第二章 ダンジョン深部の先住物たち
第7話 先住物その1(ほこり)
レティシアは魅惑の堕落生活に別れを告げるべく、部屋に出していたものを空間箱にしまった。
そして一つしかない扉をそっと開ける。
元々、わりと慎重な性格だったが、出会いがしらの
細く開けて、向こうを見る――――と、何かが隙間に突撃してきた。
とっさに扉を閉めるが間に合わず、何かは隙間から入り込んでしまった。
見れば細い隙間から入って来れるほどの、もふもふした白い――――。
「――――ほこり?」
『ほこりじゃないー』『じゃないー』
こぶし大の白い毛玉が、ぽふぽふと二つ浮いていた。ふわふわとした毛の中に、つぶらな茶色の瞳が付いている。
“まっしろしろーぬ”とでも名付けたくなるような姿だった。
「あら……おしゃべりができるなんて、なまいきなほこりね」
『ほこりじゃないもんー』『マスターひどいー』
白い毛玉はぽふぽふとぶつかってくるが、ふわふわかわいいだけである。
「もしかして、ケサランパサランなのかしら? 初めて見るわ」
『マスターはじめましてなのー』『なのー』
ケサランパサランは、魔物の一種だ。
魔物というのは、生物とは違い生と死に縛られていないものをそう呼ぶ。
例えばアンデッドやガーゴイル、幻獣などがそれらだ。そのような分類上、オークやゴブリンなどの食物を摂り生きるものは、魔獣の一種となっている。
魔物といっても国を揺るがすような魔物から、害がなく古くから人々の近くにいる魔物までいろいろといるわけで、ケセランパセランは後者の魔物だ。
羽がついた小さい人型のピクシーなども珍しいが、それよりももっと珍しく見たら幸せになれると言われている。
「話に聞いたことはあったけど、本当にふわふわなのね。はじめまして。よろしくね。――――でも、マスターというのは、どういうことかしら?」
そういえば、情報晶に初めてさわった時も、マスター・レティシア・ブルーメ・エーデルシュタインと言われた。
召喚魔法の使役魔は呼び出した者をマスターと呼ぶが、それと同じということだろうか。
『マスターなのー』『みんなのマスター』
「みんなのマスター? みんな?」
レティシアの頭に、ケサランパサランがひしめいている光景が思い浮かんだ。
『おはなししてほしいのー』『みんなまってるのー』
ケサランパサランたちはふわふわと飛びながら、レティシアを情報晶の前に誘導した。
画面上では相変わらず名前が動いている。
真っ白のふわふわボディは、よくわからない小さい印“🎤”の前で『これこれ』と跳ねている。
「この印に触ればいい? おはなしって……何を話したらいいのかしら」
『おうたでもいいのー』『むしろおうたがいいのー』
(歌ならまぁなんとか……)
歌は得意だ。
レティシアは🎤に指で触れた。
すると🎤の横の“音声”の部分に“【全域】”という文字が表示された。
どういうことかよくわからないが、ねだられるままに「遥かなる精霊の森へ」を歌い始める。
すると、ケサランパサランが鳴き声をあげてくるりくるりと回り始めた。
『τωrοοο~ τωrοοο~』
楽しそうな姿に、レティシアはさらに朗々と歌い上げる。
ふと画面を見ると――――動いていた名前がどんどん消えて少なくなっていた。
「ちょ、ちょっと! 名前が消えていってるのだけど?!」
『みんなおうたうれしいのー』『はりきったのー』
『ビジーモードニ 移行 ルームカメラ起動制限シマス』
『生体動力8% 魔力15% 摂取シマシタ――――生体動力残1%生体6体 排出シマス』
『生体動力6% 魔力11% 摂取シマシタ――――生体動力残1%生体5体 排出シマス』
『生体動力13% 魔力24% 摂取シマシタ――――生体動力残1%生体 11体 排出シマス』
「ひゃぁぁぁぁぁあ!!!! 大量虐殺よ?!!!!!」
公爵令嬢としてだめな声が部屋に響いた。
『ごはんいっぱいなのー』『すばらしーのー』
一瞬、ケサランパサランのつぶらな目が、カッと赤く細まったように見えた。
「い、いま、あなたたち、なんか悪い顔してなかった……?」
『きのせいなのー』『なんのはなしなのー』
「そう、そうよね……ごめんなさい。ちょっとびっくりして見間違えたみたい」
今ごろダンジョン出口には、死に戻り(死んでない)の大群が出現しているのだろう。
ギルド職員たちの慌てる姿を想像し、レティシアは心の中で謝った。
歌はいけない。
ケサランパサランの話から推測するに、みんなというのはダンジョンクリーチャーのことのようだ。
“音声【全域】”は、ダンジョン内全体に音が聞こえること。
レティシアの歌がダンジョンクリーチャーたちに聞こえ活性化して、大量虐殺(死んでない)に繋がったと思われる。
「……わたくしの声は、冒険者たちには聞こえたのかしら」
思わずつぶやくと、ケサランパサランたちがぽむぽむと弾んだ。
『きこえないのー』『ないしょなのー』
「そうなのね。教えてくれてありがとう」
もし歌が聞こえていたら、セイレーンや女魔王がダンジョンに降臨したと言われること間違いなしである。
さらに声から素性がばれれば、今度こそ本当に魔牢からの捕縛からの処刑――――――――。
たしかに、歌ったのはレティシアだ。だから悪いのは自分ということで、仕方がない。仕方がないが――――まさか歌っただけで、こんなことになるとは思わないではないか。
情報晶の扱いや操作は、くれぐれも気を付けようとレティシアは肝に銘じた。
(倒してしまったみなさま! 本当にごめんなさいね!!!!)
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