第6話 王子は因果応報なんて言葉を知らない


 婚約破棄を言い渡したストーリッシュは、大勢の招待客が見守る中、目障りな婚約者を魔法で消した。


 今日は、自分の誕生日。祝いを述べに友人たちが、たくさん来てくれている。

 そんな中、不敬な罪人である婚約者を華麗に断罪した自分は、本当の主役だった。

 王家の特別な魔法は素晴らしい効果で、婚約者を完璧に消し去った。魔法を放ったストーリッシュは自らに酔いしれた。


 レティシアは最後に抵抗したようだったが、魔牢の中で魔力ごと閉じ込められていては、いくら強力な魔法使いでもひとたまりもなかっただろう。

 当代一の魔法使いだの稀代の魔法使いだのと、もてはやされていたレティーシア・ブルーメ・エーデルシュタイン。あっけない最後だった。

 夫人教育も受けず、研究院などにしがみついている恥知らずの公爵令嬢。

 消えてくれて本当に清々した。


 周りの皆から注目され、ストーリッシュは大変いい気分で、次の婚約者であるローズ・エーデルシュタインの腰を抱いた。


「さあ、ローズ。邪魔者はいなくなったことだし、夜会を楽しもうではないか」


「そうね、リッシュ! 早くダンスしましょう~」


「で……殿下……!! レティは?! レティをどこにやったんですか!!!!」


 殴りかかる勢いでパストリア侯爵令嬢セゴレーヌが詰め寄ってきた。

 他にもレティシアのとりまき令嬢らが、非難がましい目でストーリッシュを見ている。


「さぁ、どこだろうな? 王家の秘術を使ったのだ。簡単に出てこられる場所にはいないぞ」


 おちょくるようにストーリッシュは言ったが、本当は自分もどこに飛ばしたのか知らなかった。

 姉であるマルティーヌ・リラ・ヒラピッヒの言った通りにしただけ。


「――――そうですか。それが王家のやり方ですか」


 セゴレーヌは怒りに燃える瞳で、ストーリッシュをにらみ、マルティーヌへ視線を移した。

 マルティーヌは扇子で口元を隠し、見下すようにセゴレーヌと対峙していた。


「――――何か? セゴレーヌ?」


「いいえ。あなたとは口をきくつもりもございません。マルティーヌ殿下。――――これにて失礼いたします」


 セゴレーヌがそう言い捨て、令嬢ばかりの華やかな一団は宮殿から出て行った。

 周りの視線も心なしか冷ややかでとげがある。

 第二王子の誕生日の夜会だというのに、おめでたい雰囲気はまったくなかった。


「セゴレーヌったら、不敬だし無礼よね! 夜会の前に帰っちゃうなんて! これだから辺境の貴族は……」


「いいんだ、ローズ。おまえがいれば充分だ――――ああ、皆の者。騒がせて悪かった。今日は夜会を楽しんでいってくれ」


 ストーリッシュはそう言ったが、広間のぎこちない雰囲気が戻ることはなかった。



 ◇



 数日後、エーデルシュタイン公爵がローズを伴ってストーリッシュのところへ訪れた。

 顔色は悪く、以前よりもやつれているように見えた。


「殿下。レティシアとは婚約者同士であることだしと大目に見ておりましたが、そろそろ娘を返していただけますか。領の仕事が滞ってきておりまして」


「はぁ? エーデルシュタイン公、レティシアとは婚約破棄をしたぞ。次の婚約者はそこのローズだ。公もその方がうれしいであろう?」


「ほらぁ、お父様。リッシュもそう言っているじゃありませんか~」


「ローズと二人で何をおっしゃっているのですか。たしかにローズは私のかわいい娘です。とりすました先妻の娘よりもかわいい。しかし、エーデルシュタイン公爵を継ぐのはレティシアでございます。あれと婚約破棄してローズと結婚されると言うのなら、爵位はどうされるのですか。どう暮らしていくおつもりですか」


「そんなものはレティシアがいなくなったのだから、ローズが公爵家を継げばいいじゃないか」


「……………………レティシアが、いなくなった? どういうことでございましょうか…………?」


「ああ、王宮の夜会で暴言を吐き、攻撃しようとしたからな。魔牢で捕らえたうえで王家の秘術で消したぞ」


「…………殿下、そのような冗談は困りますよ。ははは……。びっくりするではありませんか」


「冗談ではない」


「……冗談では、ない…………? 魔牢を使ったですと?! 陛下は?! 陛下のご許可があってのことでございますか?!」


「いや、そんなものはないが」


「……なんということだ……。レティシアがいなくては、エーデルシュタイン公爵家は存続できないというのに…………!」


「なぜだ。娘が二人いるのだから、問題ないだろう」


「ああ、もう本当に……何をおっしゃっているのですか! エーデルシュタイン公爵家は先妻の……レティシアの母の家なのですよ?! レティシア以外が継げるわけがない! 私だってエーデルシュタイン公爵と形式上呼ばれておりますが、レティシアが結婚して爵位を継ぐまでの、ただの後見人でございます! あれがいなくなったとあれば、エーデルシュタインの遠い親戚から養子をとるか、下手したら爵位返上……」


