第38話 もう遅いと狐は嗤う
「久しぶりね佐藤博君。そしてキビのクラスメイトのみなさん。そうね、私が何者かについて、キビとの関係性を伝えた方が良いわよね」
玉藻はしばらく黙っていたが、頃合いを見計らって口を開いた。
「もう既に気付いていると思うけれど、私は九尾の妖狐だった者よ。妲己・華陽夫人・褒姒とも呼ばれ、幾つもの王朝に混乱をもたらした狐。玉藻御前のなれの果てよ」
「やっぱりそうよね……」
そう言ったのは博のツレの長澤恵子だった。彼女は油断ならないと言いたげな眼差しを佳彦に向けている。
「あなたが唯者ではない事は解ってるわ。だって、魔力とか段違いだもの」
確かにそうかもしれないと佳彦は思った。いつの間にか玉藻は八尾まで取り戻していたのだ。九尾が妖狐の最終形態であるから……その力量は推して知るべきであろう。
「そのあなたが、どうして――」
「キビは、吉備佳彦は私の義妹の生まれ変わりだからよ。彼の前世は九頭雉鶏精の胡喜媚だったの。あなた達は詳しくは知らないでしょうけれど、胡喜媚は義妹として義姉である私を何千年も慕ってくれました。であればその転生体である彼を義姉としてサポートするのは当然の事じゃなくて?」
「……ま、要するにソウルメイトみたいな感じですかね」
玉藻に胡喜媚。現世でも大物妖怪とされる者の名を聞いた博たちは茫洋としていた。そんな彼らをサポートするべく佳彦は呟いたのである。
「それで佐藤君。要件は何かしら?」
玉藻の存在について考えを巡らせているであろう博たちを睥睨し、玉藻は鋭い調子で尋ねてきた。恵子やほかの仲間は驚いていたが、博はさほど驚いていない。むしろ腹をくくったと言わんばかりの表情になっていた。
「妖狐の人心掌握術を甘く見ては駄目よ。もちろんあなた達が仲間であるキビに会いたがっていたのは真実でしょう。だけどそれ以上に、何か切羽詰まった事情があるんじゃあなくて?」
「……力を、力を貸してほしいんだ」
佳彦の喉から驚きの声が漏れた。しかし博は気にせず言葉を続ける。
「本当に情けなくて身勝手な申し出だって事は解ってる……だけど、だけど俺たちじゃあもうどうにも立ち行かないんだよ! もちろんまともに頑張ってる仲間たちもいるんだ。だけど勇者たちの大半は……もうボロボロになってるんだ。殺しの味をしめて無闇な破壊行動を起こす奴もいるし、心を病んで酒屋や宿屋に入り浸る奴もいる。奴隷を買いあさっている奴もいる位なんだ……
吉備。君と玉藻さんが協力してくれたら、今の局面が変わるかもしれない。六足の連中を……」
「残念だけど、その申し出には乗る事は出来ないわ」
博の懇願を、玉藻は実に無慈悲に切り捨てた。その面にはほのかな笑みを浮かべ、憐みの宿った瞳で博を見下ろしている。
「そうね。今更持ち掛けられてももう遅いのよ。私はもとより、キビだってすでに本当の事を知りつつあるのだから。
いいえ――あなた達だって知っているはずよ」
「何をですか」
俺たちは何を知ろうとしているのか。佳彦は目を見開き言葉を待った。
玉藻はたっぷりと時間を置いてから言い放った。
「六足の魔物を狩るという大義がそもそもの間違いなのよ。王宮は正しい事だと信じさせようとしているけどね」
玉藻の主張に誰も何も言わない。重苦しい空気が流れる中で、玉藻は続けた。
「確かにこの世界には六足の魔物も四つ足の動物もいるけれど、何かがおかしいと思った事は無かったかしら? 六足の動物は、鳥獣だけではなく魚や爬虫類に似た姿の者たちと多様なのに、四足の動物のバリエーションは恐ろしいほど乏しいでしょ。しかも恐らくは犬猫や牛馬と言った、ありふれた家畜しかいないはずよ」
四足獣こそが、この世界の侵略者なのだ。玉藻はきっぱりと言い切った。
「元々はこの世界には六足の生き物しかいなかったはずなの。何かの拍子に現世の人間たちが入り込んでわがもの顔で暮らすようになったんじゃあないかしら。
最初のうちは六足の動物とも共存しようとしていたのかもしれない。だけど自分たちの生存に都合が悪いと判断して、六足獣を駆逐しようとした……それが真実なのだと思うわ。
そう言う事が解っているから、私たちはあなたの申し出に協力は出来ないわ。悪いけれど」
悪びれる風の無い玉藻の言葉に、博は力なく項垂れるだけだった。その頬をうっすらと涙がつたっているように見えたが、敢えて見なかった事にしておいた。
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