した時の治癒薬・回復薬代なので、生還すれば返金される。
金貨7枚はシャイナの家賃や食費を含めた1か月分の生活費と同じ。貧乏子爵令嬢にはなかなか高価なので、ダンジョン内で危険は冒さないと決めている。
入場登録を済ませ、シャイナはそのままダンジョンへ向かった。
ダンジョンの入り口は、冒険者ギルドの前に立つ巨木の
身分証を入り口の端末晶へかざし、樹洞の中へ入った。
中は貴族の屋敷が一軒まるまる入りそうなくらい広い。
ここが、ダンジョン・ワールズエンドの0階層となっている。
その中央付近にある板張りの下り階段が、ダンジョンの入り口だ。これを下りていくとダンジョンの1階層セーフティーエリアにたどり着く。
少し離れたところにある白いモヤが出口ゲートだ。
いつ死にかけの体が排出されるかわからないので、ギルド職員が二名常駐している。
「いってらっしゃい。シャイナ」
「ありがと。いってくるね」
ギルド職員に手を振り、シャイナは階段を下っていった。
◇
風系の魔法を得意としているシャイナは、沼地エリアを狩場にしている。
沼地では火系と地系の魔法は威力がだいぶ落ちる。周りに水がある分、水の魔法は威力は増すが、そこにいるダンジョンクリーチャーたちは水に強い。なので風系の魔法が有効というわけだ。
ただあまり宿泊には向いていないので、狩場としては不人気だった。
湿気が多く水分が多めなフィールドは、自分以外の生物が入れない結界の他に、何かしらの防水対策が必要になる。
シャイナは安価な防水シートを重ねて敷いたうえに強化の魔法をかけ、その上にテントを載せている。正直あまり居住性はよくない。
そろそろフィールドで野営するのも疲れてきていて、セーフティーエリアでゆっくり休みたいところだった。
(今日は階層主を倒して、次の階層のセーフティーエリアに泊まることにしようかな)
シャイナはフィールドを踏破し、先客のいなかった階層主エリアへ突入した。
短杖を構え、鎌首をもたげるジャイアントスネークに、風系魔法の[麻痺]の
次に、精霊句を唱えて[風刃]を発現させておく。
だいたいの場合は三つ、個体によって少し体力のあるものならもうひとつ追加で倒せるはずだった。
だが[麻痺]が効いたはずのジャイアントスネークが、いきなり鳴き声をあげたのだ。
『τωrοοο~ τωrοοο~』
まるで歓喜の舞のように、銀色の巨体はくるりくるりと回り出した。
(な、なっ――――――――?!?!)
そして、驚くシャイナに、「シャ――――ッ!!」と襲いかかってきた。
用意していた[風刃]を全部放ち、ジャイアントスネークを後退させ、そこからは時間勝負だった。
再び迫ってくるまでの間に、限界の速さで次々と[風刃]を発現させては放った。
必死で精霊句を唱えてワンドを振りまくり、軽くなった気配にはっと気付くと、巨体が沼へ倒れ込んだところだった。
ふわっとジャイアントスネークは消え、ドロップ品が残されていた。
――――蛇の皮、蛇の肉、蛇の牙、魔石2。
(ドロップ品多い! 魔石が2個ある! ――――うれしい。うれしいけど! この強さじゃ、わりに合わないよ!)
ドロップ品を慌てて拾ったシャイナは、階層主が倒されたことで開いた扉から急いで脱出した。
そして下り階段と出口ゲートがある小部屋で、安堵のため息をついて座り込んだ。
焦った。久しぶりに、死ぬ気で戦った。
さきほどのジャイアントスネークの様子は、一体なんだったのだろう。
『τωrοοο~ τωrοοο~』
と鳴いてくるりくるりと回っていた。
それからすごく強くなったのだ。
(――――あの動きと鳴き声…………どこかで見たような――――?)
今日はもう下の階層へ進む気になれず、出口ゲートの白いモヤの中へ入った。
0階層に戻り、シャイナは呆然とした。
目の前には生体下着姿で横たわる体、体、体――――……。
そこには、阿鼻叫喚死屍累々(まだ死んでない)の史上最悪な光景が広がっていたのだった。
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