第22話 マイブームはオーパーツ(偽)作り
再び視点を勇者にして王子になった佐藤博から離れ、野生化していると定評のある吉備佳彦に戻ろう。
王宮での悲喜こもごもを知らぬ佳彦は、ある意味無邪気に日々を過ごしていた。もちろん、時々現世の事を思い出して寂しくなったりもしたが、概ね異世界暮らしに馴染んでいた。佳彦の暮らしは、王宮に住まう仲間たちよりもうんと単純だった。目を覚まし、食料を獲り、腹ごなしをしつつ今自分たちがいる所を知るために探索し、温泉で疲れをいやしてから眠る。幾分野性味が強い暮らしであるが、流行りのスローライフと呼んでも問題ない所であろう。
また佳彦の傍にいるのは玉藻だけであったから、奇妙な使命を課せられる事も無く、本当にのびのびと過ごしていた。狩りのために動物――六足獣だけではなく、ウサギや狸のような四足の獣もいた――の生命を奪う事もあったが、罪悪感に苛まれる事も無かった。動物の命を奪うのは食べるためか、ごくまれなケースだが自衛のためだけだったからだ。裏を返せば、それ以外の時では動物を傷つける事は無かった。それは相手が六足獣であっても同じ事だった。それもこれも玉藻のお陰でもあった。玉藻自身が妖狐という特徴故に獣たちに畏敬の念を抱かせる事が出来るし、何より彼女は無意味な動物の殺傷を佳彦に押し付ける事が無かったからだ。
※
「よし、こんな感じかなぁ……」
テント(当然だが二人で作った。異世界にホームセンターなど無い)の中で作業をしていた佳彦は、手の甲で額の汗を拭いながら息を吐いた。指をすり合わせると、べたついていた粘土は互いに集まり指先からぽろぽろと落ちていく。
佳彦が作っていたのは粘土細工だった。元々粘土で土鍋や食器を作っていた佳彦だったのだが、ちょっとした人形や動物の形を作るのが佳彦のマイブームなのだ。
実を言えば、少し前から手芸らしきものに着手していた。玉藻が「捕まえた獲物の骨を集めて骨格標本を作ってみたら面白そう」と言っていたのがきっかけだった。玉藻は言うだけではなく、実際に散らばった骨から生前の姿の骨格に復元するという遊びを実践してみせたのだ。佳彦はそんな玉藻の遊びを不気味がらず、むしろ興味を持って取り組みもした。既にウサギ程度の動物を捌く事にも慣れていた頃だったから、今更骨を見て動揺する事も無い。それに佳彦自身も、チマチマと何かを作るのは好きな性質だったからだ。骨と骨を接ぎ合わせるのは、ニカワらしきものを使って行う事が出来た。
だがしばらくするうちに、今度は土鍋とかの素材になっていた粘土を使って何か小物を作るという事を思いつき、それに没頭してしまった。骨格パズルと粘土フィギュアの二つが佳彦の趣味になったのだが、面白い事にそれらを両立させる事は難しかった。一方にのめり込めば他方はややお留守になってしまう訳である。
どちらも創作的な趣味であるがゆえに、多くのエネルギーを費やすからなのかもしれない。
佳彦が作る粘土細工は、現世で見たフィギュアっぽい物や、はたまた異世界で見かけた動物たちだったりと多岐に渡った。形を作って自然乾燥させるだけではすぐに崩れてしまうがニカワを塗ると丈夫になる事も判明した。粘土たちは他の食器や土鍋と異なり、焼成まではしなかった。そこまでするには大げさだし、上手くいかないだろうと踏んでいたからだ。前に箸置きのようなものを作って焼成したが、膨れ上がっていびつな軽石みたいになってしまったのだ。
「ああ、思えばたくさん作ったなぁ」
佳彦はテントの一角を見やり、満足げに微笑んだ。芸術家でも原型師でもないから、自分が作った粘土細工はまぁ控えめに言って素人レベルであろう。しかし人型、狐型、鳥型、はたまた六足獣の形の物などのそれらは既に数十個も並んでいる。稚拙な作りとはいえ、こうして並べて勢ぞろいしていると中々に迫力もあった。
「もうすぐ引っ越さないと駄目って言ってたな……」
朝方の玉藻の言葉を佳彦は思い出す。自分たちは定住しているのではなく、度々ねぐらを変えて暮らしている。引っ越しを繰り返す根無し草だ。前に使っていたねぐらに戻る事もまれにあるが、大体の場合は新天地をねぐらにしていた。
引っ越しは取捨選択の場でもあった。必要な物だけ持って行き、後は置いていくのだ。土鍋や水筒、毛皮の衣服などは必需品であるが、土鍋や水筒は引っ越しの折に何度か代替わりしている物だ。骨格標本や粘土細工や細々とした粘土板は、引っ越しの際に持って行くものではないだろう。持ち主がいなくなった後でも、そこに放置されるものかもしれない。
作ったものを放置すると言えば不法投棄のように思えるが、佳彦の場合はそれを咎められはしないだろう。玉藻と共にこの異世界の原野をうろついているが、未だ人間らしい者に出会っていない。それに粘土細工と言えども元は天然物だから、自然への悪影響も無いだろう。
引っ越しの事から考えを逸らし、佳彦は粘土細工の事を思った。持ち主の手を離れ、自然のままに捨て置かれた粘土細工らは、もしかするとオーパーツになるのかもしれないと。
とりとめもない考えであるが、佳彦は自分のその考えを密かに面白がっていた。
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