第3話 ダンジョンの神秘
――――“
聞いただけで絶望したくなるその単語は、王都からほど近い場所にあるS級ダンジョンの名だった。
いまだ踏破者なし、階層がいくつあるのかもわからない、難攻不落のダンジョン・ワールズエンド。
シュタープ魔法学園の
レティシアも1年半前の卒試で
卒業して研究院生になってからも研究のために来ているので、庭のようなものだ。
そういえば、点滅していた数字は18だった。
ひりつくような空気の火山フィールドの最奥にあるのが、岩場の階層主エリア。
もし本当にそこがワールズエンドの18階層であるならば、階層主のダンジョンクリーチャーは巨人の中からランダムで現れるはずだ。
ごく稀に運がいい(悪い)と、
大声で威嚇してくる
画面の中、正面にいる男が慌てているのが見えた。
どうもその大当たり、
(……あら……。あんなに慌てて大丈夫かしら……)
案の定、大丈夫ではなかった。
ダンジョンには独自の性質があり、区切られ隔離された階層主エリアはパーティ登録された一組ずつしか入場できない。なので、助けがくることはない。
そしてダンジョンでは勝てないとわかった時点で、空間箱か魔法鞄に生体下着以外の身に着けているもの、武器防具など全部入れてしまうのが定石だ。
しかし、画面の男はそのまま
『生体動力5%下回リマシタ 回収システム起動シマス』
また声が聞こえ、灰色のモヤがあっという間に男の体を包んだ。
『生体動力2% 魔力13% 摂取シマシタ――――生体動力残1%生体1体 排出シマス』
体力も魔力もほぼほぼむしり取られたようだ。
モヤはさーっと消えてなくなり、その場は何もなかったかのように無人となった。
ここはダンジョンだ。間違いない。こんな無茶苦茶な仕組み、ダンジョン以外ではありえない。
レティシアは倒れたことがないので経験したことはないが、こうやって死の門をくぐる一歩手前の状態ができあがっていたのだ。
(ダンジョンの神秘を目の当たりにしてしまったわ……)
話には聞いていたが、命の数字まで聞くとなんとも言えない気持ちになる。
今ごろ男は、ダンジョン出口ゲート前に、身分証と生体下着のみの姿で倒れているだろう。
これがいわゆる“死に戻り(死んでない)”というものの正体だった。
ダンジョンではこういうことが起こるため、冒険者ギルドの職員がゲートの近くに常駐しており、素早く助けられる体制ができている。
ただし荷物は全ロスト。
空間箱に入れておけば当然無事だし、外部空間箱といえる魔法鞄なら、ロストするものの本人でないと開けられないため、いつかどこかの宝箱に出現した時に冒険者ギルド経由で戻って来る可能性がある。
だが、身に着けたままの武器や装備品は、ダンジョンに取り込まれたら最後、戻って来る可能性はほとんどない。だからせめて魔法鞄に入れておいた方がいいわけだ。
とにかくこんな風に身ぐるみはがされてしまうが、ダンジョン内で死ぬことはほぼない。
体力魔力が回復してまた潜ってもらった方がダンジョン的にお得なのだろうと、レティシアは思った。何回でもしゃぶれるわけだし。
健康ではない状態で入ろうとすると入り口で弾かれるのも、ダンジョンに得るものはないと判断しているのだろう。
人としても、魔石などの資源を採ったり、死ななずに魔物討伐の練習ができるのだから、
ちなみにこのダンジョンの特性を利用して、最初から下着一枚でダンジョン攻略に挑む“フンドシ戦法”というのがある。フンドシというのはどこかの地方の下着のことらしいのだが、なんという破廉恥な戦法だろうか。
倒されてしまえばどうせ素っ裸で放り出される(昔は生体下着がなかった)から、最初から下着一枚、安い槍一本で挑めばいいと、大昔に編み出された攻略法だ。
それを現在でもやる者がいる。
たしかに、ダンジョンで倒されて取り込まれた時に失うものは少ないかもしれない。
しかし、二度と味わいたくないというほどの苦痛を味わうらしいし、有無を言わさずお高い治癒液と回復液(自腹)を飲まされてしまうのなら、割に合わないのではないか。
きちんと準備して装備して生存確率を上げた方がいいと、レティシアは声を大にして言いたかった。
どちらかというとふんどし姿で「ワッショイ、ワッショイ」言いながら、ダンジョンをおもしろ楽しく駆け抜けたいだけなのだろうとレティシアは疑っている。まったくもって破廉恥な話である。
レティシアは過去に一度、出会いがしらにソレとぶつかったことがあった。
しかも、団体。フンドシ隊。
盛大に悲鳴をあげ、心配したフンドシ隊が迫り来て、悲鳴に呼び寄せられたダンジョンクリーチャーが押し寄せた。
それ以来フンドシ戦法はレティシアの敵だ。
許すまじ、フンドシ。
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