第35話 亜人達との暮らしと経済理念
さて粘土細工という思いがけぬもので窮地を脱した佳彦たちは、囚人から一転して賓客としてもてなされる事と相成った。族長を筆頭に犬頭の亜人達、彼らに従うオークたちは平伏し、改めて佳彦を集落の中心地へと招いてくれた。
――文化的ああ文化的文化的
集落の中心地に着いた佳彦は、感動のあまり奇妙な川柳さえこしらえていた。亜人達の集落は幾つもの家族が寄り集まって形成されているらしく、家族ごとに一つの建物で暮らしているらしい。自治体の広場みたいな所を取り囲むように小さな建物が放射線状に並んでいた。それはかつて佳彦たちが目撃した豆腐アパートよりも二回りばかり小ぶりなものである。しかし建物には変わりない。
その建物がいくつも並び、そこで暮らしている……最近穴倉暮らしからテント暮らしにランクアップした佳彦は、あたかも自分が文教都市に迷い込んだような気分に浸っていた。よく見れば、建物の両脇にはトーテムポールに似た柱も佇立している。尚更洗練された住民のようだった。
『神聖ナルオ方。ヒトマズハコノ部屋ヲオ使イ下サイマセ。我ラガ安息ノ間デス』
族長に促され、佳彦たちは安息の間に通された。
精一杯のもてなしだろうと考えてその部屋に入った佳彦は、思わず渋い表情を浮かべてしまった。小柄な亜人ゆえに椅子やじゅうたんらしきものが小さいのは致し方ない。しかし安息の間の内装は赤系統で統一されていたのだ。壁は緋色、床は朱色、椅子は紅色と言った塩梅である。早くも目がちかちかしてきた。
何故赤色が安息なのだろう。佳彦はそんな事を思ってしまった。しかし日本人特有の奥ゆかしさのせいでそれを彼らに指摘出来なかった。
何と言うか、彼らの行為を無碍にするのも良くない気がしたのだ。
※
「首里城ばりの赤さですねぇ」
「赤いのが気になるなら、白っぽい布で覆えば良いんじゃないの?」
佳彦のボヤキに玉藻は事もなげに応じる。
「なし崩し的な事ではあるけれど、彼らはキビの事をお偉いさんだと思ってくれているわ。それなら薄い布の一枚や二枚、所望すれば出してくれるはずよ」
「玉藻さんは平気なのですか? この赤ずくめの部屋で」
佳彦が問いかけると、玉藻はそうだとばかりに頷いた。
「私は狐ですからね。あんまり色に惑わされないのよ」
玉藻は確かに狐である。そう言えば犬や猫はヒトほど色覚が発達していないという話を佳彦は思い出していた。
※
かくして佳彦の新生活が始まってしまった。玉藻も佳彦も安息の間を起点とし、佳彦が少し労働すればあとは自由、というまったりとした生活である。異世界もの風に言えばスローライフである。文教都市ばりの文化的な集落に身を置きつつも、佳彦は図らずもスローライフを行う事が出来たのだ。これには仲間たちも驚く事請け合いであろう。
安息の間は赤ずくめであったが、玉藻の予見通り布はすぐに佳彦たちに渡された。小魚の骨を押しピン代わりにして壁を覆うと、薄ピンクの壁の部屋に早変わりしたのだ。亜人達が何故赤色をチョイスしたのかは謎であるが、ともあれ佳彦もこの部屋で落ち着いて活動できるようになったのだ。
佳彦も玉藻も、労働の対価として食料を亜人達から貰えるようになっていた。労働と言っても大した話ではない。佳彦はただただ粘土細工を作れば良いだけだったのだ。未成年なのに労働するなんて、という思いは無かった。異世界なので未成年も何も無いだろうし、そもそも現世でも佳彦の歳でバイトしている連中は結構いるからだ。
ちなみにピー太はマイペースに過ごしていた。始めは怯えて佳彦の傍にいる事が多かったが、亜人達は卵を取るためにピー太と同族の鳥たちを複数飼育していた。彼もその鳥たちを仲間と見做し、彼らと行動を共にする事が増えてきたのだ。
「キビ、粘土細工が楽しいのは解るけれど、あんまり張り切って作り過ぎるのもいけないと思うの」
玉藻からそんな事を言われたのは、安息の間に逗留し始めて六、七日目の事だった。佳彦はずっと張り切って粘土細工を作っていた。今までは家作りとか引っ越しとか料理とかに費やしていたエネルギーの大部分が、粘土細工づくりに傾いていた。特に引っ越す理由もないからだ。それに食料は調理済みの物を亜人達が提供してくれた。現世で言う所のパンケーキのような物(間に肉や焼いた果物を挟むのがミソらしい)という、実に文化的な料理だった。
ともあれ佳彦の前には数十個の粘土細工が作られていた。量産されていると言っても良いくらいの集まり度合いである。
「作り過ぎてはいけないって、どうしてですか?」
佳彦が問いかけると、玉藻は臆せず口を開いた。
「確かにここの住民たちは、粘土細工は作れないから珍しがっているわよね。だけど、キビが作り過ぎて沢山ある状態になったら……その粘土細工はもう希少価値は無くなるの」
玉藻は一息ついてから言い添えた。
「ダイヤモンドは数が少ないから高価でしょ。これがもし裏庭からザクザク出てくるような代物だったら、値打ちは下がっちゃうって事」
ダイヤモンドを引き合いに出されると、何となく解ったような気になった佳彦であった。
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