第37話 勇者サトウとの再会

 亜人達が六足の民と知ってしまった事は佳彦と玉藻の秘密だった。しかし亜人達はその事に気付いてしまったらしい。ほんの少しであるが、佳彦たちに接する態度が変わり始めていたのだ。

 別に迫害されている訳ではない。ただ、亜人達は佳彦を恐れるようになったのである。族長や年長の亜人は威厳を持って怯えを隠しているようだが、その代わりに昔話をこれ見よがしに語り始めるようになっていた。


『我ラガ暮ラシテイタ地ニ四ツ足様ガ舞イ降リテキタ……初メハ平和ニ暮ラシ、我ラモ四ツ足様ヲ歓迎シタ。シカシ四ツ足様ハ強ク、怒リヲ買エバ我ラハ滅ボサレル……』


 その昔話は、異世界でなくとも現世でも聞き覚えのあるような話に思えた。二つの種族の対立である。四つ足である人類と六足が対立している事は、佳彦も王宮内で聞かされた。しかし――王宮で国王が言っていた事と族長の話は大分食い違っているではないか。



 集落の近辺に思いがけぬ珍客がやってきたのは、それから更に数日後の事だった。佳彦はその時、人型になった玉藻と一緒にブラブラと歩いていた所だったのだ。あの一件以来、集落に居続けるのも気まずくなり、玉藻と散策する頻度が増えていた。

 ともあれ、佳彦たちの前に現れたのは数名の人間だった。きらびやかな衣装を身にまとっているのだが、その表情は暗く、いっそ疲労困憊と言った雰囲気が全身から放たれていた。さりとて年老いているようには感じない。疲労や労苦のせいで老けて見えるだけのようだった。

 その人物たちは、佳彦の姿を見ると弾かれたように足を止めた。強い驚きの念が彼らの顔にじわじわと浮かんでいくのを佳彦は見た。何処かで見覚えのある顔だ。佳彦はぼんやりと思った。

 それから先頭を歩く男が歩を進める。一行の中でいっとう上等で華美な衣装を身にまとい……最もやつれと労苦の色を滲ませた人物だ。彼の顔は驚きとそれを上回る強い感情で歪んでいた。ガラス玉のような瞳に生気が宿り、大粒の涙がこぼれていくのを、佳彦は見た。


「吉備……久しぶりだな吉備……!」


 佳彦に呼びかけながら、男はにじり寄って来る。すまない、元気そうで何よりだ。その言葉を聞きながら、彼が佐藤博である事を思い出した。佐藤博。佳彦のクラスメイトであり、勇者の中の勇者と祀り上げられた男である。



「あの時は本当に済まなかった」


 落ち着きを取り戻した博の口から出てきたのはやはり謝罪だった。権能の無い佳彦は無能扱いされていたのだが、王宮から追放するように言ったのは博である。博はずっと、佳彦を追放した事を負い目に思っていたらしい。


「いや、俺は大丈夫だよ」


 佳彦の言葉は本心だった。玉藻のお陰で野生化しつつも異世界暮らしに順応できた。それに様子を見る限りでは博やその連れの方がかなり大変そうだ。彼らは魔物を狩るために王宮暮らしをしていたはずだが、まさかここまで疲弊していたとは。


「確かに俺は、王様から役立たずだって言われてたよ。だけど玉藻さんが俺の傍にいて色々と助けてくれたから、どうにか今日まで生き延びれたんだ」

「玉藻さんって吉備の奥さんか?」


 博の言葉にびっくりして、佳彦は玉藻と博とを交互に見やった。言葉の真意が掴めず、戸惑ってしまったのだ。若い男女が親しく一緒にいればカップルであると思うのは致し方ない。しかし博は彼女やガールフレンドという言葉を飛び越して妻ではないかと推測したのである。博は元々そう言う男子ではなかったはずなのだが。

 佳彦の困惑に気付いたらしく、博はほんのりと笑った。


「ああすまん。俺はもう既に三人の妻を設けているからさ。それでついそう思っただけだよ」


 妻が三人いる。さらりと出てきたハーレム発言にも佳彦はのけぞった。しかもその言葉には自慢や喜びの念は一切ない。出来した事実をただ口にしているという淡泊さしかなかった。

 王宮のために結婚しただけに過ぎないと、博はそのままの口調で言い添えた。勇者であると言っても所詮は王宮の駒に過ぎず、結婚も子作りも王国に対するに過ぎないのだ、と。その務めに縛られている妻たちも不憫な存在なのだと博は言っていた。


「おかしな話かもしれないが、妻たちの事を愛しているのも真実なんだよ。ああ、ドラマとかにあるような愛し方とは違うけれど。俺も彼女らも、王国に奉仕するために自分たちの意思を無視されて国の務めを果たさないといけない。彼女たちだって、俺と結婚するのは不本意だったのかもしれないんだ。

 それでも本音を押し隠して俺には親切にしてくれる。公務もきちんと付き合ってくれる。そんな彼女らと俺は同じなんだ。その仲間意識が、ある意味彼女らへの愛情なのかもしれない」


 追放された佳彦は確かに苦労したのかもしれない。しかしそれ以上に博らもつらい思いをしているのだとこの時気付いた。

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