第4話 堕落する公爵令嬢
レティシアがフンドシ隊を思い出し、高原スナギツネのような顔になっている間に、情報晶は名前が動いている画面に戻っていた。
そしてすぐにまた数字が点滅する。
“16”とある。
レティシアの指が触れると画面が変わり、沼地のような場所が映された。
ワールズエンド16階層の記憶と一致する。
右側に映っているダンジョンクリーチャーは、
正面から向かってきたのはペンペーム子爵家の令嬢、シャイナだった。
(――――知っている人が来たわ――――!!)
レティシアはにわかに盛り上がる。
シャイナは魔法使いらしく全身革装備で登場した。
腰から抜いた短杖を構え、一振り。
ジャイアントスネークを麻痺状態にしたようだ。巨体がその場でひくひくとしている。
そこからシャイナは[風刃]を三個発現させ、飛ばした。
立て続けに同じ部分を襲った刃が、ジャイアントスネークの首を斬り落とした。
巨体がどうと倒れこむ途中でふわっと消え、肉と皮と魔石がドロップした。
シャイナは大変いい顔でそれ拾って、画面の外へと消えていった。
(シャイナ、うれしそうだったわ! ジャイアントスネークをあんな風に仕留めていたのね)
[麻痺]も[風刃]も精霊魔法の一種、風魔法だ。
精霊魔法というのは精霊語で精霊に呼びかけ、精霊の力を使って発現させるというもの。とはいえ、精霊の姿が見えるわけでもなく、呪文を唱えると魔法が使えるという感覚が一般的だった。
精霊魔法はたいがいの場合、このように精霊語の呪文“
場に定着させて使う魔法や、発音がわからない場合は魔法陣を描くことになる。
[風刃]は威力は大きくないけれども、使う魔力は少なく呪文が短いので、発現も早い。数で調整すれば魔力が節約できるということだ。
(オーバーキルにならない最小限の労力で倒すとか、勉強になる……。一度くらいパーティを組んでおくべきだったわ。それにしても知っている人だと応援したくなってまた楽しいわよ!)
名前が動いている画面に戻り、レティシアはふうと息をついた。
興奮が冷めてきて肩の力が抜けると、急にお腹が空いていることに気付いた。
(腹が減っては魔物は倒せぬって言うし、わけのわからないこんな時だからちゃんと食べないといけないわね)
空間箱から白ワインとパンとローストチキンを一皿取り出す。
思えば、夜会で何かつまもうと思っていて、何も食べていなかった。お腹も空くというもの。
このローストチキンは王都の“
粒マスタードと、付け合わせに温野菜も出した。
グラスにワインを注ぎ、精霊に感謝の言葉を捧げて、一口飲む。ブドウの香りが鼻から抜け、すっきりとした酸味と辛さが喉から全身に染みわたった。
(はぁ……。美味しい……。今まで気付かなかったけど、喉が乾いていたんだわ……)
パンと肉をゆっくりと食べ、レティシアはやっと人心地がついた。
まだ、先ほどの
けれども、知らず緊張してこわばっていた心と体が、やっと柔らかくなってきて動き出したような気がした。
やはり人はお腹を満たさないとだめだ。
また情報晶の画面の中では数字が点滅している。
(次はどんな戦いかしら……?)
レティシアは嬉々として指を伸ばした。
◇
画面の前でレティシアがハッと気づくと、三日が過ぎていた。
(――――これはいけない。はまってしまう――――!)
次から次へと階層主部屋での戦いがあり、観戦しているうちに時間が経っていたのだ。
いろんな戦いがあった。
倒れる者は少なかったが、時々見た。レティシアは「早く元気になりますように……」と手を握りしめながら、もやに巻かれる姿を見送った。
そしてやはり知り合いの姿が映ると、盛り上がる。
これが、下町言葉で言うところの、“沼”というものに違いない。
離れられない、
立ち上がって、伸びをした。
部屋の隅の方には、空間箱から取り出した[創水][発熱][浄化]の魔法陣が組み込んである浴室とトイレの小部屋が置いてある。
快適野営生活の必需品は、沼生活でも必需品だった。
眠くなったら長椅子に出した寝袋で寝るか、カウンターに突っ伏して寝るか。
決算期に家に帰れずに王城へ詰めている文官の姿そのもの。――――いや、働いていないのだから、それといっしょにするのは失礼というものである。レティシアのはただの堕落だ。
服だってとっくにドレスは脱いでおり、下着の上にローブを来ただけ。リラックスウェアというよりは変質者。フンドシ戦法よりローブ一枚ましなだけだった。
人はとことん堕落できるものなのだ。
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