 エーデルシュタイン公爵は元々悪かった顔色をさらに酷くし、頭を抱えた。

 そこでストーリッシュはやっと自分が何をしてしまったのか知った。


「お父様……わたしは公爵家を継げないの……? わたし、どうなるの……?」


「レティシアがいれば公爵の妹でいられたものを……! このままでは、お前はせいぜい私の兄である伯爵の姪としか名乗れぬ! ああ……こんなこと……公爵領にいるアーデルヘルム様がお許しにならない……。殿下、レティシアをお返しください……。草の根をかきわけてでも探して返してください! エーデルシュタイン公爵家は王家に抗議いたします!!」


 大変なことになった。

 ストーリッシュも、エーデルシュタイン公爵と同じくらい顔色を悪くして、立ちすくんだ。


(……姉上が、あの魔法陣を使えと言ったから…………そうだ、姉上がいる! 姉上ならレティシアの居場所がわかるはずだ!)


 部屋を飛び出し、マルティーヌの居住区へ向かった。

 先触れもなく無礼に押し入ったストーリッシュを、ソファでくつろいでいたマルティーヌは何の感情もない目で見た。


「……姉上、レティシアはどこにいるのですか?! レティシアを返してください!」


「何を言っているの? そんなの知らなくてよ?」


「――――知らない…………? 何を言っているんですか、姉上! そんなわけないでしょう?! 姉上は使ったことがあるのでしょう?! あれはどこへ転移させる魔法陣だったのですか?! レティシアを、早く返してください!!!!」


 ストーリッシュがこうやってわめけば、誰かがなんとかしてくれた。

 だが、血のつながった本当の姉は冷ややかな声で告げた。


「だから、知らないと言っているじゃないの。わからない子ね。だいたいその魔法を使ったのはあなたでしょう? わたくしの知ったことではなくてよ?」


 そう言ったマルティーヌは、優しげにも見える笑みを浮かべている。

 となりに座るどこの誰とも知れぬ優男が紅茶のカップを手渡すと、マルティーヌはゆったりとした仕草で口に運んだ。


「姉上が……姉上が言ったから……」


 エーデルシュタイン公爵は、レティシアを返さないと王家を訴えると言っていた。

 訴えられるとどうなるのか、ストーリッシュにはさっぱりわからないが、父である国王陛下の耳に入るのは間違いない。

 かばってもらえるのだろうか。怒られるか――――王家から放逐か。国外追放か。――――処刑か。

 まさか、レティシアがいなくなったくらいで、処刑したりはしないと思うのだが、エーデルシュタイン公爵の取り乱し様を思い出し、ストーリッシュは自信がなくなっていく。


「た、助けて……姉上、助けてください…………姉上!!」


 マルティーヌは、何も聞こえなかったように一顧だにともしなかった。


「姉上が!! ――――おまえが言ったんじゃないか!! この魔法を使えばいいと!! おまえのせいだ!!!! レティシアを消したのはおまえだ!!!!!!!!」


 ストーリッシュはカッとなり、ソファに座っている姉に殴りかかったが、当然のように護衛に取り押さえられた。

 両手をうしろで拘束され、頭を床に押し付けられる。


「――――ねぇ、どうしようもない愚かな弟。よく考えてみて? どうしてわたくしが、大して仲良くもない弟を助けてあげなければならないのよ? いつも遊びに行っている、エーデルシュタイン公爵家に助けてもらえばいいじゃないの。親しいなら助けてくれるんじゃなくて?」


 顔が見えない姉の言葉が、胸を刺した。


(――――そうだ、何かあった時に助けてくれたのは、いつもレティだった――――……)


 ストーリッシュは、レティシアに何をしてもいいと思っていた。どうせ許してくれるし助けてくれる。

 だが、それさえも見下されているようで気に入らなくなっていった。

 魔法も成績も学園での評判も、何もかもかなわない。周りからいつも比べられ、馬鹿にされているような気がした。

 レティシアがいるから、ストーリッシュは出来が悪いと言われるのだ。

 となりにいるのがローズであれば、優秀な第二王子と言われるだろう。

 その考えは年々強くなり、自分自身で婚約と解消ができる成人になった時、それは決行された。


 さりげなく助言をくれたマルティーヌの言葉通りにやった。魔牢も姉に言われたとおり、警護団副団長に実地練習の場を与えると言って手配させた。

 レティシアがどこにいったのか、どうなっているのか、気にしていなかった。

 マルティーヌや他の誰かが、どうにかしているのだろうから自分には関係ないとストーリッシュは思っていたのだ。

 今までそれで困ったことなどなかった。レティシアが何も言わずにやってくれていたから――――。


(――――そのレティを、俺が消した。あの鋭く光る魔法で、俺がレティを消したのだ――――もう誰も助けてはくれない…………)


 床に押さえつけられたまま、ストーリッシュは深く絶望した。





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