第29話 玉藻のわがまま

 キビ。ぼんやりと感慨に耽る佳彦に対して玉藻は呼びかける。


「キビは石の影響を受けたのがあの卵だけだと思っているけれど、あなた自身も影響を受けたのよ」


 そう言って彼女は佳彦の手許を指し示す。


「昨日、急に毛深くなったって言ってたでしょ。それもきっと石の作用だと思うわ」

「この石で毛生え薬が出来るんですかねぇ」

「……そう言う使い方もできるでしょうけれど、薄毛対策に使うだけでは少し勿体ないわ」


 佳彦としては冗談半分本気半分だったのだが、玉藻は割と真面目なトーンで返してきた。なお薄毛云々は佳彦が少し気になっていた案件だったのだ。祖父母も伯父(母の兄)も薄毛なので、もしかしたら自分も……と思っていたのである。


「そう言えば玉藻さん。この石は地面に転がっていたんですが、その周囲はけったいな感じになってたんですよ。石のすぐ傍は草も何も生えてなかったんですけどね、少し離れた所では植物が太く長く繁ってたんです」

「ピィ、ピィ、ピピ」


 啼きながらまとわりつくヒヨコをそのままに、佳彦は屈みこんで地面に絵を描き始めた。見ていない玉藻に説明するには、言葉よりも絵があった方が良かろうと思ったためである。玉藻も屈みこんで佳彦の絵を見てくれた。

 粘土細工や粘土板作成もこなす佳彦は、現世にいる頃よりも絵が上手くなっていた。元より絵心は多少あったのだ。


「どう見ても石の影響を受けてるわね」

「ですが玉藻さん。育っていたのは少し離れた場所の植物ですよ? 石に触れる所はむしろ植物は見当たりませんでした。枯れ果てていたみたいなんです」

「石の付近では植物が枯れてしまったのは、成長し過ぎたからでしょうね。成長と死は紙一重だから」


 玉藻の考察に佳彦はどきりとしていた。洞察力の鋭さに感嘆しつつも、淡々とした様子で何か恐ろしい事を言ってのけたように思えてならなかったのだ。

 そんな二人の様子などお構いなしに、生まれたばかりのヒヨコは啼き続けている。


「この子、キビの事をお母さんだと思ってるみたいね。刷り込まれちゃったんだわ」

「どうしましょうか」

「どうもこうもキビの好きにすれば良いんじゃないの? まぁ、お肉として食べるなら今食べるよりも育てた方が量は増えると思うけど」

「……育てます。育てますよ。まぁ食べるためじゃあないですけど」


 言いながら、近付いてきたヒヨコの頭や四枚ある翼を撫でてやった。四枚の翼がある鳥もまた、玉藻によると六足の獣と同類らしい。件の王宮では魔物と見做される存在なのだろうが、佳彦はこのヒヨコを恐れてはいなかった。このヒヨコに対しては、気の毒な事をしたという想いばかりが募っている。

 玉藻はああも言ったものの、佳彦がヒヨコを育てるであろう事は見抜いていたのかもしれない。



「キビ。この石は私が貰うわね」


 ヒヨコの件が決まった所で、玉藻は輝く石に話を戻した。自分が貰うと言った玉藻の瞳は妙にぎらついており、有無を言わせぬ何かがあった。

 女の子だから宝石とかが好きなのだろう、などと言った可愛らしい予測とは結び付かぬような面立ちである。

 断る理由もないので佳彦は頷いた。玉藻は石を手にしてしばらく考え込んでいたが、やにわにそれをまな板代わりの板切れの上に乗せ、獣化した爪でもって割り砕いた。

 割れても石の輝きは衰えない。むしろ表面積が増えた事で輝きが増したようにも見えていた。

 玉藻の乱暴ともいえる動きに佳彦はただただ驚いていた。しかし玉藻の動きは止まらない。佳彦を見て微笑むと、事もあろうに石のかけらを口に含み呑み込んだのだ。成長を促進するという石を呑み込んだ。これがどういう思惑なのかは解らない。

 あれこれ考える暇もなかった。石を呑み込んだ玉藻が、顔を紅潮させ、その場にへなへなとくずおれたからである。表情と言い胸を抑えるその様子と言い荒ぶる尻尾と言い全くもって尋常ではない状況だ。


「玉藻さん!」


 荒い息を吐き悶絶する玉藻に驚いた佳彦だったが、おっかなびっくり彼女の身体を抱え込んだ。腕の中で彼女がぶるぶると震えているのが伝わってくる。或いはそれは佳彦の震えだったのかもしれないが。

 腕の中で玉藻は感触と体積が変化していた。すなわち、人間の姿を保てずに狐の姿に戻ったのである。これもまた通常では考えられない事だった。確かに玉藻は狐と人間の姿を使い分けている。しかしこうしてズルズルと変化した事は今の一度もなかった。


「だ……大丈夫よキビ……ぅぐっ!」


 声もなく抱え込む佳彦に対して玉藻は言う。しかし口許には泡を吹き、目や鼻からも体液が漏れている。狐姿にしろ人の姿にしろ非常に苦しんでいる事は明らかだった。しかもその原因が石を呑み込んだ事、玉藻が自発的に行った事なのだ。

 あれこれと考えが錯綜する中で、佳彦は獣が何故石を舐めただけだったのか、何となく解った気がした。



「ごめんねキビ。朝からみっともない姿を見せちゃって」


 玉藻は十分と経たぬうちに回復した。未だに狐姿であるが申し訳なさそうな表情である事は明白だ。前よりも毛艶が良くなり、毛そのものが伸びているように見えた。


「どうしてあんな事をしたんですか」

「あの石は成長を促進するためのものでしょ。だからこそ私が食べたの。これからの事に必要だったから」


 成長を促すから食べた。玉藻はさも当たり前の事のように言ってのけたが、佳彦の中では両者は上手くかみ合わない。首をかしげていると玉藻が解説を続ける。


「私の場合だと、妖力が増えるという事になるわ。もちろん色々な物を食べて妖力を蓄えていたんだけど、あの石で得られる妖力は段違いだわ。その反動も大きいけどね」


 先程の発作のような症状は、妖力が増えていくときの副作用なのだそうだ。妖力もエネルギーであるが、それが急に増えると身体に負荷がかかるらしい。


「でもねキビ。私も力を効率よく力を蓄えていきたいの。まだあの石があれば拾ってきて頂戴ね」

「ですが……」


 玉藻の申し出に佳彦は戸惑うほかなかった。石を拾ってくれば玉藻はああして食べるのだろう。しかし一時的とはいえ玉藻は発作に苦しんでいた。彼女の望みとはいえやるべき事では無かろうと思っていたのだ。


「ね、キビ。私たちずっと一緒に暮らしてるんだから、ちょっとくらい私もわがままを言ってもいいでしょ? それにこれはキビのの事でもあるんだから」


 そう言った玉藻が尻尾を揺らす。今まで三本だけだと思っていた尻尾は四本になっていた。

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