第26話 足跡から始まる亜人談義
外側豆腐、内側サイケデリックな建物を見て以来、佳彦は寝ても覚めても亜人の事について思いを馳せ続けていた。典型的な異世界物語でも亜人が登場する話は珍しくない。というよりも、今まで亜人の事についてさほど考えていなかったのがある意味奇跡的なほどである。
野生化し、いかにも動物と言った動物や六足獣たちに囲まれた日々であったから、亜人の事について考える余地がなかっただけなのかもしれないが。
そんなわけで佳彦が玉藻に話す内容の大部分は、亜人の事で占められるようになっていった。
玉藻ははじめのうちは相槌を打つ程度であったが、佳彦の話を聞いているうちに思う所があったらしい。思案顔で口を開いたのだ。
「そうよね。この近辺にもキビが言うような亜人がいるかもしれないわね」
それらしい足跡を見かけた。玉藻がそれとなく言い添えた言葉に佳彦は難なく食いついた。
「この辺りって粘土質な地面も多いでしょ。そこに踵を付けて歩いたらしい生き物の足跡があったのよ。熊とかレッサーパンダも踵を付けて歩くでしょうけれど、足跡の感じからして、四足とか六足の生き物じゃなさそうだったの」
「その足跡のある所を見てみたいです」
「それじゃ、一緒に行きましょうか」
佳彦が言うと、玉藻はすんなりと誘ってくれた。丁度ピクニックに一緒に出向くような気軽さである。まぁ実際お互いそんな気分であった事も事実だ。佳彦はさっと視線を周囲に走らせたが、備蓄の食料もまだあるからそう焦らなくても良さそうだし。
まぁそれでも、良さそうな葉っぱとか実があれば拾って収穫するつもりではある。
※
二人が到着したのは湿原めいた場所だった。完全な沼地ではないものの、地面はしっとりとしており足跡も十分に残りそうだ。粘土質の地面であり、食器づくりに丁度良さそうだ……軽く職人モードに入りつつ佳彦はそんな事を思っていた。
「そうね……まだ残ってるわね」
玉藻が示したところに、果たして足跡らしきものが残っていた。イメージしていたよりもうんと小さい。現世に住まう人間の、子供の足跡と同じくらいであろうか。概ね楕円形で、蹄や肉球の跡は見当たらない。
玉藻は歩幅の間隔や足取りなどを解説し、二足歩行の生き物の足跡だと言った。佳彦もその言を信じる事にした。玉藻に全幅の信頼を置いている事もあるのだが、佳彦も佳彦で既に獣の足跡は見慣れた物になっていた。そう思って眺めていると、確かに四足や六足の足跡とは違う。
六足と言えば、二足歩行の生き物の足跡の周りに、小さな六足獣と思しき足跡も並んでいた。六足獣の方の足取りはやや不規則で、二足歩行の足跡の周りを取り囲みながら進んでいるようにしか思えない。もしかしたら、足跡の主である六足獣も驚いて逃げようとしていたのかもしれない。
六足獣は青緑の血を持つ奇怪な生物であるが、今の佳彦にとっては少し変わった動物という認識に過ぎなかった。彼らを捕食し、脅して退け、時にその姿を観察するうちに、異形の獣たちへの恐怖心が和らいでしまったのだ。
不思議と言えば、二足歩行の足跡の形も不思議な物だった。六足獣にしろ四足獣にしろ足跡には蹄や肉球や爪の跡がある。それが見当たらないのだ。
「玉藻さん。異世界の生き物だからこうして丸い足跡を持つ者もいるのでしょうか」
佳彦が尋ねると、玉藻は笑ってから首を振った。
「いいえ。六足獣だって蹄や爪を持っていたでしょ。これはきっと靴や草履を履いているから丸く見えるだけだと思うわ。だって、走るためには肉球とか爪とか、蹄が私たちには必要ですもの」
「靴を作るって、中々文化的ですよね、玉藻さん」
文化的、という言葉に感情をこめながら佳彦は呟いていた。前に佳彦は獣の皮をなめして靴のような物を造ったのだが、ハンドメイドで作る大変さは身に染みていたのだ。
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