第36話 六足の民

 はじめのうちは粘土細工ばかりに勤しんでいた佳彦であったが、時々安息の間を出て亜人達の暮らしぶりを観察するのも日課となっていった。

 端的に言って亜人達の暮らしや文化は独特だった。もちろん、彼らが文化的である事には変わりはなく、彼らも彼らの文化によく馴染んでいるようだった。

 数を数えずに出席人数を把握する方法にも驚かされたが、彼らの色彩センスが人間たちと異なる事に佳彦は驚かされた。建物の内装や身にまとう衣装を見る限り、彼らも人間同様色調を把握する事は出来るらしい。しかし同じ色でも人間たちとを取っていたのだ。

 彼らは赤系統の色を「安全・無害・安心」と見做す一方で、緑や青系統の色を「危険・有害・興奮」と見做していたのだ。黄色の解釈は「無害ではないが注意」と人間のそれと似ていたが、赤と緑の解釈は人間たちの間の解釈となのだ。

 別に亜人達の集落の中に信号のような物がある訳ではない。しかし拾って来たものや仕留めた獣――四足獣も六足獣も含まれていた――の残骸などを入れる箱などを、何がしかの染料でもって色付けして区分けしていたのだ。

 当初佳彦は緑や青の箱に無害なものが入っていると思っていた。迂闊にも触れようとしたときに亜人達が慌てふためき静止した事で、青緑の箱の意味を知った次第である。

 それとともに、赤く塗られた部屋が「」と呼ばれている事を思い出しもしたのだが。



「ピー太。元気か」

「キュ、キューイ」


 ある昼下がり。作りかけの粘土細工を乾燥させている間に佳彦はピー太に会いに行っていた。ピー太はほぼほぼ同族と一緒にいる事が多く、鶏のように飼育スペースに同族と一緒にいるのが常だった。それでも彼は佳彦の事を覚えていた。佳彦が近づくと独特の声を上げてこちらに歩み寄るのだから。

 おりしも佳彦がやってきた時、牧童と思しき子供の亜人が四翼鳥たちの面倒を見始めていた。餌をばらまきながら与えているため、鳥たちは我先にと子供を取り囲んでいる。

 そんな時、ひときわ体格の良い四翼鳥が亜人の少年の指先を突っついた。ホクロでもあったのか、それとも虫の居所でも悪かったのだろうか。突くだけでは飽き足らず、嘴で挟んだままデスローリングを始めたのだ。少年は驚いて指を引っ込めるが、時すでに遅かったようだ。毛皮に覆われたその顔は痛みに歪んでいる。四翼鳥に突かれた指先を押さえ、血を止めようと舌で舐めていた。

 佳彦はその一部始終を見ていた。見ていたから気付いてしまった――少年の指先から流れる血がである事に。

 青緑の血。それはまさしく六足の魔物のあかしである。



「――それで、どう思われますか玉藻さん」


 安息の間に戻っていた玉藻を見つけるや否や、佳彦は事の次第を語って聞かせた。自分たちを歓待していた面々が六足であろう事を知り驚きうろたえていたのだ。佳彦はだから、玉藻がどんな表情でその話を聞いていたのか気付かなかった。


「キビ。私は彼らが六足の民である事ははじめから知っていたわ」


 玉藻は驚いてなどいなかった。むしろ亜人達が六足である事を知っていると言ってのけたではないか。


「私の場合、キビよりも鼻が利くからね。匂いで判っちゃうのよ。まぁ、そうでなくても色々とヒントになる部分はあったんですけどね。彼らの胴巻きは余分な足を隠すためのものでしょう。そして青緑を危険な色と見做していたのも、それが彼らの血の色だからだと思うわ」

「そこまでお気付きだったら、何故何も言わなかったんですか?」


 淡々と語る玉藻に対し、やや強い口調で佳彦は問いかける。

 玉藻はうっすらと笑いながら首を揺らした。


「ここに留まっているのも短い間だし、キビが気付かないなら別に構わないかなと思ったのよ。それにキビは、一応王宮の人間から六足は敵だって言われていたでしょ。その事を思い出して混乱させてくなかったの」

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