第20話 閑話・勇者サトウの観察

 出かけた先で憂鬱な気分になってしまった博だったが、全くもって悪い事だけという訳でもなかった。朗報をもたらしたのは勇者の一人、クラスメイトである長澤恵子だった。彼女は遠くのものを見通す権能に目覚めた彼女は、遠出することなく王宮に籠っている事が多かった。戦闘能力が無い事を心得ていたし、何より生来の気立ての良さによるものだろう。

 彼女は日頃、権能を使って何処に六足の魔物がいるのかを探索してくれていたが……博も恵子に対してこっそり頼みごとをしていたのだ。戦闘に出向いていないためか、彼女もまたマトモな感性を持ち合わせていた。


「さ、佐藤君! 仕事終わりの時に呼びかけちゃってごめんね! で、でも見てほしいものがあるの」


 駆け付けた恵子は明らかに慌てていた。宮廷術者よろしく着込んでいる長い裾をはためかせ、途中で転びそうになったほどである。


「俺は大丈夫だよ。妻たちにも説明するからさ」


 妻たち、と言った時に恵子の表情が一瞬歪んだ。しまった、と思った時には彼女はまたいつもの表情に戻っていた。迂闊だったがどうしようもない。何のかんの言っても恵子も同い年の少女なのだ。ただでさえ女子は男子を疎みやすい年頃である。王国のための公務とはいえ、複数の女と肉体的接触を持っているという話は、潔癖な女子には受け入れがたい所であろう。


「ええと、それで何が見えたのかな」


 紳士的に尋ねると、恵子の目が大きく見開かれた。


「吉備君よ! 吉備君が見つかったの!」


 吉備佳彦が見つかった……この報せに博は呆気にとられ、同じく目を見開いたまま固まってしまった。本来ならば喜ぶべき事なのだろう。何しろ博は追放された佳彦の身を案じていた。無能扱いされた彼が追放され僻地に飛ばされた。それを見ていたからこそおのれが強くならねばならないと決意したほどなのだ。皆でこの状況を抜け出したい。その皆の中にはもちろん佳彦も含まれていた。

 だからこそ、千里眼のような能力を得た恵子に対して、佳彦の安否を探るように依頼していた。国王には「おとりになった相手が魔獣集めを行っているか確認するため」という理由をでっち上げた上で。

 恵子も博の気持ちは解っていたから、仕事の傍ら佳彦を探してくれていた。しかしずっと見つからないでいたのだ。日数だけが過ぎていった。もしかしたら最悪の事態も考えられるかもしれない……そんな考えが二人の中にはあった。

 吉備君はいったいどうしているんだろう? そもそも生きているのか? 彼女は見つかったと言っただけだし……少し見るのが怖い気もする。いや、だけど見届けないと。


「とりあえず見に行くよ!」


 気付けば博は恵子に手を引かれ、半ば引きずられる形で彼女の部屋に連行されていった。



「これが……吉備君なのか」


 恵子が展開してくれた映像を目の当たりにしながら博は驚きの声を上げた。佳彦の安否を確認する。その上で最悪の事態も覚悟していたはずだった。端的に言えば、無残な屍を見る可能性もあると思っていたのだ。幸か不幸か死体を見るのに慣れ始めている。だから彼の末路を冷静に見届ける事が出来るだろうしそうするべきだとも思っていた。

 しかしそんな博をもってしても、佳彦の今の姿には驚くほかなかった。

 しばし映像から視線を外し恵子を見やる。その通りだと頷く彼女が全てを物語っていた。


 佳彦は生存していた。というよりも元気そのものだった。岩肌の目立つ山麓にいるらしいが、彼の背後にはテントらしきものがある。購入したではなく自作であろう。多少不揃いな所はご愛敬であろうが、それでもテントがある事自体が驚きだ。

 そして当の佳彦はというと、慣れた手つきで火をおこし(もちろん権能や魔法ではない)、何やら料理を始めていた。鍋料理らしく具材を土鍋のようなものに放り込んでいるが、具材は植物の葉や動物の骨のほか、明らかにぶつ切りにした蛇だとか六足の蛙だとかも含まれている。

 佳彦は、権能が無いために捨て石として追放されたはずの佳彦は逞しく生存していた。安否を心配していた身としては、佳彦が元気に暮らしている事を知って喜ぶべきなのだろう。だが目の当たりにした光景が予想外どころか現実離れしていたために、呆気に取られてしまったのだ。


「元気そう、だね」

「本当ね」


 色々と突っ込みたいところはあったが、一言二言呟くのがやっとだった。佳彦の事は、大人しくてちょっと手先が器用な男子だと思っていた。まさか危険しかない異世界の大自然に放り込まれ、ここまで野生化するとは。テントにしろ火おこしにしろ食材の蛙にしろ、手先が器用だから乗り越えられたという範疇を逸脱している。


「……吉備君って色々出来る子だったのかな? 学校ではアニメとか好きな大人しい子だって思ってたけど」

「どうなんだろう……全く解らないよ」


 吉備佳彦野生化の要因についてひとまず博は思いを馳せてみた。具体的に言えば学校生活で野生化の片鱗が無かったか、思い当たる所を考えてみたのである。思い当たる節は無かった。何をどう思い返してみても、アニメが好きで手先が器用な男子生徒という所しか出てこない。

 調理実習に関しても、手先が器用ながらもへどもどしながらやっていたような気もする。しかし高校生が料理にまごつくのは普通の事であろう。博も例外ではないが、よほど料理好きでない限り、男子高校生も女子高校生も日頃料理しないのだから。

 やはり追放されてから野生化したのだろう。そう結論を下すほかなかった。


「あ、見て」


 恵子が映像を指差した。佳彦の傍らに一匹の獣が近づいている。歩みはゆっくりとしており、敵意は無い。金色の毛皮と細くしなやかな身体つきが特徴的な優美な獣だ。四足で、やや大きいが狐のように見えた。

 そう思っていると、狐がふいに首を巡らせてこちらを見た――実際には斜め上を見ただけなのだろう。何せ恵子たちは上空から覗き込んでいるのではなく、術によって遠方から見ているだけに過ぎないのだから。しかしそれでも、博たちは狐の視線をはっきりと感じた。覗きを働いているのはお見通しだ。言外に狐に言われているようでもあった。


「あうっ……」


 と、恵子が一瞬声を上げた。それと共に映像展開の術は打ち破られたのである。


 佳彦の今の状況には謎が多い。しかし得るものもあった。博は恵子の様子を気遣いながらもそう思っていた。

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