第30話 ハト罠と小さき亜人の影

 玉藻が輝く石を食べるようになってから、佳彦たちの暮らしは一変した。

 まず四翼ヒヨコのピー太が新たな家族の仲間入りを果たした。食用にと持ち帰った卵だったのだが、ヒヨコになっているのを見て食べるのを断念したからだ。佳彦と玉藻で保温や餌を与えているうちに、ピー太はすくすくと育った。今では小さな鳩ほどの大きさになっている。現世の鶏のように飛ぶのが苦手なのか、歩き回る事の方が多かった。

 次に引っ越しの話が出てこなくなった。佳彦たちは今まで、数日おきの頻度でねぐらを変えていた。引っ越しを決定するのは玉藻なのだが、獲物の数の影響だとかねぐらが不潔になるだとか、様々な事柄がその時々によって引っ越しを決める要因となっていた。ねぐらを変える事に固執しているのは、やはり玉藻の妖狐としての用心深さゆえであろうと佳彦は思っていた。引っ越しは疲れるし緊張もするのだが、既に佳彦は繰り返される引っ越しに慣れ始めていたらしい。引っ越しの通達がない日々に、若干の物足りなさを感じていたのだから。


 さて肝心の玉藻はというと、輝く石を食べる事に関心を傾けていた。卵をヒヨコにし、植物を繁茂させ、ついで佳彦を毛深くさせたあの石である。石の持つエネルギー的な作用が生物を活性化させるという事であり、ゆえに玉藻は血眼になってこれを探し、食べていたのだ。エネルギーの塊を直接取り込むのはやはり負荷がかかるらしいが、それでも玉藻は止めなかった。

 だが幸いな事に、輝く石を食べる回数が増えるにつれ、玉藻も苦しむ様子を見せなくなっていったのだ。蓄えたエネルギーが増えていったから、多少取り込んでも平気になったのだと玉藻は言っていた。難しい原理は佳彦には解らない。しかし彼女の言は真実なのだろうと思っている。玉藻の言う事を佳彦は信じていたし、何より玉藻の尻尾は増えていた。元々三尾だったのだが、今では六尾になっていたのだ。明日には七尾になっているかもしれない。

 輝く石は玉藻自身も拾ってくるが、佳彦もピー太と共に石を探し、拾って玉藻に渡していた。いつかあの輝く石を全部取りつくす日が来るのかもしれない。その日が来るとどうなるのか。佳彦は内心ドキドキしていた。しかし取っても取っても石は減る気配はない。石だけではなく土地自体も不思議な作用が働いているという事なのだろうか。



 その日も佳彦はピー太と共に散策に向かっていた。散策というか厳密には食料探しと石拾いである。ピー太は食性的にも鶏や鳩に近いようで、地面に落ちている物なら何でも突いて食べていた。概ね草や種子をつついているが、虫や蛇なども好んで食べる。案外肉食的な側面を見せるが、獣の肉はそれほど好みではないらしい。

 ちょこまかと歩くピー太を従え、佳彦は今日も今日とて平原を進んでいた。ピー太も陸生の鳥らしく歩くのは案外速く、人の小走り程の速度で歩く事が出来る。更に佳彦の事を親と信じて慕っているため、勝手に何処かに逃げていくという事も無い。

 はじめのうちは佳彦もピー太を連れ歩く事を少し心配していた。しかし日増しに逞しく元気に育っている彼を見て、その心配も薄れていったのだ。大丈夫だろう、という考えさえ浮かぶほどに。

――そしてそれこそが油断だった。


「ピッ、ピィ――ッ!」


 鋭く切羽詰まった声が後ろで響く。佳彦は驚いて音の方に向き直った。ずっと傍らにいたはずのピー太がいない。だがピー太の声はすぐ傍で聞こえていた。


「どこだ、どうしたピー太」

 

 慌てて駆け寄り周囲を見やる。ピー太はすぐに見つかった。だが彼は、何故か穴の中に落ちていたのだ。小さな穴の径に反し、相当に深い。しかも垂直に掘られた穴だ。駆け上がるための足掛かりもなく、ジャンプして飛び上がるにも深すぎる。そんな中に落ちたピー太は難儀して啼いていたのだ。

 佳彦は身をかがめ、穴に手を伸ばしてピー太を拾い上げた。幸いな事にピー太に目立った外傷はない。慌てふためいて啼いていたピー太も、佳彦の腕の中と知り落ち着いた様子を見せている。

 四翼鳥の心臓の鼓動を感じながらも、佳彦は何とも言えない心地だった。あの穴は自然にできた穴とは考えにくい。何者かが作った罠であろう。そう思えてならなかった。


 丁度その時、白い毛皮に覆われた何者かがすぐ傍で様子を窺っていた。しかしその姿は佳彦たちからは死角になっていたのだ。

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