第5話 お姉ちゃんは心配性
(いけない、いけないわ。そろそろ状況把握などして、現実を見ないと)
ここは、きっと“ダンジョン・ワールズエンドのどこか”だ。
そうだとして、どうしても脱出しないといけない。――――という気持ちは、実はない。
ここには研究している
でも食料だってワインだってそのうち尽きるから、生きていく方法を見つけないとならないわけで。
この部屋には扉がひとつだけ付いている。
状況を打開するなら、そこから出ることになるだろう。
とりあえずレティシアは湯浴みをし、着替えることにした。
身分証のペンダントは湯あみの時も外さないようにしている。
これは生体データを取り込んでいる魔道具で、いつも身につけておかないとならない。
体の一部とみなされるらしく、ダンジョンで死に戻った(死んでない)時もなくなることはないのだ。
そして、ここがダンジョンの中だというのなら、生体下着を身につけなければならない。
生体下着には、体の一部だと偽装する魔法陣が編みこまれている。
これがあるから、死に戻った(死んでない)時でも、素っ裸は避けられるのだ。
現在は発見するギルド職員の心の平安のため、ダンジョンに入る時は身につけることが義務化されている。
元々は高度な技術を使われた高価なものなのだが、冒険者ギルドの補助があり、お手ごろ価格で手に入るのだ。
レティシアは、下着姿で発見されるのも我慢がならないので、その上に着るアンダーシャツやスパッツも生体服で特注した。
なかなかのお値段だが、ドレスを買うよりずっと有意義というもの。
ダンジョンに入る貴族の令嬢たちは、みなだいたいこれらも着ている。
その上にゆったりとした普通のシャツ、革のビスチェとパンツ。
そして腰のベルトには、愛用の“宵空の短杖・ラーズワルド”を差しておく。
これがレティシアの標準ダンジョン装備だ。
身支度を整え、気持ちもすっきりさせたレティシアは、朝食用のヨーグルトを出した。
朝食にヨーグルトは外せない。
なんとなくもっさりした朝でも、気分によって好みのジャムやハチミツをかければ美味しくいただける。
普段は朝食にヨーグルトだけということはない。
家で料理人が出してくれるのは、パンにハムにオムレットなどの卵料理に自家農園で採れた生野菜にフルーツ、オレンジジュースとハーブティー、それとヨーグルトだ。
野営の時だって、パンに卵を焼いたものやチーズを載せたものと、ヨーグルトを食べる。
レティシアは、わりと朝からがっつり食べられる派だった。
だが、ここで食べ物を補給できるかどうかわからないので、温存することにしたのだ。
ヨーグルトも気持ち控えめに盛り、ハチミツとマーマレードをかけて、情報晶前のカウンターへ置いた。
画面では相変わらず、名前が右から左へと移動している。
三日間見ていて気付いたのは、一番左が階層主の部屋の位置らしく、そこを戦って抜けた人はひとつ下の段の右端に名前が現れるということだ。
ようするに、この名前が動いている画面は、階層主の部屋までの近さがわかるということ。
それともうひとつ。
人がいない階層の情報は映らないということ。
何階層まであるのかは、残念ながらこれで知ることはできないらしい。
ダンジョンとは不思議な存在だ。
古代文明の遺跡だという説もあれば、ダンジョンという生き物だという説もある。
いろいろと知った今、ますます不思議。
[永遠の牢]と呼ばれていた魔法陣が、なぜダンジョン・ワールズエンドに繋がったのか。
考えたけれどもさっぱりわからなかった。
対になっていない転移魔法陣はありえない。
ストーリッシュが使った魔法陣もこの部屋の床に描かれた魔法陣も、それぞれ違う見たことのない知らない魔法陣だった。
そのふたつの魔法は繋がっていないということなのだろうか。
例えば何かの手違いでこういう結果になったというような。
(わからないわ……。まぁ、ここはダンジョンだし、人知の及ばないことも起こるかもしれないわよね……)
ダンジョンは昔からあるというのに、まだまだ謎な存在だ。
何を考えたところで、推測にしかならない。
レティシアはヨーグルトを食べ終え、立ち上がって伸びをした。
(それにしても、婚約破棄なんて――――――――)
レティシアはやっと、ここにいる原因になった婚約破棄騒動について考える気になった。
かわいがっていた
その事実に向き合うのを逃げていたのだ。でも心のどこかで気持ちを重くしていた。
――――魔牢で捕らえられ、得体のしれない魔法を向けられた――――。
まさかそんなことをされるとは、思いもしなかった。
ものごころついたころには、ローズは
レティシアの母は産後の肥立ちが悪く、レティシアが一歳になる前に亡くなった。そのすぐ後に家に来た後妻が生んだのがローズだ。
ストーリッシュも幼いころに婚約を決められてから、何かと王都にある公爵家の別邸に遊びにきていた。
小さいころは「お義姉ちゃま、お義姉ちゃま」「レティ、レティ」とまとわりついていたものだ。
かわいくて、レティシアは本当の家族だと思ってふたりを大事にしていた。
それが
守るべき庇護する者だと思っていた。見下していたつもりはないが、そうとられても仕方がなかったのかもしれない。
レティシアはふたりに対しての態度を間違えたのだ。
異母妹と元婚約者は結婚すると言っていた。
(あの子たち、貴族籍だけの収入もない身分で、どうやって暮らしていくつもりなのかしら……。大丈夫なのかしら……)
レティシアの心配は尽きない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。