第25話 極彩色のカタコンベ
さて豆腐風アパートに足を踏み入れた佳彦であったが、まず感じたのは戸口の小ささ背の低さだった。幸いにも頭に天井がつかえるという事はなかったものの、思わず頭を下げ、少し身をかがめて中に入った。しれっと先を行く玉藻も、佳彦と同じ気分らしく少し頭を下げている。
「こ……」
これは、と言いかけて佳彦は絶句してしまった。高野豆腐めいた外装からは想像できぬほどに内部は色鮮やかな色彩に覆われていたのだ。
しかもそれは春の花畑や幻想画家の描くイラストのような淡いパステルカラーではない。赤、青、黄色、緑、紫、と原色やそれに類する色たちが使われていたのだ。さながら先鋭的な現代アートの作品の中に迷い込んだような心地であろう。
「キビ、大丈夫?」
玉藻の声で我に返った。心配そうな彼女の顔が隣にある。どうやら佳彦は現代アート顔負けの内装に目がくらみ、意識がそれこそ現世から離れた所に浮遊していたらしい。元々からして内向きで意識が集中したものに浮遊しやすい性質であるが……今は少し情けなさが募った。
「大丈夫です。あんまりカラフル過ぎるのでびっくりしました。その……ここまで鮮やかな物を見るのは久しぶりなので」
異世界暮らしが始まってまぁそれなりの月日が経っていると思われる。その間玉藻もと共に野生生活を営んでいた佳彦が目にする色彩はそこまで多くは無かった。もちろん木々の緑や動物の毛皮の褐色すらも細やかな違いはあるにはあったが、この建物の色彩の多様さとはまるで違う。むしろこちらの色彩はけばけばしくいっそ暴力的でもあった。
「きっとここは霊廟みたいなものだったのでしょうね」
霊廟……? 佳彦は単語を反芻する。玉藻は建物の内部に視線を向けていた。壁の一角が四角く盛り上がった所があり、その上には皿と壺のような物が鎮座している。金属製なのだろうか、どちらも銀色がかった金属光沢を放っている。
「ああそうね、神様とか仏様とかを祀っている祠とかお社みたいなものと思ったら良いわ。神様も仏様も一緒くたにしたらばちが当たっちゃうかもしれないけど、でも私たちはそんなの気にしなくても良いかもね」
「玉藻さん程のお方でも、ばちが当たるとか気にするんですか?」
「うふふ。普段は気にしないけれどね。それに私たちも女媧様に仕えていた訳だし」
少しばかり話が逸れたが、それでも玉藻と佳彦は互いを見つめながら笑い合っていた。玉藻が妲己と呼ばれていた頃には、女媧という存在に仕え修行していた事も、オタク道を嗜む佳彦は知っていた。女媧というのは中国の神々の中でもすごい存在らしい。玉藻の地位がどのような物だったのか解らないし、今はある意味仲違いしてしまっているのかもしれない。それでも玉藻が凄い事には変わりは無いだろう。
そしてそんな玉藻のすぐ傍にかつての自分がいた――そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。
「あらやだ。私ってば話を脱線させちゃったわね」
佳彦の表情の動きを感じたのだろうか。玉藻が口許に手を当てつつ言葉を紡ぐ。
「まぁともかく、この土地に暮らす何者かがいて、その彼らが信仰する何かを祀るためにこの建物を作ったのかもしれないわ。あのお皿には、少しお酒みたいな匂いも残っていたし。
きっと根気よく見てみれば、彼らの言葉や絵の作法で、彼らが信仰する者の事について描かれているかもしれないわ」
「そうなんですね……」
玉藻は興味深そうに壁に近付いていく。佳彦もそれに倣って壁に近付き、描かれている物を解読しようとした。だが見れば見る程極彩色の模様たちが佳彦の網膜を刺激するだけだった。目がしょぼしょぼするのは、急に花粉症を発症したからではあるまい。
それから二人はひととおり建物の中を一周し、ひっそりと建物から出ていった。色彩こそ暴力的であったが、小さな祭壇のような盛り上がりがあるだけで珍しいナニカや危険なナニカは見つからなかった。もしかしたら大切な物は隠されているのかもしれないが、今の佳彦にはそこまで探し出す力はなかった。
「玉藻さん」
豆腐のような建物が見えなくなったところで、佳彦はそっと呼びかけた。
「あんな建物がこんな所にあるという事は、人間とか、人間みたいな人たちがいるって事でしょうか」
「きっとそうね」
人間か亜人の存在を有無を問う佳彦に対し、玉藻は気負わず答えてくれた。佳彦は胸の奥がうねるのを感じたが、それは緊張なのか喜びなのかすぐには解らなかった。
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