第34話 窮地はフィギュアで脱出だ

 玉藻が作り出した巨大ケラは、地面を掘り進める事で檻の外に脱出する事が出来た。黒焦げになったりはしていない。無傷で元気そのものだった。まぁ幻術だから元気も何も無いのだけれど。


「地面を掘り進めれば出れそうね。良かったわねキビ。脱出できる余地が残っていて」

「はい……」


 弾んだ声で語る玉藻に対し、佳彦は思案顔だった。妖狐の姿を取る玉藻の爪は確かに鋭くて穴を掘るのには適しているだろう。しかし佳彦の丸っこい平爪はどうであろうか。スコップらしきものがあればまだましなのだろうが、そう言う物は生憎持ち合わせていない。


 佳彦の密かな悩みをよそに、玉藻は早速地面を掘り始めていた。猫や犬が穴を掘るのに似ているが、やはり音が異なる。佳彦の推測通り地面は硬そうだった。



『ン、オメエラ。水ヲ持ッテキタゾ……飯ハ無イガ水クレェナラマァ良イダロウ』


 玉藻が掘り始めた地面が僅かなくぼみになったころ、亜人の一人が椀を持ってきた。たどたどしい訛りのある言葉を発しながら。そいつは佳彦たちを連行した、犬頭の小人とは明らかに種族が違うみたいだった。所謂オークに似ていた。平均的な成人男性程の背丈がある一方で横幅もあり、それだけでも威圧的な感じがする。動物の革で作ったと思しき衣装を身に着けているが、とりわけようだった。頭部は人間と豚の中間に似ていた。

 しかしオークと思しきその人物(?)の雰囲気は佳彦の持つイメージとは大分違う。小さなつぶらな瞳にはおどおどとした光が宿っている。気弱で臆病そうな雰囲気を佳彦は感じ取っていたのである。

 現に彼は、椀を置くとそのまま後ずさり、玉藻の様子をうかがってからそそくさと立ち去った。玉藻も立派な妖狐の姿をしているから、オークでなくとも怖がるのかもしれないが。

 さて玉藻はというと、オークがやってくる前から穴掘りを中断し、動きを止めていた。椀を持ってきたオークが見えなくなると、ゆっくりとした歩みで椀に近付く。


「本当にただの水みたい。大丈夫よ。毒があるとか、飲んだら石化するとか、そう言う水じゃないわ」

「飲んだら石になるって、それこそ異世界らしいですね」


 思いがけない玉藻の言葉に佳彦が笑いながら告げると、玉藻は何故か渋い表情になった。


「いえ、異世界じゃあなくて現代のアメリカを舞台にしたホラー小説であったのよ。まぁ、惑星を超越する邪神とその狂信者とかも絡む話だったから、浮世離れしているでしょうけど」


 邪神。そう言った玉藻の表情は苦みが増している。何かを思い出したのかもしれないが、佳彦は尋ねるのがちょっと怖かった。邪神というのは佳彦も聞いたことあるが、実はそんなに詳しくはない。サブカルと言ってもダークな奴はあんまり好みではないのだ。


「とりあえず、キビもピー太も水を飲んだ方が良いわ。食料が無くても何日かいけるけど、水は飲まないと……」


 玉藻に言われ、佳彦は水を飲む事にした。水の話をしている間に喉の渇きも覚えていた所だし。



 ピー太に対しては椀の水を手ですくって与えたのだが、水の大部分は地面に零れ落ちた。砂肝を鍛えるために小石をつつくピー太は、気にせず軟らかくなった地面をつついている。

 その光景を眺めているうちに、佳彦も軟らかくなった地面を一部手に取った。粘土細工を作ろう。地味に極限状態に置かれている中で、佳彦の脳裏にそんな考えがひらめいていた。

 幸いな事に、玉藻はこちらに尻尾を向けて穴を掘っている最中だ。掘り出された土は削れて軟らかくなっており、水分と良く馴染む。

 佳彦はこの土と水を馴染ませて粘土とし、何の疑いもなく粘土細工を作り始めた。傍から見れば常軌を逸した行動に見えるかもしれない。しかし佳彦の中には大義があった。おのれの生きている証を遺すのだ、と。


 粘土細工の作成は特段難しい物でもない。こね回せば狐でも鳥でもハイエナモドキでもウサギモドキでも何でもできた。

 玉藻は時々作業を中断し佳彦を眺めていたが、彼女は特に何も言わなかった。玉藻はおおむね佳彦の味方であり、彼には優しく甘いのだ。

 そうこうしているうちに犬頭の小さい亜人達がわらわらとやってきた。今気づいたが、彼らも先程見たオークと同じく、胴回りを分厚い布や毛皮で覆っている。もちろん毛皮や革の衣装を身にまとっているのだが、きがやけに目立った。

 行列の中央には、明らかに老いた犬亜人がいた。白く輝いていた毛皮は所々黄ばんでおり、目ヤニであふれた右目は閉じられている。しかし彼こそが族長であろう事は佳彦も見て取った。衣装が亜人達の中で一番立派だからだ。ついでに言えば首や手首には玉や動物の牙を連ねたネックレスをあしらっている。


 亜人達は佳彦が収容されている檻に近付くやどよめき、驚きと感嘆の声を上げていた。家宅捜索した時の敵意丸出しの態度とはまるきり異なっている。

 だが彼らは、明らかに佳彦たちを見て驚いているようだった。彼らは口々に何か言っているのだが、ノイズのようで何を言っているのか聞き取れない。玉を傍らに置いているからなのかもしれないが。

 ややあってから、族長と思しき亜人が動いた。足取りはよろめき震えていたが、彼の動きにより亜人達は押し黙った。


『オオ、コレハ……ココマデ精巧ナ物ヲ造リ出セルトハ……』


 族長の声は朗々としたものだった。彼の視線は佳彦ではなく、佳彦が作った粘土細工に注がれていた。佳彦は族長や亜人達を見ていた。武器や檻を用意している所から、道具造りは出来る種族ではある。しかしその身体に見合わず手指は大きく太く、繊細な作業は苦手そうな雰囲気はあるにはあった。


『見タマエ諸君。我ラガ畏レル偶像フィギュアモアルゾ! 諸君、コノ者ラヲ解放スルノダ! 非礼ヲ詫ビ、彼ラノ望ム者ヲ与エルノダ!』


 よく解らないうちに凄い存在と思われた佳彦たちは、あっけなく釈放された。衛兵と思しき壮年の亜人に檻の扉を開けて貰った時、喜びよりも驚きの方が大きくてしばし戸惑ってしまった。

 それは玉藻も同じだったらしい。

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