第33話 スキルなしと魔法との出会い
狐姿の玉藻が器用に前足を使い、胸毛を数本引き抜いた。金色の細かな毛は、宙に漂ったかと思うと小さな狐に姿を変えた。佳彦は現世にいた頃に読んだ孫悟空の物語を思い出していた。孫悟空もまた、毛を抜いて小さな自分の分身を作っていたから。余談だが玉藻が作ったチビ狐はモルモットほどの大きさだった。本物の狐というよりも若干デフォルメされた姿で、しかも二足歩行も出来るらしい。子供が喜びそうなぬいぐるみに似ていた。
このチビ狐は、佳彦たちが見ている前で柵へと向かっていった。柵の手前まで行くと、他の狐の上に一匹の狐がよじ上がり、柵にしがみつこうとする。小さな組体操が繰り広げられるのを見ていると、少し心が和んだ。
「キュキュキュ……ギィッ!」
柵に触れたチビ狐の口から絶叫がほとばしる。小さな青紫の火花が飛び散ったかと思うと、その小さな身体は青白い焔に包まれた。地面に落ちた時には黒焦げの塊となり、数秒と待たずに元の金毛に戻った。ついでに言えば肩車の土台になっていた狐も、同じようなありさまだ。
玉藻と佳彦はそれをむっつりと眺めていた。ただ若鳥のピー太が啼き声を上げるだけである。
ややあってから、玉藻は今一度毛を引き抜いた。今度は前足の指を器用に扱い中空へ弾いている。弾かれた金毛が姿を変える。今度は狐ではなく鳥だった。現世の生き物で言えば、鳩やヒヨドリに何となく近いフォルムだ。但し全身を覆う羽毛は真っ白であるが。
ともあれ二羽の小鳥は二重らせんの軌道を描きながら上空を飛び立っていく。その動きはぴったりとシンクロしており、佳彦はその見事さに思わず嘆息していた。
「ピギィッ」
しかし佳彦が見とれていたのもほんの数秒の間だけである。上空五、六メートル程舞い上がった所で小鳥は奇声を上げ、そのまま黒焦げになって墜落した。佳彦は今度はイカロスの墜落を思い出していた。ギリシア神話の一幕である。有名な画家が人知れず墜落した所を描いたという逸話もあったはずだ。
ともあれ黒焦げの小鳥も金毛に戻っていた。
「……柵を乗り越えるのも上に飛び上がるのも危険という事ね」
事の成り行きを観察してから玉藻は言った。チビ狐も小鳥も所詮はまやかしであると言えども、玉藻の冷徹な物言いに佳彦は若干戸惑いを感じてもいた。ピー太も玉藻の不穏さに勘づいているらしい。首を縮めて様子を窺っていた。
「あの柵と上空には捕らえた獲物――まぁ要するに私たちの事なんだけど――を逃がさないような術が施されているわね。ええ、それこそ魔法や妖術の類でしょう」
「ここにきて、魔法に出くわすなんて……!」
緊迫感が無いと思いつつも、佳彦は思わずそんな事を呟いていた。サブカルを嗜む佳彦であるから、異世界には魔法がつきものであると思っていたのだ。
しかし実際に異世界ライフを始めてみたら玉藻と共に野生化の道をたどるだけで、一向に魔法らしい魔法に触れる機会はなかった。
異世界好きの若者ならば、魔法に触れる事でドキドキワクワクしたりするのかもしれない。しかし佳彦が出会った魔法は生命に関わる魔法らしいから、ワクワクは伴わなかった。別の意味でドキドキしてはいるけれど。
「魔法というか、私の妖術もある意味魔法みたいなものかもしれないけどね」
玉藻のツッコミを流しつつも、佳彦はピー太を抱き寄せる他なかった。その間に玉藻はもう一度金毛を引き抜いていた。モグラほどの大きさのケラに変化したその生物は、一度玉藻の顔を見るや否や地面に顔を突き合わせた。そう思っていると巨大ケラの前足が動き出し、土煙が立ち上る。
「柵が駄目で上空が駄目でもまだ地面が残っているわ。念のためそっちも調べてみましょうか」
正座していた佳彦は、地面にそっと触れてみた。巨大ケラは地面を掘り進めているが、地面は中々硬そうだ。それこそ粘土質が固まったような地盤に思えてならなかった。
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